第86話
「またかよ…。」
倒しても倒しても湧いてくる敵に、流石に俺も嫌気がさしてきた。
ハァ…、ハァ…。
走りすぎて肩で息をする頃には、一度雛さんのところへ戻る。
『もうへばったのか?』
「うるせぇー…。」
ガマの嫌味にも応えるのが辛い。
だけど、体力的にはきついが、霊力としては余力があるように思える。
『高賀山からの霊力が溢れておるからな。』
ガマは俺の疑問に答えた。
なるほどねぇ。これほどの恩恵があるならば、高賀山を独占しようって気持ちもわからなくはないな。
「これはまずいな…。」
近くで指揮をしていた殿と呼ばれる北地区代表者がつぶやいた。
「何でやばいんだ?」
休憩中ということもあり、俺は何となく聞いてみた。
「うむ、慢性的な敵の攻撃に、我らはうんざりしてきている。集中力を欠き、傷が増える。そのしわ寄せは回復手に回ってくるだろう。長期戦だと考えると、今後これが大きく響いてくる可能性がある。」
確かに回復約の中心になっている二人は、大汗をかきながら大量の怪我人を手当てしているな。
そんな時だった。
ガタガタガタガタガタガタガタ…。
大群の足音だ。これだけの数となると…。
しかし山から降りてきたのは4匹の巨大蜘蛛だった。
「おいおい、あんなの有りかよ…。」
背の高さは3mはあるかもな…。
そんな巨大蜘蛛が前線に突っ込んでくる。
俺はダッシュの準備をした。
『まて小僧。』
「何だよ、止めるなよ。」
『不吉な予感がする。どの道、その体力ではまともに援護出来ぬだろう。少しだけ待て。』
確かに正直なところ、1度前線へ飛び出したら帰るのもキツい。
そんな時、中衛で敵前線部隊を攻撃していた岩蛇が最前線へ飛び出した。
すげぇジャンプ、大迫力…。
ドッスーーーン…。
蜘蛛を踏み潰そうとするが、意外と素早い。
逆に体をよじ登られ攻撃されている。
それに、中央正面を守るのが宿儺だけになり手薄に見える。
これはヤバイぞ。
「韋駄天様、これを…。」
その状況を把握した蒼狐が懐から紙袋を出し、その中から緑色をした薬のような物を取り出し渡してきた。
「古来より伝わる体力回復の薬です。効果は高いですが、何度も服用出来ませぬ。」
「ありがとな!」
俺は迷わず飲んだ。前線へ飛び出そうとする。
『待て!何か来るぞ!』
また空からかよ…。上空を見上げたが、それらしい物はない。
「おいおい、何も来ないなら前線へ…。」
『下じゃ!馬鹿者!!』
慌てて地面を見ると何かがヌゥと飛び出してきた。
それもかなり大きい…。
見上げると、それは真っ黒の大蛙だ。
「友達か?」
『冗談も休み休み言え…。』
「どうすれば良い?」
『ほぉ、素直に助言を求めるか?』
「お前も冗談かましてる場合じゃねーだろ!」
『呼べ小僧。』
「何を?」
『ワシをじゃ!大馬鹿者!!』
「早く言えよ!いでよガマ公!!」
短剣からドンッと霊力が溢れ出ると、足元が盛り上がりそのまま持ち上げられた。
下から出てきたのはガマだ。
最初見た時と同じぐらいの大きさだろうか。すげー高い。
相手も同じぐらいの大きさになった。
「おいおい、少し見ないうちに随分大きくなったじゃねーか。」
「フンッ。これだけ妖力を補えればな。全快もするわい。」
相手の黒い蛙は静かにガマを見ていた。
足元では両軍共距離を置いていた。
そりゃそうだ。
こんなでかい妖怪が二体も現れたら、巻き込まれないようにするわな。
そのおかげで中央は前線へのバックアップだけに集中出来る。
現に朱狐の放つ光の矢が、上空から蜘蛛の頭を執拗に攻撃し動きを封じ込めていた。
「三千洲のガマか…。死にぞこないの老いぼれめが…。」
「ほぉ?若いの…、威勢だけは良いのぉ…。」
緊張感が漂う。
『しっかり掴まっておれ。』
短剣から頭に直接声が聞こえた。
「待ってくれ、俺関係ないんじゃ…?のわっ!?」
二体は同時に突進し、激しく衝突する。
ドンッッッ!!!
地震なんてもんじゃない。
凄まじい衝撃に落ちそうになったが、ダッシュで元の位置に戻った。
俺は大丈夫だが、ガマは少し押されているように見える。
「しっかりしろ!ガマ!押されてるじゃねーか!!」
「これが闇の力か…。流石に手強いのぉ。」
「余裕かましてる場合じゃねーぞ!」
「うるさい…。お前は隙を見てあいつの舌を斬れ。蛙の妖怪は油で皮膚がヌメっておる故、皮膚を斬るのは至難の業だ。それでも斬れる技術は小僧には無いじゃろ?」
「りょーーーーーかい!!」
俺は隙を伺うことにする。
だが、そもそも口を開ける時なんかあるのか?
弱点だというのなら尚更だろ…。
兎にも角にも俺は、最善の攻撃チャンスを待つことにした。
蛙達は少し距離を置くと、何故か敵の黒い蛙は大きく口を開けた。
!!
俺は迷わず飛び出した。
が、直ぐに何かが体を巻き付き引っ張られる。
そして暗闇の中で熱風にさらされた。
「くっ!?」
直ぐに温度は下がり、明かりが見えた。
そして再び引っ張られるとガマの頭の上に戻された。
しかし、何故か焦げ臭い…。
なんだこれ、どうなった?
足元を見ると、ガマの頭部は焼き焦げている。まさか…。
「迂闊に飛び出しおって…、馬鹿者が…。」
ガマは敵が吐いた炎のブレスから、口の中で身を盾にし守ってくれたのだ。
ちくしょう…。俺は足を引っ張ったのか?
ガマは小刻みに震えていた。
ダメージがでかいようだ。
クソッ!!クソッ!!!
心の底から何かが溢れてきた。
後悔か?恐怖か?
いや違う…。
俺が今、一番欲しいもの…。
「「「もっと力を!!!」」」
言の葉の力と共に、体から光が輪になって広がりながら消えた。
気付くと体が半透明の赤いオーラに包まれている!
「フンッ。今頃巫女の力に覚醒したか。」
これが巫女の力…。
すげぇ…。すげぇぞ…。
力が溢れてくる!
「自惚れるなよ、小僧。」
「あぁ、分かっている。だけど信用してくれ!俺が必ず仕留める!!」
「言いよるわい。」
ガマはきっとニヤリと笑ったに違いない。
「ワシがあやつの攻撃に耐えてみせる。その隙に何とかせい!」
「おっしゃーーーーーー!!!」
黒い蛙は俺の力を警戒しながらも、ダメージの深いガマに対して突進し、そして張り手をしてきた。
たかが張り手、されど張り手。
とんでもねぇスピードで吹っ飛んでくる黒蛙の手を、ガマは両手で地面で踏ん張り敢えて攻撃を顔で受けた。
グシャッッッ!!!
生々しい音がした時、俺の姿は消えていたはずだ。
瞬間移動したかのように、黒蛙の右目近くに飛びついた!
黒蛙の驚いた表情を見せた時には、俺は短剣を高く掲げ、そして溢れるほどの霊力を短剣に込めて両手で鋭く投げた!
ズバンッ!!!
その短剣は黒蛙の右目から左目まで貫通した!!
俺は直ぐにダッシュし、短剣に追いつきキャッチする。
そう、自分で投げた短剣に走って追いついたのだ。
だけど、そのまま空中に身を投げ出してしまった。
『まったく、後先考えずに攻撃するとは…。』
短剣からガマの声が聞こえた時には、ガマの舌に巻かれ彼の頭の上に戻された。
「ありがと、ガマ公。」
「フンッ…。」
しかし、ガマは前足が崩れ頭から倒れ込む。
「おい!しっかりしろ!!」
「久しぶりで、はしゃぎ過ぎたわい…。」
そのまま地面に吸い込まれるようにゆっくりと沈んでいった。
「!?」
ガマが攻撃を受けた左側、特に左目が潰れている…。
そこまでしてまで俺を信用して…。
「後は短剣の中でゆっくりしてろ!後でちゃんとお礼するからな!!」
「ならば必ず…生きて帰ってこい…。」
そう言い残して彼は姿を消した。
大丈夫だ…。
短剣の中からガマの妖気を感じる…。
だけど弱々しい…。
俺がもっとしっかりしていれば…。
いやいやいや!後悔は後だ!!
そんな暇があるなら走れ!!!
前線では蜘蛛の数は半分の二匹になっていたが、苦戦を強いられていた。
俺は迷わず駈け出した。
ガマの気持ちに応えるように!