第63話
「具合はどうじゃ?」
黒爺が心配しながら顔を覗きこんできた。
「うん、もう大丈夫。」
体を起こした。
ぐるりと山が90度回る。
「水樹殿、そなたが暴走しそうになったら、ワシも全力で止める。約束しようぞ。」
山に囲まれた狭い空を仰ぐ。
そうかぁ…。私は一人じゃないんだ…。
「うん。お願いします!」
スクっと立つと山頂を指さして叫んだ。
「行くよー!!!」
3人で山登りを始める。
と言っても韋駄天に連れていってもらうのだけどね。
岩屋の近くで高賀の湧き水を少し口にする。
なるほど、韋駄天が言っていたように力が湧いてくる。
そして岩屋に向かい、濡れた唇を手で拭く。
湧き水の場所から岩屋までは、眼と鼻の先だ。
「山鬼!そこに居るのは分かっています!出てきなさい!!」
岩屋とは、大きな石が折り重なり空洞を作っている岩で、大昔は修行僧がここで寝泊まりしたとか言われている場所。
その岩の隙間からぬぅっと煙が噴き出ると、直ぐに人の形になる。
その背丈は3メートルはありそう。
頭には真っ直ぐに伸びた二本の角、目は金色に光る。
上半身は裸で腰巻をつけていた。
「誰かが俺の噂を吹き込んだな?」
何故ここにいるのが分かったのかという理由を、山鬼は探っていた。
振り返り岩を見る。
「チッ、岩蛇の爺さんの仕業か…。まぁ、いい。」
ガシッ
両拳を激しくぶつかる。
火花が散りそうな音がする。
筋肉質の体と相まって、何もしなくても見ているだけで恐怖で心臓が潰れそう。
ヤバい…。
そう思わせる妖気を周囲にまき散らしている。
なまじ実力が分かるだけに、強い相手だと理解してしまう。
「長い間寝過ぎたな。肩慣らしにはちょうどいいだろ。なぁ、小娘よ。」
「そうかしら?永遠に眠ることになるかもよ?」
「ほぉ?俺を前にしてそれだけ言えれば上等だ。誇っていい。」
韋駄天も負けじと攻める体勢を取る。
だけど、今回だけは許可できない。
「韋駄天待って、黒爺も。これは私にやらせて。」
「しかし、水樹殿…。」
「大丈夫…、というにはちょっと厳しいけど、私がやらなければならないと思う。岩蛇さんは次の手を打ってくれている。それは私が山鬼を倒すことが前提のはず。」
「けど、危なくなったら遠慮なく連れて帰るからな。」
韋駄天は一歩、二歩ほ後ろに下がる。
黒爺も渋々下がった。
「従者はいらぬとか、最近の巫女は傲慢になったものだ。」
「これは私の決意…。」
大きく深呼吸する。
「牛ちゃん、蘭ちゃん、あなた達も手出しは無用だからね。」
もう一度深呼吸する。
宿儺さんとの闘いを思い出す。
心の奥からブクブクッと何かが湧きでてくる。
一瞬目を閉じ直ぐに開ける。
カッ!!!
トクン…トクン…と鼓動を感じる。
大丈夫、まだ人のまま。
心音が聞こえているうちは、まだ人の状態。
聞こえなくなったら、それは鬼になった証拠。
もう人じゃなくなっているから、心音は聞こえない。
そして山鬼を見る。
彼はゆっくり腰を落とし、攻撃体勢を取った。
分かる…。
あいつがどうしようとしているかが分かる。
これがパパから受け継いだ『真実の目』の力。
私も妖刀 朱雀を抜く。
来る!
右ストレートが弾丸のように飛んできた。
ヒラリと右回転しながら交わすと、そのまま朱雀を水平に薙ぎ払う。
ブウウンッ!!
自分でも信じられないほどの風切音と共に空を斬る。
彼は分かっていたかのように後方へ逃げていた。
これでお互いの力量が計られた。
「言うだけのことはある。だが、その程度か?」
山鬼は不敵に笑う。
可笑しいのではない、多分、楽しいのだ。
彼は闘いが楽しいと思っているのだ。
殺し合いが楽しいと思っているのだ。
今度は私から仕掛ける。
ドンッ!!
落ち葉が舞う。
その舞った落ち葉が地面に戻るよりも早く、山鬼の喉元に剣先を突き付ける。
だが奴は最小限の動きでそれを交わす。
すぐさま下から右拳を突き上げる。
私はその拳を踏み台にして後方へ飛ぶ。
そして直ぐに右へ逃げる。
奴は空振りだとわかると、直ぐに左拳を振り下ろしていたからだ。
振りぬいた後の隙を逃さない。朱雀で薙ぎ払う。
山鬼はブリッジするように交わし、背後で両手で握り拳を作ると、起き上がる反動で殴りかかる。
ドンッッッッ!!!
間一髪交わした。
殴られた地面は、落ち葉どころか地面がエグられ土や石が飛び散る。
一旦間合いを取るため後ろへ避ける。
が、奴は間合いを詰めて、私のリズムを崩しにかかる。
右、右、左とパンチが飛び交い、私は乱されたリズムで上手く反撃出来ない。
さっきの攻撃でエグられた穴で足を取られる。
!!
一瞬よろめくと山鬼はその隙を逃さない。
再び両手で握り拳を作ると、大きく振りかざし鋭く振り下ろした。
ドフッ………
朱雀を両手で水平に持ち、それを防ぐ。
ドンッッッ!!!
足元の地面が衝撃で沈んだ。
体全体に痺れが走る。
渾身の一撃だったのか、山鬼の動きが止まる。
攻撃しようとするフェイントを入れ、大きく後ろへ逃げた。
ハァ…、ハァ…。
化け物。まさしく化け物だ。
姿、形は人に似ているが、とんでもない。
間違いなく化け物だった。
以前の私なら大きく怯んだと思う。だけど今は違う。
負けない!
強く心に根付く信念は、母から受け継いだ『情熱の心』。
!?
突如体が警告する。これはヤバイと…。
刹那、無数の矢が降り注ぐ。月弓からの攻撃だ。
私が怪鳥を撃ったように、鋭く追尾してくる。
目を見開き軌道を全て見切る。
追尾してくるはずの矢が、まるでわざと狙いを外しているかのように逸れていく。
そしてそのまま鋭く間合いを詰めていく。
「アアァァァァアアアァァアアアアアア!!!!!」
背中側から両手で、思いっきり朱雀を振り下ろす。
地面が深く切り込まれる。
山鬼はギリギリのところで攻撃を交わしていた。
攻防は一進一退。
どちらもギリギリで、どちらも戦闘を…、楽しんでいたのかもしれない。