第88話
これはキツいわい。
元々ワシは霊力が少ないからの…。
しかし激しい戦闘じゃ。
このような大規模な闘いなんて、過去を含めても、数える程しかないじゃろうて…。
その中にワシがいる。
そう思うと、ついつい張り切ってしまうわい。
ワシには微量の力しかなかった。
それでも力があるということで、色んな立場に立たされた。
じゃが、結果的に見れば使い捨てられたと思っとる。
都合よく利用され、ワシが死のうが行方不明になろうが、痛手でもなければ気にする必要もないくらいの存在じゃ。
代わりはいくらでもおるからの。
そう思って随分時間が経った。
じゃが、水樹殿に会って世界は変わった。
あのお方はとんでもなく器が大きい。
それに、ただ強いだけではない。
そこが過去に存在した如何なる巫女とも違うところじゃ。
見てみぃ、今共に闘っている仲間達を。
この闘いに向けて立ち上がった時、ワシは岩蛇殿だけでも味方になればと思っとった。
他の地区の妖怪達は、北地区だけではなく、どこもかしこも癖が悪い連中じゃ。
しかしじゃ、それらをまとめて、簡単に手なづけおった…。
妖怪の世界において、これだけでも奇跡なのじゃ。
偶然、努力、正義…、そんなものは妖怪達には関係のない話。
彼らの思考は実に簡単じゃ。
実利、これに尽きる。
じゃが、色んな妖怪の利害を一致させるのは難しい問題である。
今回は共通の敵が居たとはいえ、逃亡、静観、協力、様子見と考え方はそれぞれで、それらを一つずつ調整し、一つにしていく。
こんなこと、正直言うと無理じゃと思っておったのじゃ。
とはいえ、両親より受け継いだ『真実の目』と『情熱の心』。
この二つを持ちあわせておるのは、結果的には大きかったじゃろう。
じゃが、この二つだけでは成し得なかったのも確かじゃ。
では何が成功に導いたのか。
それはどの巫女も、どの妖怪をも持ち合わせない、水樹殿唯一無二の武器『博愛の精神』じゃ。
彼女は、成仏を願う者、それと魔物になってしまった、救いようのない妖怪以外は誰も傷つけておらぬ。
今までの闘いを振り返れば、信じられない戦績である。
あの御方を見て、ワシもこの歳になって教えられることがあるとは思わなかったわい。
愛などという、目にも見えず不安定で不確かじゃが、それこそ妖怪達も含めた、全世界共通の絶対なる真実で、結果を出しておる。
そう、水樹殿の両親が奇跡を産んだのも愛じゃ。
愛するというのは単純じゃが、愛されるというのは難しいことじゃろうて。
これらを乗り越え、もう少し、本当にあと少しで敵の本丸に届くところまできたのじゃ。
何とかしたいと思うのは老婆心からなのかのぉ…。
いや、ワシはきっと見届けたいのじゃ。
愛を貫き通した先にあるものを…。
しかし戦闘の方はいかんせん分が悪い。
まさか物量で押してくるとは思わなかったわい。
むしろ自軍の方が数が多いとさえ思っとった。
蓋を開けてみればどうじゃ。
さるとらへびの戦略は見事というしかない。
千年余もの間、奴は幾度と無くこの闘いを予見し予習したのじゃろう。
三千洲の怨霊をさらったのも偶然鉢合わせた訳ではなく、各所で自分に味方する者を集めたり、強制的に拉致したりしたのじゃろう。
魔物化することにより、洗脳や能力を強力にすることはもちろん、それに伴い巨大化することも良くある話じゃ。
さるとらへびは巨大化させた亀や蛙、蜘蛛といった部下を今までに差し向けておる。
亀は水樹殿の機転によって、蛙はガマ殿と韋駄天殿の協力によって討たれた。
しかし蜘蛛はなかなかの強敵じゃ。
二匹は水樹殿と蘭丸の力により倒したが、左翼を襲う蜘蛛は今だ猛威を奮っておるな。
上空では烏の妖怪が群れを成し暴れておる。水樹殿が応戦するも決定打がない状況じゃ。
ヒューーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
後方から闇夜を切り裂く様に飛ぶ黄色い大鳥…。
あれは…、さるとらへびに脅され水樹殿と闘った黄色い大鳥じゃ。
かなり弱っておったが、この溢れ出る霊気により回復しておったようじゃ。
しかし、背中に乗っておるのは雛殿じゃった。
彼女もまた、韋駄天殿と同じく水樹殿の力に吸い寄せられ集まった巫女。
しかも赤い霊気を纏い覚醒しておる!
彼女一人見ても、このような霊山一つを取りまとめるには十分な素質なのじゃ。
その雛殿が大鳥と共に飛んでいく…。
烏に近づくと、烏の方が距離を取ろうと逃げ惑っておる。
そりゃそうじゃ、二対一というのは望まぬ闘いであろう。
しかし捕まるのも時間の問題じゃった。
飛行技術においては、本家の大鳥の方が得意のようじゃ。
烏の後ろを取り執拗に追いかけ、至近距離まで近づいた所を防御壁にて囲いおった。
「何と!」
この作戦は彼女ならではのものじゃろうて。
暴れる烏。
その隙に蘭丸に乗った水樹殿を中に入れおった。
「「「いい加減目を覚ましなさい!!!」」」
そう言って、言の葉の力で捻じ伏せ動きを止めると、朱雀で防御壁ごと斬りおった。
黒い粉が大量に巻き起こり風に乗って消えていく…。
すると烏の目が赤から青に変わった。
太古より赤い目は攻撃色だと言われておる。
感情が目に現れるのじゃ。
それが青になった。
通常状態と言えるじゃろう。
烏達は喚くことなく静かにその場にとどまっておった。
水樹殿と雛殿が地上の大蜘蛛に向かって急降下する。それに烏達が付いてきた。
水樹殿は朱雀で一太刀入れ、雛殿が防御壁で八本の足をそれぞれ封じ込めると、烏達が追い打ちをかけ、ついにはボロボロにし倒してしまった。
雛殿は後方へ戻り大鳥は上空へ、水樹殿は右翼へ戻り再び敵をなぎ倒していく。
大鳥は烏達を引き連れ中央を空中から攻撃し援護しておる。
形勢は逆転しおった!
徐々に自軍は戦線を押し上げていけるようになった。
高賀神社がもう目の前じゃ。
そろそろ、敵の大将であるさるとらへびが現れるじゃろう。
高賀神社を抑えられたら、高賀山の霊力は思うがままじゃからな。
敵の数も、ここにきていよいよ少なくなってきおった。
ようやく打ち止めのようじゃ。
仲間達の士気も上がってきておる。
「ここが踏ん張りどころだ!全軍総攻撃!!!」
殿からの指示が飛んだ。
ほら貝が三度吹かれ戦の最終段階へと移行した。
ワシも少ない霊力で応戦することにしようかの。
とはいえ、霊力が少ないといって悲観することはない。
必要なところへ、必要な霊術を叩きこむ。
そして使った霊力以上の戦果を上げれば良いのじゃ。
それに一人ではない。仲間がいる。
回復する時間もあるしの、休んだからといって怒るような者もおらぬ。
むしろ休まない方が怒られる始末じゃ。
これも水樹殿の人柄が浸透しているが故のことじゃ。
勝利を確信するような雰囲気が蔓延したころ、最悪の自体が起きた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…。
地響きが起き、何事かと周囲を確認する。
しかし近場では特に変化はない。
むしろ高賀山の頂上より向こう側から何かが来る気配がある。
「頂上付近に注意せよ!」
ワシは大声で叫んだ。
直後、ぬぅっと山の向こうから頭が見えると、一気に上半身を露わにした。
「デ…、デイダラボッチだ…。」
ワシも見るのは初めてじゃった。
さるとらへびが色々な動物を魔物化させ巨大化した。
デイダラボッチの元は人である。人が魔物化し巨大化したということじゃ。
「全員退避!!退避ーーーーーーーー!!!!」
殿が大声で叫び、ほら貝が短めに激しく吹かれた。
退却の合図である。
その時、雲をも掴む巨大な手が、蝿を追い払うかの如くワシラに向かって吹っ飛んできた。
ブゥゥゥゥウウゥゥゥゥウウゥゥゥウゥン!!!!
突風と共に手が飛んでくると、敵味方構わず吹き飛ばしてしまった!
何と無茶苦茶な…。
退却の号令が、後少し遅れていたなら、被害は尋常じゃないほど出たじゃろう。
各地区の代表者が仲間を連れて後方へ下がる。
水樹殿が前線より戻ってきた。
「皆大丈夫!?」
「何人かがやられたが、被害は少ない。」
真剣な眼差しで仲間を見渡し頷いた。
汗だくで疲れはありそうだが、まだまだ元気な様子じゃ。
「雛ちゃんは鳥さんと、韋駄天は烏さん達と、私は欄ちゃんと共に、3人であの巨人を倒しに行きます!黒爺は皆を守ってあげて…。いざとなったら高賀山自然の家まで逃げて!」
ワシは大きく頷いた。
「しかし、今がさるとらへびを倒す絶好の機会!」
殿の言葉に座敷童殿も頷いた。
賛同する者は少なくないのぉ。
「生きていれば、また闘えるから。死んでしまっては、何も出来ないから。その事を忘れないで!」
そして三人は山頂へ向かって飛んでいった。
この言葉がこの期に及んで出るとは…。
これこそが水樹殿が水樹殿であるが由縁である…。
ワシは彼女のこの言葉を忘れることは、一生無かった…。