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セーフティ・チャイルズ  作者: サイタマメーカ
3/4

さびれた大地

 自由落下は上空百m。この時点で、どのような原則を行ったとしても、人間は生きられないと決まっているが。



 両者の耳に風を切る音が響く。高速で落ちていく二つの体は、その高所から落下し、もう地面がすぐそこにまで迫っている。



 あと数mで、自分たちの身体が粉々に砕け散る、という局面において。 


 そこで、ふわりと、今までの重力に逆らう力が働いた。


 二つの体は、その砂の地面に落ちる直前に、一度軽く上空に浮き上がり、そのまま、ほとんど速度のない状態で、その地面へ着地した。


 その地面からは、わずかに小さな砂埃が上がっただけだった。



「び――――っくりしたぁ」



 少女が、少年に抱き着きながら、そんなことを言う。対照的に、少年は少女のことを驚愕した目で凝視していた。



「なんだ、おまえ、一体」


 その驚きは、少女のものとは少し異なる。


 少女の驚愕は、おおよそ高所落下によるダメージの軽減である。


 が、少年のそれは、そのこととは別のようだ。実際少年はその少女が、自分の傍に近寄っていることそのものに驚愕しているようだった。




「どうして、おまえ、オレに近寄れるんだ?」




「うん? え? はい?」



 そんなことを言われても、少女にはなんのことだか分からない。少年と出会ったことが初めてなので、当然と言えば、当然なのだが。



「それより、きみ」



 そこで、ぴき、という金属音が、そこに響いた。


 音の下方向を見ると、そこには何人かの人間が、彼女と少年を取り囲んでいる。



「はい?」



 疑問を口にして、息を飲む。


 実際、その人物たちは皆各々の服装を身に纏い、その手には、何らかの銃器を持って、それをこちらに向けている。


「おまえら、何が目的だ」


 少女の頭はますますをもって混乱する。まず、その人物達がなんなのか、という問題である。


「あ、えーと。すいません。え? なんです?」


 その少女の疑問に答えるように、少女が抱きかかえていた少年が、彼女の手から離れて立ち上がる。



「戦争経済か」



 その単語を口にする少年は、その人物達を目前にして、答える。



「何者、というのはおかしいんじゃねえのか。おまえら、ここが誰の家か知ってんだろ」


「誰の家? この家はな、最終兵器が生活しているような場所だぞ」


「だからおまえが見張っているって?」


「当然だ。俺達は追剥だ。その為には武力が必要なんだよ。そのためなら、なんでも手に入れる。で、ガキ、おまえは何をしていた」



 ふう、と少年は、呆れきったような顔をして、目の前の人物を視る。



「怯えだな」



「ああ?」


「怯えすぎて、塔にすら入ってないってことだ。なんだ、何もしらないのか。その様子じゃ、戦争経済のなかでも、仕事なくて燻っているような奴らだろ。そんなもんだから、こんなところにいるんだよ」


 その発言をきいたとき、彼らの一人が引き金を引いた。


 タタタタ、という乾いた音が連続する。その瞬間、少女は地面に顔を伏せ、少年はそのまま、向こうの人物を見据えていた。


 そうして恐る恐る、彼女が顔を上げると、


 そこには、何事もなかったように立っている、一人の少年の姿が見えた。



「本当に分かってねえな」



 言って、少年は、自分の眼と鼻の先に停まっている何かに目を向ける。



「迎撃、開始だ」



 その時、少年の前方に存在する、少年に引き金を引いた人物の銃が爆発した。


 というより、その銃が破損した。


 急に、少女には何が起こっているのかまったく分からないほどの速度で、それは成された。



「殲滅」



 そう、その集団の中の誰かが、静かに口にしたことを、少年は確認する。


 そこで、少年と少女に向かって、幾百の銃弾が、幾重の銃口から発射された。


 立った二人の人物に向けての一斉掃射。


 それは、排除という意味にとっても異質なことは間違いがないが。



「馬鹿が」



 その少女の眼には、少年を中心として、透明な丸い膜のようなものが、張られているようなものを見た。



 そして、その透明なフィールドが、すべての銃弾を完全に防いでいた。



 軌道を変更、しているのはとは違う。むしろその円状の何かが、一つ残らず銃弾を防いでいる。



 あらゆる攻撃は、その少年を起点としたそれには通じない。



 撃たれた幾百の銃弾は、すべての軌道を変更されるか、その場で止められ、少年と少女はその銃弾から守られる。


 すべての攻撃が終わったあと、少年と少女の周りには、おびただしいほどの銃弾が、砂の中に落ちて、その光をきらきらと反射させていた。



「なんだ?」



 集団の中から、声が漏れる。それは、疑問に満ちたようでもあり、その実、その答えをすでに得ているようでもあった。



「ああ、そうか。おまえが」



 それに、少年は、一歩、彼らに足を踏み出す。



「だったらどうした? この辺で胡坐かいてるだけの戦争経済の下っ端が、オレに何かを質問するのか。いいぜ別に。オレは、今おまえらの拠点に乗り込んだっていいんだ」



 その返答を訊いて、集団の中の一人が言う。


「範囲想定自動迎撃システム。そうか、こいつが歩く最終兵器」



 何やら盛り上がっているところに、少女はようやく顔を出す。その時には、向こうの銃を構えた人物達の何人かが、冷静に退却をしているところだった。



「逃げんのかよ」



「我々におまえを討伐するだけの装備はない。これ以上の物資も使えない。ここは、退くのが先決だろう」


「さんざ撃っておいて、勝手なことを言う。させると思うか?」


 少年は、その場で両手を翼のようにだし、何かの跳躍のようなポーズをする。



「悪いが、もう我々はおまえと戦闘を行うつもりはない。どうしてもというなら」


 言って、目の前の独りは何か缶のようなものを少女と少年に投げた。


 それは、瞬間的に辺り数十mに拡散する煙幕であり、少年と少女の視界は、一瞬でその煙に包まれる。



「わ、わわ」



 自分の口を塞ぐ少女。だが、その少年の周りに張られたフィールドによって、その煙幕は届かない。



「まあ、これじゃあ見失うな。仕方がない。見逃してやるよ」



 そんなことを言う少年に、少女はようやく立ち上がる。



「え、なに、今の。きみ一体なんですか? てか、ここっていったいなんですか?」



 そんな、意味不明なことを言う少女に対して、その少年は自分のフィールドの中で口を開く。



「――――やっぱり無事なんだな」


「え? はい? 無事って?」


「まず、おまえ、本当にオレのことを知らないんだな」


 そう言うも、少女は反応の仕様がない、そこで、少年は、その少女が自分のことをまったく知らないことを確認する。



「おまえ、名前は?」


「あ、はい。ミナっていいます」


「オレ、ヨハン。よくある名前だろ? まず、おまえの素性から話せよ」


 そんなことを言われても、自分がなぜここにいるのかはよくは分からない。


「どうした? まず自分のこと言えっていってんだけど」


 また偉そうな子供ですねえ、と呟きながら、少女は答える。


「えー、じゃあ意味分かんないかもしれないけど。いいですか? いいすね?」


 まあ、そんなわけで、少女は自分にもよく分かっていない素性、というものを、少年に説明しなければならなかった。といっても、少女自身もそんなことはよくは分かっていないのではあるが。


 自分が分かっていないことを説明するほど意味不明なことはない。



 なので、少女の説明が、いやに理解のしづらいものであったとしても、それは自分の責任ではないはずだ、と言いか聞かせた。





「ふーん。気が付いたらここに、ね」




 そう、少年は言って、既に晴れきった広大な荒野に座りながら、話しをした少女を見た。


「へー、ふーん。そう」


「あー! 信じてないじゃないすか」


「信じる信じるー。つまりおまえは、急に、オレの家の中から出現して、オレに会ったって言いたいワケネ」


「まあ、そうなんですけど」


 うーん、と少女は首を傾げる。実際、現在自分が置かれている状況というものすら、まだ理解が出来ていないのだ。


「じゃあ、ここっていったいなんでしょう。すいませんが教えていただけますか?」


 ああ、と少年は立ち上がる。


「ま、名称を言えば、オールドイースト」


「はあ、テーマパークみたいっすね」


「もっと昔のことを言えば、キカク地域。聞いたことある?」


「いや、全然」


 ふむ、と少年は、自分の顎に手を当てる。その名称でも分からないとなると、と少年は思考し、そして結論する。




「じゃあ、東京、ってのでどう?」


「あ、それなら知ってる。というか身近。行ったことあるし」



 うん、と少年は、そこで少女の眼を覗き込む。そうして、呟いた。



「あんた、過去の人間かもな」


「はい?」



 と、そこまで喋った時点で、その少女にも、少年の口調から、その実態が視えて来た。



「あ、えーと。もしかしてですけど。あの、今って西暦何年になります?」



「西暦なんてとっくに終わったよ。今は統暦八十年。たぶん、あんたが言ってる時代は、今から数百年くらい前のことだ」



「…………………」


 その発言を聞いた時、少女の頭は高速で回転し、一つの結論を導き出した。


「なるほど、これは夢ですね」


「夢じゃねえよ。オレをおまえの勝手な夢なんぞにするんじゃねえ」



 紛れもなく、少女の目の前に広がっている荒野は、現実だった。



「あらら」


「いや、その反応をするおまえも、どうかと思うけど」


 言って、少年は少女に手を向ける。


「しゃーねえ。この近くの集団に連れてってやるよ。そこまで言って、あとは自分で何とかしな。オレは後は知らねえ」


 その手を握り、少女は少年の横に立ち上がる。少女は靴を履いていなかったが、足元は安全な温度の砂なので問題はない。



「ああ、じゃあ、お願いしますです」

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