人の町
以前、日本という国では電子化が進められていた。その中でも、特に異様だった時代では、すべての民間住居と住処を地下に格納し、その住居地区と稼働区域をすべてマントル単位ではかっていた時代、というものもあるらしい。
が、その時代でも、結局は戦力的な問題は解決はせず、地上にでない人間に対して、上空から地下空間への攻撃を目的とする核攻撃が頻繁化した。
地下に住んでいるとはいっても、核の攻撃を防ぐ手立ては壁の厚さしかない。地下と地上の壁がそこまでではない地下建築は、あっという間に戦いの最中に消滅した。
その後、人は再び地上に上がり、ようやく生活を再開し始めた、というのが、少年が少女に語った、ごく簡単な物事のあらましだった。
「まあ、それでも、地上に出た人類は、もうかつての勢力もなく、元の体系を構成できるだけの余力もなかったから、歪な統制のできない人間社会を作るのでやっとだった。これが、今から数十年の話だ。それで、そこから更に時代が進んで、この状況下に適応したのが、オレ達ってわけ」
「へえー」
と、そんな風に、荒野の真ん中を歩きながら、ミナという少女は少年ヨハンに話を聞いていた。
「へえー、って。おまえ、本当に知らねえフリしてるわけじゃないんだろうな」
「いや、全然知らない。わたしが知ってるのは、西暦までの歴史です」
「――――とにかく、おまえはこの時代の人間じゃないと断定して話を続けさせてもらう」
「はあ、まあ、実際そうなんですけど」
「じゃあ。各街のことも知らないわけ」
「まあ、知らないね」
はあ、と少年の方から溜息をつかれる。彼も、何も知らない少女にそこまで教える気はないようだ。
「あ、そうだ。ヨハンくん。きみのそのバリアーみたいのはなんですか? なんか、ずっときみの周りに張ってあるけど」
そこで、少年は信じられないような顔をして少女を見た。
「おまえ、視えてるのか?」
うん? と少女は首をかしげる。この子が何を言ってるのか分からない、という顔である。
「えー、と? 視えてる?」
その発言をきいて、少年はそこから先をいうことを諦めたようだった。
まるで、そのさきを言うことが、無駄であると言うように。
「ま、とりあえず、街についたら適当な仕事教えてもらえよ。それだったらここでずっと生きていくこともできるはずだから」
「えー! そんなのイヤです! わたしは元に戻ります!」
「そういうのは当然だけどさ」
何か奇異な目でミナのことを見るヨハンは、自分の後についてくる少女に目を向けながら溜息をつく。
「でもおまえの元の時代っていうの? それの戻り方が分からなきゃ意味がないだろうが」
「いやー、そうですけど」
あ、と、そこでミナは思い当たる。
「あ、これ。そうだ。あのー、こんなの持ってる人って知りません?」
言って、ミナは自分の手に持っていたその水晶体を少年に見せる。
それを見た時、少年は何か冷めたような顔をした。
「なんだそれ。何かのごみ?」
「いやー、すいませんけど、これだけが手がかりなもので」
ふーん、と少年はその物体を少女の手から持ち上げ、そうしてしばらく見た後に、すぐに少女に投げた。
「知らねえ。そんなら、この先の街に言って訊けよ」
「はあ、そうですか」
そこで、荒野の先に、何かの建設物のようなものが視えて来た。というのも、建設物、というよりも、それは即興で造られた、何らかのモニュメントのようにも見える。
その下には、布のようなもので砂風を防ぐための施設や、瓦礫のようなもので家の代わりを果たしているような者が視える。
「あー、さっき、ヨハンくん核戦争があったって言いましたっけ?」
「言ったね。それが?」
「いやー。やっぱり、こんな平地だらけなので、他の建物とかはぜんぶ壊れちゃったんだなあって」
言った時、ヨハンはミナに対して冷めた目を向けた。
「そうだ。おまえには現実味のない話しかもしれないけど」
ヨハンは、そのまま彼女の横で呟く。
「どうせ戻ればすべて夢だったことになるんだからな。おまえにとって、オレの現実ってのは」
その気になる発言は無視して、ミナはその集落に到着した。
到着、といっても、そこまでの距離ではなかったが。
「んじゃ」
といって、自分から遠ざかって行く少年を、ミナは捕まえる。
「あ、ちょっと待ってくださいよ。だからわたし何にも分かんないんですって」
「だから」
と、ヨハンはそこで強い声を出す。
「この街の奴らに事情を話せば、仕事くらいはくれるんだよ。そこで少しは考えろ。それでいいだろうが」
「よくない。いやー、てか、こんな状況で働くなんていやだ。ねー、きみ、ここの事詳しいんでしょうに。教えてくださいよ。ほら」
その手を、少年は弾く。
「絶対に行かない。いいか、オレは」
そこで、少年は自分たちに対して投げられたものはを確認する。それは小さな石ころだったが、少年のフィールドに弾かれ、それはあらぬ方向に飛んでいく。
その出来事を、ミナは見ることが出来なかったが、しかし事態が変わっていることは、容易に想像がついた。
「何しにきた。兵器」
そこで、ミナが振り向くと、街の入り口に、数人の人間がいることを確認する。
何人か、といっても随分と人数がいる。それも、結構な人数になるか。
ミナが確認した限りでは、そのほとんどが子供のように思える。
「――――別に。ただ、迷子をここに連れて来ただけだ。引き取れ」
「それを、言いに来ただけか? 本当に」
「しつけえな。オレへの対抗策もない癖に強がるな。ほら、さっさと行けよ」
ふうん、と、ミナはその場にいる人物達を凝視する。
「あー、すいません。あなた達って、もしかして知り合い? だったら少し、この子説得するの手伝ってもらえません?」
そう言うと、彼らは意味の分からないような顔をした。
しばらくして、その中の一人、おそらく女性――――の、大人がミナの前に出てくる。
「あなたは?」
「あー、はい。まあ、その子の言って通りに迷子ですね」
「すこし、よろしいですか? なぜあなたは、彼の傍にいることができるのです?」
はい? と、ミナは首をかしげる。まあ、ここまでくれば、彼女にもある程度その原因は分かってはきているのだが。
「あ、もしかしてヨハンくんの傍にいることができるって? さー、そうらしいですね。変ですか? わたし、別に何も変じゃないっすけど」
ミナの発言を得て、その女性は少年へ目を向ける。
「どういう?」
その質問に、当のヨハン自身は肩をすくめた。
「オレはもう帰る。あとは」
「だーかーら」
言って、ミナはヨハンの首に手をかける。実質的には首を絞める、という動作になる。
「待ってくださいって。まだ訳分かってないんです、わたし。あー、そこのお姉さん、事情を知ってるならここで説明してくださいよ。この子、ここで止めておきますから」
ミナがそのような行動に出ると、その周囲の集団は一様に驚いたような顔した。
一人残らず、その女性でさえも。
そこで数秒、最初は抵抗をしていたヨハンも、彼女の強情さに辟易したように。
「――――あなた達は街の中へ」
「いいんですか?」
「たぶん、彼もこの街には入らないでしょう。それに、機嫌を損ねられても困る」
そう、その女性が言うと、彼らはただちに街の中に入って行った。
まるで、鶴の一声のように。
「さて、あなたのお名前からきいておきましょう」
「あ、わたしミナっていいます。お姉さんは?」
「答える必要はありません」
そう、彼女は言った。まあ、それは当然と言えば当然の成り行きだったが。
「さて、ミナさん。あなたはその子とはどのような御関係でしょうか」
「どのような、ですか。まあ、たまたまの通りすがりって言うか、なんというか」
そこで、彼女は言葉を選ぶ必要などないのではあるが。
「分かりました。いいでしょう。この街に入れることはできませんが、せめて、あなたがその子のことを知らないということでしたら、その子のことをお教えしましょう」
言って、彼女はちらりとその少年を一瞥する。
「彼は、一言でいえば最終兵器です」
「はあ」
「彼の半径五mの範囲に入ったすべての生物は害生物と見なされ、それを圧殺されます。また、彼への攻撃行動すべては、彼への敵意と見なされ、すべて遮断されます」
「はあ、そうですか」
「つまり、彼には誰も近づくことができない、ということです」
まあ、そんなことは、彼女としても言われなくとも分かっていることなのではあるが。
「だからオレは、人と生活をすることはできねえ。それでいいだろ」
何か投げやりな発言に、少女は言いすくむ。
「まあ、それ何度も断片的に聞いてはいるんですけど。ん? でも彼がそうであるのと、あなた方が彼を拒絶する理由って、なんです?」
そこで、説明をするはずの両名がその発言を辞めてしまった。まあ、ミナとしては、そこで発言をやめてほしくはなかったところではあるのだが。
「地雷でしたか。あーなんということでしょう。人間十七年、この日まで人の地雷は踏まないようにいきていきたんですけど。――――まあいいや。まあ、お姉さんが言いたいのは、つまり、その子のフィールドの中に、わたしがいるのは変だってことを言いたいわけですね? 分かりました分かりました」
本当に分かったようなふりをして、ミナは少年の肩を掴む。
「そんじゃあ、この街に入っても?」
そこで、彼女とヨハンは妙な顔をする。当然である、彼らは今、何のために睨み合っているのか分からないような発言を、目の前の少女から受けたのだ。
「あなた、一体」
「なんか、時間移動をしてきたらしいぜ」
そこで、少年自体が女性に進言する。今まで、間接的にでも彼女に話しかけなかった彼が、珍しいことをした。
それに対して、その女性は、ヨハンに対いて攻撃的な視線を送る。
「デタラメを言って」
「デタラメを言うならその女だろ。オレは知らないよ。そんなもん、あんた達でなんとかしてくれ」
そういう少年に、ミナは首に腕をからめる。
「――――シャイボーイ。結構優しい子ですねえ、この子。まあでもですね。お姉さん。この子のいってることは全部本当ですよ。わたし、平成から来たんです」
「――――平成?」
そこで、女性は分からない、という顔をした。
まったく、そのことについては理解が及んでいないようだ。
「えっとですね。わたしは別にこの街にお邪魔しようかなー、と思ってここにきたわけじゃないんですね。ここにわたしが元の時代に戻れるかなー、っていうヒントがあるんじゃないかなー、と思ってきたんですね。で、なんかありませんかねえ。そういう情報?」
そう、ミナが彼女に訊くと、彼女はヨハンのことを思い切り睨みつけた。彼女の言うことが意味不明であるのに対して、更にその連れて来た少年が、彼女達にとって恐れるべき対象になったとなれば、尚更だ。
「これは、どういうことです?」
「だから、こっちも訊きたい。早いとこあんたのところで保護してくれよ。オレも迷惑してんだ」
「迷惑とは嬉しいですね。じゃあ、いっそのこと付きまとうか」
そういう少女と少年に、彼女は頭を傾けたくなったのか、そのまま街の方へ後ずさる。
「一応、情報がほしいと言いましたね」
はい、とミナが顔を上げると、彼女はもう街の中にはいっていた。
「戦争経済に話を聞きに行けば、何か分かるかもしれません」
それでは、と彼女は逃げるようにして、街の中に入って行ってしまった。
その先の言葉も何も、完全に無視して、である。
「ありゃー、駄目かあ」
「あのさ、いい加減離れろ」
言って、首にまきついていたミナの腕をどけて、ヨハンは彼女に目を向ける。
「もういいだろ。オレの所為で街に入れなくなった。けど代わりに、おまえの情報を持ってる奴らが分かったんだから、それで」
「えー、だって、その戦争なんたら、って最初にわたしときみに銃を向けた人達でしょう? 名前からして怖いし、一人で行けって言われても承諾できないっす」
あ、そうだ。とミナは少年に言う。
「きみあれでしょ? 最終兵器なんたらなんでしょ? だったら一緒にいってくださいよー。わたし一人じゃ、たぶん酷い目にあわされてそれで終わりだと思いますし」
「――――冗談」
言って、少年は先ほどの、両手を翼のようにする動作を取る。
その体に、ミナは飛びついた。
「――なにしてんだ、おまえ」
「いやー、たぶん、こっから移動すんのかなーと。だったらついて行こうか」
「落ちろ、ストーカー」
はあ、と少年は溜息をつく。
「分かった。逃げるのはやめにしよう。でもな。おまえは隙をみて見捨ててやる」
「はいはい分かったから。わたしこの時代のことなーんにも知らんのですよ。だから分かりやすく、きみのことと、その戦争経済のことと、それとこの街のあの人のことを教えてくださいよ。わたし、なにがなんだか、さっぱりです」




