第91話
ワシは残った霊力を惜しみなく使っておる。
これは最終決戦であり、ここで全力を出さないならいつ出すのじゃ?とかいうやつじゃ。
錫杖に霊力を送り込む。
薄っすらと輝きを放ったのを確認し、さるとらへびを睨む。
そこへ水樹殿が全員へ視線を送っておった。
なるほど、四方より奴を追い込むのじゃな。
右辺には蘭丸が、ワシは左辺へ移動する。
前面には水樹殿が構え韋駄天は姿を消した。
雛殿は水樹殿の少し後ろに構えておる。
しかし、さるとらへびには余裕すら感じられるのぉ。
魔物化し力に余裕が出たかの…。
長期戦はマズいと思っとる。
こっちは今ある霊力で勝負を挑まないといけないが、奴は負の力があればいくらでも闘える。
負の力とは、人の怨念、つまり恨み妬み嫉み…。
そんなものは道端にいくらでも転がっておるからの。
つまり、この状況での戦闘は長引くほど不利という訳じゃ。
それは全員が把握しておる。
が、慎重かつ大胆な水樹殿の采配は見事と言うしか無い。
長年訓練した者でも、目まぐるしく変わる戦況に、これほど冷静に対応出来るものは、そうそうおるまい。
その水樹殿が仕掛ける。
!!
疾い!
一瞬で間合いを詰め大振りせず鋭く朱雀を数度振るう。
さるとらへびはジリジリと後退しつつも、無駄のない動きで刃を交わし、蛇と前足で攻撃してきおる。
蛇は鋭く、前足は重たい一撃を入れてくる。
じゃが、いつ覚えたのか知らぬが、水樹殿も完璧に見切っておる。
どれも無駄がなく紙一重で交わしておる…。
彼女の成長の限界は、いったいどこなのか…。
驚いてばかりもいられぬ。
隙を伺い錫杖を突き出すが、直ぐに蛇が反応しおる。
この蛇の目からもどうやら見ているようじゃ。
つまり十二個の目があることになるのぉ…。
「水樹殿!奴は蛇でも見えるようじゃ!」
そう助言すると、チラッとワシを見て小さく頷いた。
反対側からも蘭丸が果敢に攻撃を仕掛ける。
そこへ雛殿が、今度は蛇の全ての頭を防御壁で囲う。視界が悪くなる。
そこへ韋駄天が上空から攻撃を仕掛けてきおった!
ズバンッ!!
蛇の一尾と胴体の虎に深く傷を負わせた。
バシンッ!!
そう思った矢先に他の蛇が暴れ、韋駄天を直撃し吹っ飛ばしおった…。
韋駄天は地面に着地すると同時に姿を消す。
まだ何とかなるようじゃな…。
油断しおって。
間一髪入れず、ワシは水樹殿に呼吸を合わせ攻撃する。
蘭丸も反対側から攻撃を仕掛けておる。
式神ながら大健闘じゃ。
じゃが、何とかなっておる状況が、ワシら全員共気づかない程の油断を産んでいたのかも知れぬ。
さるとらへびが一瞬動作が止まったかと思った瞬間、魔力が高まる。
蛇を封じ込めていた、雛殿が作った防御壁をいっぺんに破壊すると、五匹の蛇は前後左右と上に向けて炎を吐き出した!
短い時間じゃったが、こちらの攻撃を防ぐ事により、状況を振り出しに戻す事に成功しおった。
直ぐに距離を取られる。
「攻撃は最大の防御と言う訳じゃ…。」
最初の状況に戻ってしまった…。
これでは霊力を損失した分、ワシらが損した計算になるの…。
多少傷は与えられたが、正直かすり傷程度じゃしな。
やはり一筋縄では行かぬか…。
何か奇策で状況を変えねばならぬ。
そして蛇の数を減らす事が出来れば御の字じゃ。
視野を少しでも狭めることにより、こちらの奇襲も狙いやすくなる。
こういう時は、年寄りから仕掛けるものじゃの…。
「水樹殿、ワシに策があるぞい。奴の気を引いてくれ!」
彼女は小さく頷くと、月弓を取り出し迷わず射る。
しかし、出現した三十本程の矢は空中に停止したまま、朱雀に持ち替え突撃しおった。
矢は彼女の周囲に漂いながら一緒に動いておる。
そのまま朱雀を素早く横一閃すると、さるとらへびも素早く交わすが、そこへ矢が乱れながら降り注ぐ!
「何と!?」
このような奇抜な発想は聞いたこともない。
そこへ蘭丸や韋駄天が果敢に攻める。
ワシも錫杖で攻撃するが、蛇の動きに注意する。
五匹の中の一つがワシを捉え続けておった。
こうやって全員の動きを見ているのじゃ。
しかし水樹殿が激しく攻撃すると、五匹の内の三匹が前方へ注意を向けた。
「今じゃ!」
ワシは、錫杖の先に付いている、円状の金具で蛇の頭をすっぽり入れ、捻りを加えた。
蛇の頭はグイッと折られ動きを封じた。
一連の動作を視ていた水樹殿が一瞬で駆け抜ける!
ズバッッッ!!
蛇の頭が一つ地面に落ちる。
思惑通りだったのはここまでで、他の蛇がワシを捉えているのに気付くのが遅れてしもうた。
蛇は息を吸い込んだかと思うと躊躇なく炎を吐いてきた。
「黒爺さん!」
雛殿が気付き防御壁を展開した。
じゃがワシは錫杖でその防御壁を払いのける。
「!?」
彼女が不思議そうな顔をしておった。
この炎は防御壁で防げるかも知れぬが、その温度は霊力を伝わって彼女の手を焼いてしまう恐れがある。
つまり、攻撃は防げても温度は防げぬ。
ワシは錫杖の中心を持ち、顔の前でクルクルと激しく回転させる。
その間にも韋駄天と蘭丸の攻撃が行われおるが、蛇の追撃が激しく有効打が与えられておらぬ。
水樹殿はさるとらへびの真後ろから攻撃するものの、蛇に邪魔され一瞬の隙をついた後ろ足の蹴り上げを朱雀で辛うじて防いだものの、体勢が崩れ後退するしかなかった。
「え゛え゛え゛え゛え゛い゛い゛!!!」
必死に錫杖を回す。
炎が先に止むが、手が熱く霊力をかなり消費してしまった事に気付く。
両膝を付いた瞬間、さるとらへびの太い前足が吹っ飛んでくると、ワシは小石を蹴ったかのように飛ばされてしまった…。
「黒爺!」
水樹殿の声が聞こえ、ワシを追撃出来ぬよう間に入って朱雀を構えた。
さるとらへびは動きを止められたが、警戒しつつゆっくりと歩き出す。
雛殿が治療をするため急ぎ近づいてくる。
「駄目じゃ!」
ワシは体を起こし最後の霊力を使って瞬時に駈け出し、水樹殿の上空を飛び越え、雛殿を襲おうとするさるとらへびに向かって錫杖を突き出す。
「ハッ…!?」
しかし奴はワシの錫杖を踏み付け、そのまま着地と同時に深く地面に刺すと、スルリと落下するワシを前足で攻撃してきた。
「南無三…。」
ワシは祈るしかなかった。
直後、奴の前足はワシを捉え錫杖にぶつけると、錫杖が粉々になるほどの力で振りぬいた…。
ワシの小さな体は吹き飛ばされ、地面を激しく擦りながら止まる。
辛うじて目は開いたが、体のどこも動かす事は出来んかった…。