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セーフティ・チャイルズ  作者: サイタマメーカ
2/4

わからない塔

02



「――ん、と」




 そこで、彼女は目を覚ます。


 何か全身がだるい。妙な感覚だ。何か、肌上の細胞の一つ一つが、まだうまくなじんでいないかのような、そんな感覚。


 自分の体を動かすと、なにかざらりとした感覚が入った。


 目を開けずに、そこに指をつたわせると、そこには何かざらざらとしたものがある。


 目を開ける。そこには、砂のようなものが、自分の指先についていた。



 ――――砂?



 自分の体を起こす。すると、ごつん、と。何やら硬い物体に自分の額をぶつけた。



「あっ、た」



 少しの暗闇と、自分の頭部の痛覚を自覚し、ようやく周囲の状況を知る。


 そこは、薄暗い、狭い何かだった。


 というより、彼女にはそこがどこなのか明確には認識できない。



「――――あ、れぇ?」



 何か狭い。自分が今いるところは、とても人が寝るような場所でないことだけは確かだ。


 暗闇の中に、わずかに光る、その物体を発見する。



 それは、一つの透明な箱だった。



 手にすっぽりと収まるくらいのそれは、見覚えのあるものだ。



「あれ、これ」



 思い出そうとして、また頭をぶつける。これ以上どこかに身体をぶつけるのは、彼女の骨格そのものが歪みそうな勢いでもある。



「あーくそ。あれ、でもなんだろ、ここ」



 言って、その手にあるものを持ちながら、彼女はそこから這い出る。ごしゃ、という、自分の体が何らかの高さから落下したような感触がした。



「――痛ぇ。というか。なんかダメージ喰らいっぱなし」




 ようやく、広大な場所に出た。



 目の前にあったものは、部屋の隅々に、上まで植物が生えきった、言ってしまえば老朽化し、老朽化しまくった、そんな建設物の内側だった。



「―――――――」



 その内部をよく見回す。そして、真後ろに自分の眼が行く。そこには、自分が今しがた出て来たと思われる、一つの巨大な箱のようなものが視えた。



 そう、箱。形としては、よく歳暮などが入っている箱に見ている。ひどく老朽化したその内部には、複数のごみと砂と、更に何らかのごみのようなものが入り込んでいた。



「あー、あれ?」



 そこで、気が付く。



 彼女は、その時点で自分の全く知らない景色を見ているということに、気が付いた。



「んー、あれ? 夢?」



 と、思うのが普通である。


 寝たらいきなり別のところにいた、などというのは、彼女の考えの中では、誘拐くらいしかない。もっと別のことを言えば、コールドスリープくらいである。



 しかし、人類に前者はあっても後者はない。そんな技術は確立されていない。死体をいくら凍らせても、その死体を動かす技術はまだなかったはずである。



「んー、明晰夢」



 それが、最終的に彼女が導きだした結論だった。



「明晰夢なら、自分である程度操れるはずだけど。んー、覚めろ!」



 言っても、効果なし。


 まあ、当然と言えば、当然だ。



「駄目ですか。でも、ここってどこでしょうねえ」


 見る限り、彼女の周りに広がっているのは、テレビでも見たことのない景色である。というか、こんな未開拓の場所があれば、その時点でどこかの資産家がテーマパークにしそうなものに、彼女には思えるのだが。


「あ、てか、寒い」


 風に震えながら、彼女は訳も分からず辺りを見回す。


「ん、えーと。うん。落ち着こう。昨日って何してたっけ? まず徹夜して、学校行って、その後にセンセーの店によって、面白いもの貰って、その後に帰って、兄さんに会って、うーん」


 いまいち纏まらない。


 箇条書きにしてもまとまりそうにはなかった。


 というより、この状況そのものが突飛であり、この状況をそのまま真摯に受け入れる、というのは、思考のある人間としては通常ではない。


 自分の家で寝たら、起きたら別の国いたようなものだ。


 経緯を話してもらわなければ、この状況は理解できそうにない。


 彼女としても、この状況そのものを見る限りにおいて、これがどうやら夢ではないようだ、という確証がついてきた。


 自分の思考が確立している時点で、この明瞭さは夢ではない。



「てか、着てるもん、違くね?」



 自分の衣服も、いつの間に変わっている。それは何か、長年放置されたような埃の匂いがした。生地そのものも古いものであることが分かる。日に焼けてもいないし、繊維そのものも劣化している訳ではないが、何か置き去りにされたかのような。



「ま、うん」



 立ち止まっていても仕方がない、と彼女はその場を歩き始める。


 それは、大量の蔓のようなものが絡み付いた、巨大な展望台だった。


 全長は百あるだろうか。自分がいる位置は、随分な高所であることが分かる。


 まずは下に降りるための階段也を探さなくてはならないのだが。



「げ。マジかよ」



 そこで彼女は、途中で腐り落ちている階段を発見した。老朽化に耐え切れなくなったのか、雨で濡れ、さび付き、更にそこを何らかの誰かが昇ったり降りたりしたことにより、急激に脆くなったのだ。


 で、その結果、階段は下に続く者だけが落ちて、上に昇るものだけが残される、という最悪の作りになったようだ。



「建築の方が視たらドン引きっすね。これじゃあ、人を生かすものじゃないな」



 仕方なく、そこから先は上に昇るしかない、と彼女は上を見る。



「まあ、上でSOSでもすればいいか」



 自分の体力が尽きるのと、その前に救援が来るのと、そのどっちが早いかの問題だろう、と楽観的なタカをくくる。


 そもそもとして、彼女が心配していることよりも先に、この建物が崩れないか、という疑問があるのだが、彼女にはそれはなかった。


 一歩、上に昇るための階段に足を踏み降ろす度に、自分の足元からぎい、という歪な音がする。今にも自分の足元が崩れ落ちそうな部分を上りながら、手すりに掴まり、その先を目指す。


 当然として、展望台の建物は筒状であり、その内部の階段は奇妙なXの形を取っていたものだった。何か現代的な様式を思わせるそれに、彼女は足を乗せていく。



 また、そこで彼女が気付いたことがもう一つ。



「あ、これ、エスカレーターだ」



 自分の足元にあったものは、隙間に土や泥が詰まった、今はもう稼働していない電動の昇降機だった。 そこに電源はないが。形的には階段として機能している。


 それを上って行くと、その先には日差しが視える。


 到着したのは、その塔の半分より少し上くらいの位置だった。


 それもそのはず、塔はその部分で倒壊していた。


 本来ある部分を下に落とし、展望台は既に半分と少しの長さしか存在しなかった。



「うわっちゃー、おいおい」



 完全に、こんな状態では下などに降りれない。


 というより、彼女にそこから降りる、などという選択肢は存在しなかった。



「うーん、やっぱ夢なのかなあ。だと思いたいけど。こんなん説明もなしに受け入れろって言うほうが無茶ですよ実際」



 そんな悪態をつく、が。そこで、彼女は折れた塔の向こう側に一人の人物がいることを確認する。



「――ん? んんんんんんん?」



 一人、といってもやけに小さい。目を凝らし、その部分を見る。


 どうやら、向こうに子供がいるらしかった。



「あ、やった」



 そこで、彼女の心配事は消し飛んだ。


 すべての心配とは、その少年一人に依存する気満々だったのである。はっきりいって、彼女のほうが年上だし、その点の恥ずかしさだとかは完全に排斥して、だ。



 その方向に彼女は近づいて行く。確かに、その部分、丁度折れた塔の端の部分にいたのは、少年だった。



「あ、えーと、あのー」



 声をかける。向こうの彼は、その声で彼女に気が付いたようだった。



「あ、えーと。おはようございます」



 一応、挨拶のようなものをする。


 それに対して、その少年はようやく彼女の方に振り向いた。


 外見年齢では、十二歳くらいだろうか。小学生高学年と思わしきその少年は、ゆっくりその少女に顔を向け、口を開く。




「どうやってここに入って来た?」




「はい?」



「随分度胸があるんだな、おまえ。オレの住処に来るやつなんて珍しい。いや、今日は変だな」


「はあ」


 何言ってんのこの子、と首をかしげる少女だが。


「えー、と? ここはきみのお宅ってことでいいの?」


「他に何があんの」


 少年は、あくまで興味もなさそうに彼女に言う。というか、本当に眼すら向けていない。


「いやー、てか。家? なんですかねえ、ここは」


「オレの家って言ったら、オレの家だ。それがどういうことか、だろ」


 ん、と彼女は言葉の意味が呑み込めずに、首をかしげる。


「ここはオレの家だ。だからおまえは、ただの不法侵入者だぜ」


 あ、と。そこでようやく彼女は正気に戻った。非現実に遭遇し過ぎたことで靄がかかっていた自分の脳細胞に、ようやく現実というガソリンが入って来たのである。



「いやいや、そんなつもりはなかったのですよ。てか、泥棒なんかじゃないですよ」


「――泥棒」



 言って、少年は笑い出す。


「ずいぶん、面白いこと言うな、おまえ。オレの家で泥棒なんか入るヤツいねえよ」


 はあ、と少女は、嘆息するばかりだが。


「まあ、ここの人かは知りませんが、少し話をですね――――」




「来るな」




 その、目に。



 見た目完全に年下の相手の剣幕に、彼女は怯えた。



 まず、それは彼女の知っている少年という人種のする眼ではない。自分の忠告を無視すれば容赦なく殺害する、と言われているような目線だった。


「おまえ、ここに来たってことは少しは聞いてんじゃねえのか? それとも、ただの自殺者か?」「じ、自殺?」


 本当に、目の前の少年が何を言っているのかが分からない。


「いやー、あの、わたしまだ死ぬつもりはないっす。てか、あと八十年は生きるつもりなんだけど…………うん、どゆ意味?」


 その発言に、彼はその千切れた塔の先端に立ちながら、彼女を見る。


「いいけどな、別に。オレにとって自殺者を救う気はない」


「いやーですから」


 言って、彼女はその足元に、何かが転がっているのに気が付く。


 ぴちゃり、と足元に、何か小さな水たまりのようなものを踏んだような音が響いた。


 ふと、下を向くと、そこには、元は生物だったと思われる一つの塊が、極度にプレスされたような状態になって、そこにあった。


 というか、完全に死体だった。


 潰れているのは人間の頭で、木の枝のようにバキバキに折れているものは人間の手足だろう。



「あー、れ?」



 と、彼女は自分が今踏んだものを確認する。


 完全に、それは人間の血液で、人間がそのまま潰れたような、そんなものだった。


 いや、おかしい、と彼女は思う。


「いやおかしいっしょ。なんか無理矢理に押しつぶされたみたいな感じだし。あれ、これだけのものが転がってたら、普通なんか、もっと大がかりな機械があるんじゃないのかな。うん? どういうことだ? あれ、うん」


 そんな、自分の中でも整理のついていない言葉を吐きながら、彼女は少年の方を見る。


「ま、いっか」



「――――?」


 そこで、少年は初めてその少女に不可思議な顔を向けた。


 まるで、今の動作そのものが、彼には理解できないかのように。



「で、きみは? なんでここにいるの?」



 ――――――と、少女はそのまま、少年に近づこうとする。



「来るな。分からないのか。本当に」




 うん? と彼女は歩を止める。あくまで、理由はその少年の剣幕が物凄かったからだが。



「オレの半径五mに入った生命は、自動的に有害生物と見なされ、そのまま圧死する。それがオレなんだ。おまえもそうなりたいのか」



「うん? うーん? どういうこと?」



 言って、彼女は一歩を踏み出す。その動作を見て、その少年はその場に立ち上がり、塔の先端に後ずさった。


「そこに転がっているのは、オレの部屋に侵入して、何かをした人間だ。何をしていたかは分からないが、オレの範囲に入ったから、そうなって死んだ。だからおまえもそうなりたいのかと訊いている」



 少女は首をかしげる。仕方ないので、少年にもう少し近づき、その話をきくしかない、と思い、そこに近づくのだが。



「くそ」



 そう、少年は悪態をつくと、塔の先に足をかける。もう少しでその少年の体すべてが、完全に塔から落ちるというところまでである。



「あ、ちょ、タンマタンマ、きみ何してんの」



「おまえが近づくからだ。当然だろ」


 言って、少年はその塔から、身を宙に投げ出した。



「――――っ」



 不思議なことに、自然と、少女の体は動く。




 その塔から飛び下りた少年を追って、自分も塔から飛び下り、その少年の体を抱きかかえた。


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