竜をめぐる三角関係(2)
「ライルさん、あのおじさまは一体?」
グレネがライルの袖を少し握って尋ねてきた。ライルはこの男をどう紹介しようか少し考えた。第一、この男は「おじさま」ではない。
「この男の名はアモス・ロー。この店の主で、俺のおじいさんだ」
グレネとロロは二人ともきょとんとカウンターに立つ男を凝視した。紹介内容と実物のギャップが大きすぎた。その男は髪は黒々として、姿勢のいいスマートなナイスミドルで、歳は上に見てもせいぜい40歳ぐらい。とても「おじいさん」には見えない。
「おじいさんって、ライルのおじいさんってこと?」
ロロが、信じられないと言うように言った。
「そんな、お義父さまの間違いじゃないのですか?」
グレネも同じような顔をしてりる。
二人の反応は正しい。アモス・ローのほうがおかしいのだ。あとグレネの「おとうさま」の脳内漢字変換もおかしい気がしたが突っ込まない。紹介された当人は、いたずらが成功した悪ガキのような笑顔でカウンターから手を振っている。
「アモスは若作りが趣味なんだ」
「若作りってレベルじゃないですよ……」
グレネはまだ目を丸くしたままだ。
ライルは本棚からファイルを取り出して二人に見せた。
「うそ……」
グレネが小さく悲鳴をもらした。そこには黄色く変色した、古い新聞の切り抜きが貼ってあった。切り抜きにの写真には3人の男女が並んでる。一人は貴族然とした淑女。一人は少年。そしてもう一人がアモス・ローだった。写真の中のアモス・ロー現在よりも若い、20代前半のなかなかの美青年だった。
「この写真が、どうかしたの?」
「ここを見てみ」
「100年前!?」
ライルが指さした新聞の日付を見てロロが声をあげた。新聞に記されていた日付は今から100年前の物だったが、写真の中で笑っている美青年は、今より少し若いアモス・ローだった。
「少なくとも、アモス・ローは100歳以上のジジイだって言うことだよ」
「ジジイとは言ってくれるな」
「ジジイでなければ、化け物と呼ぶほかないんだが」
カウンターから不平を言うアモスに、ライルが切り返す。しかし言われた本人は楽しそうにライルたち3人を眺めていた。
「化け物……」
グレネの口から言葉がもれて、慌てて「ごめんなさい」と頭を下げた。アモスが笑って言った。
「構わないさ。古の傾国と傾城に比べれば、私程度の化け物などどうということない」
「アモスさん。どうして私を古の傾国と呼ぶのですか?」
「わたしも、なんで傾城なの?」
ロロもグレネも一緒になってアモスに問う。確かにアモスは初めから二人のことをはっきりと呼び分けている。ライルもそのことが気になっていた。アモスは不思議なものをみるような顔をしていたが、鼻の穴を大きく広げて息を吸って、そしてゆっくり吐いから答えた。
「そっちのむわっとした方のお嬢さんがオリヴェア・フェイエスで、こっちのはっきりした方のお嬢さんがシーヴィー・ザディだろ?」
「……はい?」
3人は同時に首を傾げた。
「え、違う?」
3人から怪訝な目を向けられてアモスも首を傾げた。アモスはグレネをむわっとしたオリヴェア・フェイエスと呼び、ロロをはっきりとしたシーヴィー・ザディと呼んだのだ。
「アモス、また目で見るのをさぼっているだろ?」
ライルはアモスの顔の前で手を振って言った。アモスはうるさそうにライルの手を払いのけると、目細めてじっとグレネとロロを見て「違うのか?」とライルに聞いた。
「こっちがグレネ・コンラディン。そしてこっちがロロ・セロンだ」
ライルが改めて美少女二人を紹介すると、二人は恐る恐る頭を下げ挨拶した。アモスはまだ納得できないと言った顔をして、美少女二人の顔を見ている。そして、もう一度鼻の穴を大きく広げて息を吸い込んでから言った。
「臭うぞ?」
「やめろ」
ライルがアモスにいい、グレネとロロが同時に身を隠すように両腕で体を覆った。男に臭いの事を言われて良い気分になる女なんていない。しかしライルもこっそり鼻に意識を集中させてみた。店の中には普段と違い、グレネとロロのとてもいい匂いがし、ライルの下半身にムラッと来た。
「なんなんだよ、その傾国とか傾城とかって?」
ライルが下半身の邪念を振り払いながら聞くと、アモスはなぞなぞを目の当たりにした子供のように顔を輝かせて答えた。
「昔この二人と同じ匂いの女がいたんだ。
一人は古の傾国、白の皇都のオリヴェア・フェイエス。一人は古の傾城、赤の城塞のシーヴィー・ザディ。二人ともに絶世の美女。そして、昔、白の皇都と赤の城塞が滅亡の縁に追いやられたとき、その災禍の中心にいた女だ」
「滅亡?」
ロロがアモスの無遠慮な視線を嗜めるように聞いた。だがアモスはそんなもの意に介さず、目の輝きを増してる。
「むかしむかし、赤の城塞で大規模な暴動が起こった。
赤の城塞は滅亡の一歩手前まで追い込まれたんだが、おかしなことに誰も暴動の原因を知らなかった。誰一人として自分たちが何に怒り、なぜ暴れているのかわからないでいた。彼らは、ただただ火に追い立てられた狂牛のようであり、その群れは赤の城塞に業火と暴怒を巻き起こし、あらゆる物を破壊し灰燼に帰した。
その渦の中心で、シーヴィー・ザディは男の首を手に泣きながら笑っていたという」
男の首という所で、ライルにはグレネとロロの表情の色が薄くなったように見えた。グレネはライルの視線に気付くと、それをごまかすようにアモスに聞いた。
「白の皇都でもですか?」
「君はコンラディンなんだろう?
だったらよく知っているはずだが?」
「?」
「竜だよ」
グレネの顔にさっと驚きが浮かぶ。
「竜って、当時のコンラディン家が白の皇都に現れた竜を倒したって話しか?」
ライルの言葉にアモスが頷いた。
「ああ。そして白の皇都に現れたその竜の傍らにオリヴェア・フェイエスという女が、やはり男の首を持って立っていた」
ジーガから聞いた話には男の首を手にした女は出てこなかった。
「それにしても、そんな400年も前のことを、まるで見てきたかのように話すんだな」
「ん?なぜ400年前だと知ってる?」
「時計塔のダンカンさんに聞いたんだよ。シーヴィー・ザディとロロが似てるって」
「シーヴィーか。なるほど、声フェチのあいつらしい」
アモスは笑うが、ライルたちはなんのことかわからない。
「でもさ、この二人がオリヴェア・フェイエスとシーヴィー・ザディと同じ匂いがするって、どういうことなんだよ?」
「竜は光りを贄とし渾沌に神の言葉を滅ぼさん」
「はい?」
ライルはアモスが何を言ったのかわからなかったが、視界の端で二人の美少女が微かに体を強張らせたのがわかった。
「古の傾国と傾城にまつわる言い伝えの一部だ。二人は願いをかなえるために竜の儀式を行い、そして滅びを招こうとしたとされている」