第78話
更に下へ潜ると、水温がどんどん下がっていく。かなり冷たい。
そしてついに氷の塊を見つけた。
少し白っぽい氷の中に綺麗な和服の女性がいた。
コンコンッ
氷を叩くと中の女性は気付いたようで目が合った。
俺は上を指刺した。一緒に戻ろうという合図だ。
しかし彼女は俺の背後を指さす。
直ぐに勘付いた。何かがいる!
足をバタつかせて急ぎ離れる。
自分の居た場所を見ると河童がいた。
本で見た姿のそのまんまだ。
わかりやすっ!
だけどちょっと違うのは、鋭い牙に鋭い爪だ。
これらは見た目にもヤバイ。
俺はこいつの退治は諦める。
何とかして地上へ誘い出すんだ。
ここの空間は想像以上に広い。ならば…。
「おい河童!俺の泳ぎに付いてこれるかぁ?」
わざと挑発する。
案の定、泳ぎに絶対の自信がある河童は派手に怒っている。
「人間の分際で!」
だが、挑発をちょっと後悔する。マジで速い。
俺はクロールで目一杯泳いだ。
コポコポコポコポッ…
激しい水中レースが繰り広げられた。
くそっ!走りなら誰にも負けないのに!
フェイントを入れたり、急な方向転換などで相手を翻弄しながら逃げまわる。
「やっぱ大したことないな河童野郎!」
血走った目で追ってくる河童。
このぐらいでいいか?マジで俺も体力的に限界だ。
徐々に地上に向かっていく。
「ばーか、ばーか!」
『ほれ、急げ。死ぬ気で急げ。』
ガマの野郎…。人事だと思って…。
河童の手が伸びてくる。
!?
おいおい、聞いてねーぞ。
奴の腕は2mぐらい伸びていた。
そして足首を掴まれる。
『だから急げと言ったのだ。』
先に言えよ!
だけどな…、だけどな…。
俺はこんなところで負けはしねーんだよ!!!
地上には俺のことを信じて待っている水樹達が居るんだよ!!!
足を掴まれたまま、強引に泳いでいく。
「オラァァァァァァアァァアァアァァアァアァ!!!」
ドボンッ!!!
一気に地上まで、それも何メートルも高く飛んだ。
「水樹ーーーーーーー!!!!」
「韋駄天ナイス!!」
ドンッ
水樹は朱雀の背の方で河童を横殴りした。
飛び出した勢いそのままに、吹っ飛ばされた河童は池のほとりの杉の木にぶつかりぐったりとした。
それを確認すると再び潜り、氷の中にいる女性の所に向かう。
『なかなかやるではないか。気に入ったぞ。』
「そりゃぁどうも。」
蛙、それもオッサンに気に入られてもあんまり嬉しくねーけどな。
氷の塊に近づいた。
「俺は韋駄天。地上の岩男の話しを聞いて助けにきた。河童は成敗した。だから一緒に地上に戻りましょう。」
そう言うと彼女はコクンと頷く。
次の瞬間、氷が溶けてなくなる。
『気に入ったついでに教えてやる。直接触るなよ。』
「しかし、連れて行くにはどこか掴むしかないだろ。」
『短剣を握ってもらえ。』
俺は半信半疑ながらガマの言うことを聞くことにする。
彼女は短剣の柄の部分を握り、俺は鞘の方を握った。
『案ずるな。私が抜けないようにしておく。』
だよな、これだと鞘が抜けちまうもんな。
そしてそのまま地上まで案内した。
ちょこんと頭を出す。
河童は岩男に羽交い絞めにされていた。
彼女は直ぐに地上に出ると、走って彼の元へと向かった。
俺も水樹達のところへ向かうことにする。
水中から出された河童は、随分大人しくなっていた。さっきとはえらい違いだ。
「河童さん。私は今、猛烈に怒っています。どのぐらい怒っているか分かりますか?」
「ふんっ…。」
「私はね…。」
みるみる霊力が高まっていく。
一気に上昇せずにじわじわと。初めて水樹の霊力を見るものによっては、どこまで上昇するのか分からず恐怖心が募るかもな。
珍しくえげつないやり方だ。
ドンッ!
最後は一気に強めた。
赤い霊気が体を纏い、目は真っ赤に燃え上がっている。
河童は恐怖で暴れているが、岩男にがっしりと掴まれて逃げ出すことは出来ないでいる。
そんな状態で目の前に、自分の何倍もの霊力を持つ巫女が、妖刀を携えて立っている。
しかも怒っていると宣言してでた。
ガタガタと震え出す河童。
「怒っているのですよ?」
水樹の冷静さが逆に怖い。
敵じゃなくて良かったと思うほどだ。
だけど俺は、彼女が河童に対して酷い仕打ちをするとは思っていない。
そんな奴じゃないからな。
彼女を知らない西地区の妖怪達は、リーダーである岩男の妻を長年拉致したと怒り狂っていて、殺せと囃し立てている。
まぁ、気持ちは分からなくもない。
河童のせいで身動きが取れなかったことも事実だし、不自由さや不便さ、それに雰囲気だって悪かっただろう。
「ゆ…、ゆるして…、許してください…。」
かすれて震える声で命乞いをしてきた。
奴にも水樹の強さは十分伝わっているようだ。
「………。」
彼女は敢えて何も言わない。
朱雀を一振りし霊力を注ぎ込む。
異常に長い刀は余計に恐怖心を煽り立てる。
「わ…、悪気は無かったんだ…。本当にだ!か…、軽い気持ちで…、悪戯しただけなんだ…。」
ギロッと河童を見つめる水樹。
「私はあなたのような身勝手で…自己中心的な人が…。」
大きく息を吸い込んだ。
「「「大嫌い!!!」」」
と、言の葉の力で叫んだ。
これには西地区の妖怪達も驚いだ。
強烈な言葉の力に怯んだのだ。
誰もが恐れをなした。
「済まなかった…。二度と悪戯はしない…。だから…。」
河童は恐怖で震えだし怯えていた。
「人の恋路を邪魔したばかりか、この地に何百年も悪い影響を与えた妖怪を許せると思っているの?」
「………。」
河童はボロボロと泣きだしてしまった。
「ごめんなさい…。」
そう謝った。
謝って済む問題ではないだろうとは思った。
「やっと謝ったね。一つ私と契約するなら、私からの懲罰は取り消します。」
「!?」
おいおい、いいのかよ、そんなんで…。
他の妖怪が納得しないだろ…。
「これから私達は、高賀山のさるとらへびに闘いを挑み、そして山を開放し平和な世界を目指しています。あなたもその闘いに参加し、他の妖怪達に認められれば、今まで通りこの池で生きていくことを許します。どうですか皆さん!」
ざわざわと池の周囲が騒がしくなった。
「どうですか?岩男さん、雪女さん。」
雪女!?俺が助けたのは雪女だったのか?
だから触っちゃ駄目だったんだ…。
つか、岩男と雪女のカップルって…。
「うむ。その闘いには私も連れていってくれ。妻を開放してくれたそなた達にお礼がしたいのと、高賀山開放は我らが長年望んだことでもある。」
岩男と雪女、そして岩男の核を持っている少女が池に向かって深々と礼をする。
「俺達は長年、河童に苦しめられてきた。だが、高賀山からの霊力が豊富なら俺達だけで解決出来た問題でもあった。どうだろう?一緒に闘ってはもらえぬか!?」
するとどこからともなく拍手が巻き起こる。
水樹は嬉しそうな顔をしていた。
高賀山周辺の地域を妖怪目線で考えているからこそ、彼女は妖怪達に支持されていると思った。
「皆、ありがとう…。」
水樹も深々と礼をした。俺達も続く。
「河童さん、あなたの何気ない悪戯が、大きな騒ぎになる事は身に沁みて分かったでしょう。これからは冗談ぐらいで済ませなさいよ。」
「うん、分かったよ…。それに巫女様は命の恩人だ。あなたが許しても他の奴らが許してくれないと思っていた。だけど俺に希望を残してくれた。だから全力で闘う。」
「だけど、皆で生きてこの地に帰りましょうね。それが私との約束。」
「巫女様…。」
岩男は河童を開放した。
「岩男…。本当に済まなかった…。」
「もう良い。それに高賀山開放への道が示された。お前の悪戯に怒り狂っている場合ではないのだ。分かっているな?」
コクンと頷く河童。
それを見た水樹は、これからのことを説明した。
「これにより、北地区以外の仲間は、中央地区の岩蛇さんの所に集結しています。一旦この地を離れることになりますが、そうすることにより各個撃破を避け、戦力を集中して全員で高賀山山頂を目指すことができます。」
「うん。十分理にかなっている。」
岩男の核を持っている和服の少女が喋った。
おかっぱ頭のパッツン前髪だ。
「言い忘れたが、西地区の軍師は、我らが娘の座敷童である。こやつが納得すれば、我らの意思も揃うというものよ。」
あーーーーー?
この女の子が軍師??
軍師って所謂、参謀だとか知恵袋的な助言する奴のことだろ?
「座敷童は見た目は子供じゃが、ああ見えて長寿命である。色んな見識を持ち判断する事はそこらへんの妖怪より得意じゃろう。」
「そんなもんなんですねぇ。」
黒爺と雛さんの話しを聞いて、一応納得する。
雛さんと同じく、そんなもんかと俺も思った。
その座敷童がトコトコと水樹に近づく。
「これを預けます。父上も母上も何も預けられる物が無いので。」
そう言ってお手玉を一つ渡していた。
綺麗な模様の布で作られていた。
きっと古い物のはずなのに、全然汚れていない。
「ありがとうございます。皆さんの意思、しかと承りました。」
そして妖怪達が消えていく。
高賀山自然の家に向かったんだろう。
「うむ。何はともあれ良かったのぉ。一度家に戻り昼食を取ろうぞ。午後は北地区へと向かう。いよいよ最後じゃ。」
黒爺の提案で水樹の家に戻ることとなった。
透き通る池を後にして。