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さるとらへび  作者: しーた
死闘編
67/100

第67話

 剣豪と水樹による腕試しが、始まろうとしておる。

グラウンドは一種の興奮状態に包まれておるが、まぁ、無理もないじゃろう。

ここ最近は、トンとまともな巫女が出現していないのが現状じゃ。

そこへ突然、千年に一度とかいう大物が現れたのだ。

しかも京ではなく、この洞戸ほらどという田舎に。


甲弓山鬼こうきゅうやまおにの実力は、平安期では京にまで名が響いておった。

じゃがそれは、京から見れば名誉ではなく、不名誉な名声である。

朝廷に反発する勢力の棟梁とうりょうならば当然の評価であろう。


討伐隊が結成されるが、近郊の部隊ではまったく刃が立たず、結局京より軍隊まで連れてくる羽目になるほどだった。

それ故その結末は、悲惨であった。


最愛の人が山鬼をかばうようにして殺されると、ついに彼は鬼となる。

軍隊の被害は大きなものになり、やっとの思いで封印することに成功し、京ではホッと肩を撫で下ろす。

ちなみに、この戦いにより美濃や飛騨地方を朝廷は手に入れることになった。


よほど強固な封印だったようじゃ。

何せ千年も封じ込めておったのじゃから。

奴の力を恐れた京では、幾重にも強固な封印を施したに違いない。


だが驚くのは山鬼の方じゃ。

これだけの期間、まったく衰えること無く復活しようとしていたのだからな。

ちなみに牛鬼うしおにの方は力を無くして消えかけておった。


まぁ、千年も経てばこんなもんじゃ。

執念、恨みつらみ…。

負の感情が千年続くことは、そうそうあるまいて。

じゃが、そんな負の意思が妖怪を妖怪たらしめるのは良くある話しだし、実際そうじゃった。

神や仏のような志で妖怪や生霊になったのならば、それこそ神や仏そのものなのかも知れぬ。


だから、ワシは山鬼復活と聞いて、その原動力は執念だと思っとった。

じゃが水樹殿は愛情だと言った。

水樹殿が言うように、千年も人を愛し続けたが故に鬼にも修羅にもなり続けたのならば、それは悲しいことよのぉ。


兎にも角にも、その山鬼を倒した。

それが意味することは大きい。

何せ、奴の力は下級から中級妖怪の半分は消滅させられ、上級妖怪とて無傷とはいかないのではないかと危惧きぐされるほどじゃったからな。


そんな危機的状況をひっくり返した力を確かめるべく、一人の剣豪が前に出おった。

名のある剣士じゃったのだろう。

この状況の中、なかなか手を挙げることは難しいだろうに。


「でわ参る。」

「お手柔らかにね。」

二人は簡素に試合開始を宣言した。

間合いと実力を計りながらも剣士が先に仕掛ける。

一瞬でしかも音もなく間合いを詰めつつ、しかし鋭く振り下ろされた一撃は見事としか言い様がないわい。


スッ…。

じゃが、いつ動いたのか分からぬほどの身軽さで、半歩動き剣先は空振りする。

「!?」

剣士が驚いた瞬間ときには、右上から真っ赤に燃えるような朱雀が振り下ろされようとしていた。


怪しく赤く光る目が、今回の獲物である剣士殿をとらえておる。

水樹殿は闘う度に強くなっておるのは、この一振りを見ても明白じゃ。

速度も威力も向上し、戦闘力の低い妖怪は、この一振りを見ただけで成仏しそうだわい。


キンッ!!

剣士は振り下ろしていたはずの刀を、直ぐに振り上げておった。

それにより水樹殿の攻撃を防いだのだが、そのまま鍔迫つばぜり合いとなる。

いや、そんな生やさしいものではなかった。

か弱く小さな水樹殿が霊力でグイグイ押していく。

霊力と妖力がぶつかり合い火花が散っているように見える。


しかし、流石は江戸時代の剣豪である。

一瞬力を抜き、水樹殿の体制を前のめりにさせ崩すと、蹴りを入れて有利な状況を作り出す。流石にこれはあかん。

恐らく誰もが勝負が決したと思ったじゃろう。


後ろへヨロヨロと体制を崩した水樹殿に反撃の余地は無い。

だが誰もが目を疑うことになる。

鋭く水平に薙ぎ払う剣士殿の剣先を交わすべく、自ら身体を更に後ろへ倒した。

脇より妖刀 朱雀を地面に突き刺し右手で柄を上から握り、地面に叩き付けられるのを防ぐ。

そして、地面に落ちるまでの短い時間で月弓を取り出し、そのまま左手で矢を射る仕草をした。


そこには霊気の矢が現れるのと同時に、二人の周囲にも二十近い矢が空中に浮かんだ。

仕留め斬るつもりで、両手で長剣を薙ぎ払った剣士殿。

矢の存在に気付いた時には四方八方から矢が飛来しおった。

左に薙ぎ払った勢いで、そのまま無我夢中で地面を転がり矢を防ぐ。

服にはいくつかの穴が開くほどギリギリじゃった。


直ぐにお互い立ち上がると、今度は水樹殿が仕掛ける。

その踏み込み速度は速く勇ましい。

ドンッと剣豪の前面に現れると、下から鋭く朱雀を振り上げる。

ギリギリで交わされるが、風圧ならぬ霊圧により剣士殿がよろめく。

その一瞬の隙を見逃す水樹殿ではない。


振り上げた剣先を一気に振り下ろす。

じゃが、剣士殿も諦めていない。

この一連の水樹殿の攻撃に隙があったようには見えないが、彼には一瞬、そうまばたきの何十分の一ぐらいの隙間が見え、反撃をしかけてきた。


「秘伝!燕返し!!」

ワシにも目では追えなかった。

妖力の影を辿ると、どうやったかは分からぬが、三方向より同時に剣先が水樹殿に向かってきておったようじゃ。


まるで三本の刀を同時に振り下ろしているようじゃ。

これは…勝負あった…。あんなもの、どうやって交せと言うのじゃ…。

「!?」

しかし水樹殿には見えていたのかも知れぬ。

彼女の持つ『真実の目』によってな。


振り下ろしていた剣先のまま、更に三歩ほど瞬間移動したかのように踏み込み、剣先をくぐり抜け、剣士殿の懐に完全に入り込みおった!

剣技である燕返しを交わされた剣士殿の首筋には妖刀 朱雀が皮一枚で止められておる。

あの勢いなら、本来なら首は落とされたであろう。


見ている方が歯ぎしりしてしまいそうなほど緊迫した闘いは、双方そっと離れ刀を鞘に収め終了した。

「お見事…。秘伝 燕返しを交わされたのは初めてだ。しかも完全に見切り踏み込んでくるとは…。」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。」

そう言って汗一つ垂らさずニッコリ笑った水樹殿と、肩で息をする剣士殿には大きな力の差があることは、どんな闘いの素人にも理解出来たじゃろう。


確かに水樹殿の剣技自体の素人感は否めない。

しかし、母から剣裁きの血まで受け継いだのか、無駄の無い、それでいて一点の曇もなく敵を倒すためだけの攻撃をする。

それは容赦なく対峙する者の恐怖を煽るじゃろう。


騙し撃ちなどの余計なもののない、純粋で、一見交わし易そうに見える一振りは、実は死への最短距離でもある。

そして何よりも、倒れると見せかけて矢を放つなどの臨機応変な攻撃は、彼女の持って生まれた唯一無二の技術でもある。

今時の言葉で言えばセンスと言うのじゃろう。

これが際立っておる。


「ふむ。巫女殿の実力、しかと見せてもらった。では、改めて問おう。打倒さるとらへびに賛同する者は、この場に残れ。」

岩蛇はそう言いながら周囲をゆっくりと見渡す。

今回は消える者はいなかった。


「うむ…。でわ…。」

その時である。

背筋が凍る程の圧倒的威圧感を背後に振り返った。

いや、振り返えざるを得なかった。


その威圧感だけで魂が抜けそうなほどの恐怖。

それを確かめなければならないほどの存在感がそこにはあった。


そして、その場所には、尾の蛇が三匹のさるとらへびの姿があった。


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