第82話
いよいよさるとらへびとの決戦を迎えたのぉ。
一行は高賀山自然の家を出発し、一路高賀神社へと向かう。
そして新高賀橋に差し掛かったところで異変は起きた。
「黒爺…。何か変な感じ…。」
水樹殿の言葉に、ワシは暗闇の先に注視した。
「………。なるほどの。どうやら高賀山を取り巻くように防御壁が形成されておる。」
そして、その壁の前に二人の鬼が立っておるな。
「なんだよアレ…。門番ってやつか?」
韋駄天の想像は間違いではない。
高賀神社へは、新高賀橋を渡りきった道を進むしかない。
反対側から山を登り切って降りてくる道もあるかも知れんが、そっちは登山自体が大変なのと、道が狭く森の中を進むことになる。
大勢が攻め入るには難しいものがあるじゃろうて。
「あらあら、つまり二人を倒さないといけないってことかな?」
「雛ちゃん、どうやらそうみたい。私がいく。」
水樹殿は朱雀を抜き、静かに前に出る。
「お主がさるとらへび様に楯突く巫女か!」
「ここは通さん!」
二人の身の丈6尺6寸《約2メートル》もある鬼が威圧する。
その形相は凄まじく、普通の人間が遭遇すれば恐怖で足が竦むじゃろう。
まぁ、見えたらの話しだがな。
じゃが、激戦を抜けてきた水樹殿には通用するはずもない。
ここまでの闘いが、良い経験にもなっておるようじゃ。
ザンッ!
朱雀に霊力を注入する。
そして一歩進む度に霊力を開放していく。
「押し通ーーーーーーる!!!」
彼女はタンッと一蹴りすると姿が消えて、次の瞬間には鬼の前に現れていた。
「!?」
じゃが、流石門番と言うべきか、その動き自体に鬼共は付いていっておった。
直ぐに太く大きな金棒を振り上げて、重力を無視するかのような速度で振り下ろしてきた。
ドンッッッ!!
橋が崩れ落ちるかと思う程の衝撃が襲う。
じゃが、彼女は最初から分かっているかのように、最小限の動きで交わすと、鋭く横に一振りする!
ズバンッ!!!
攻撃してきた左側の鬼の両腕を切り落とす。
だが、彼女の攻撃後の硬直を狙ったかのように、右側の鬼が金棒を振るうが、既に彼女の姿はない。
背後に現れたかと思うと、その時には鬼の胴は上半身と下半身が切り離された後だった。
ズリズリ…
あっという間に門番であったはずの鬼が倒れる。
見事じゃ…。ここまで完成された巫女というのをワシは知らん。
いや、太古に巫女の力のみでこの国を治めた者がおったかの…。
その御方の血が、今の現代にも受け継がれておる…。
「流石水樹!」
「本番はこれからだよ!」
ダンッ!
勢い良く朱雀を振り降ろすが防御壁はびくともしなかった。
「ワシに任せよ!」
巨体を素早く宙に舞わせた岩蛇殿が壁に体当りする。
ドッッッゴーーーーーン!!
じゃが、それでも壁は割れなかった。
「生半可な攻撃では通用しないようです。もっと霊力の高い攻撃じゃないと駄目そうですね。」
座敷童殿からの助言じゃ。
その言葉を聞いた水樹殿は直ぐに何か閃いたようじゃ。
「皆少し下がって!」
自らも下がり橋の真ん中ぐらいまで来ると止まる。
そして月弓を取り出した。
「もう使ってしまうのか?」
ワシはピンッときて尋ねた。
彼女はコクンと頷く。
「ここで霊力を消耗させようとする意図だと思うの。ならば矢一本で済むならそれが最善だと思うよ。」
なるほどの。ワシも含め反対者は居なかった。
それを確認した彼女は、月弓を橋に刺し立てると、目をつむり大きく息を吸い込んだ。
スーーーーーーーーーッ…、フーーーーーーーーーッ…
ゆっくり深呼吸し、カッと目を見開くと弓に霊力を注ぎ込んだ。
ドンッと小さな爆発のような音と共に月弓は5倍ほどの大きさになった。
溢れた霊力の勢いで小規模ながら竜巻が起こる。
そしてワシラには見えない弦を引き始めると、その弦は光を帯び始めワシらにも確認出来た。
何と大きい…。
彼女は動じること無く両手で弦を引き叫んだ。
しかし、大きすぎて人間の腕力では引き切れない。
「牛ちゃん、力を貸して!」
牛鬼を憑依させ更に弦を引く。
引ききったと思った途端、一本の矢が現れた。
それこそは『山鬼の破魔矢』。
彼が成仏する時に、全霊力を振り絞って作り上げた奇跡の矢。
神々しく光る矢からは、凄まじく凝縮された力を感じる…。
「いっけーーーーーーーー!!!!」
ドンンンッッッッッ!!!
空間を裂くように飛んでいった矢はまさしく光の矢。
旋風を巻き起こしながら一瞬で壁に衝突すると、一瞬止まったが直ぐに壁をぶち抜きおった!
矢が突き抜けた場所からフワッと円状に穴が広がると、そのまま一瞬で防御壁が消えよる。
「ありがと山鬼さん…。」
彼女は破魔矢を残してくれた山鬼に礼を言った。それにしても…。
「何という威力じゃ…。」
こんな強烈な矢は聞いたことがない。
それを難なく使いこなす水樹殿も水樹殿じゃ。
そんな矢を残してくれるよう山鬼を導いたのも水樹殿ということになる。
彼女はワシが知りうる巫女の中でもかなりの特殊な部類ではあるが、これが本来の巫女の姿と言われたら信じてしまいそうじゃ。
もっと攻撃的な巫女も沢山おった。
霊術と物理攻撃を駆使し力押しで妖怪どもをねじ伏せていく。
こんな場面だと印を結び霊力を高め仲間の攻撃力や防御力を上げたりする。
その他の補助的な霊術や攻撃的・防御的な霊術をこれでもかと展開したりするのじゃが、残念なのは水樹殿に教える時間がなかったことじゃの…。
ん?
「水樹殿、ワシの顔に何かついておるかの?」
彼女はワシの目を覗き込んでいた。
霊力が溢れ彼女の目は赤い透明な炎が漏れでているようじゃったが、目は澄んでいてこちらの心の中まで見られているようじゃった。
「ふーん。」
そうつぶやくと突如霊力を高めた。
「臨兵闘者皆陣裂在前《リン、ピョウ、トウ、シャ、カイ、ジン、レツ、ザイ、ゼン》!!!…ええぇい!!」
早九字の呪を唱え、縦横に九回手を降る。
最後に力を込めると仲間全員の体が一瞬光りおった。
「お主…、まさか…。」
「見様見真似だったけど、どうかな?」
これが『真実の目』の力。これが水樹殿の才能…。
ワシの知識を真実の目で視よったのだ。
たまたま想像したというのもあるじゃろう。
じゃが、たったそれだけで術を会得出来るものだろうか…。
ワシは水樹殿の成長と可能性に恐怖すらした。
この御方はどこまで強くなるのじゃろう…。
いや、強さとは違うものかも知れぬ。
器もまだまだ大きくなる感触があるし…。彼女は生き神にでもなってしまうのではないか、そう思ってしまった。
ともあれ仲間の士気はますます上がり、いよいよ高賀神社に向けて本格的な進軍が始まった。
ここからはいつ敵が出てきてもおかしくない。
全員の顔に緊張感が走った。