第62話
まずは間合いを測る。
宿儺さんは4本の手があるけど、今のところ武器は持っていない。
拳で語るタイプかな?
とりあえず1撃入れてみることにする。
剣先を右下から鋭く水平に払う。
ガッキンッ!
鋼鉄同士がぶつかったような鈍い音が響く。
宿儺さんの右手にはいつの間にか刀を持っていた。
そしてフリーになっている3本の手が一斉に襲いかかる。
冷静になれと言い聞かせつつ後退する。
すると左手にも刀が現れ二刀流となった。
私の持つ朱雀は元々刀身は短い。
霊力によってか少し長くなっていて、その状態でよく見る刀の刀身と同じぐらいだった。
だけど宿儺さんが持つ刀は更に長い。長剣って感じ。
腕も太く長いため、当然私よりもリーチがある。
その間合いを直ぐに利用し、宿儺さんは激しく攻撃をしかけてくる。
風切り音が凄い…。圧倒される…。
「その程度で誰を守るつもりじゃった?」
「………。」
宿儺さんの言葉は私をネガティブにする。
「お主の体には、未知への闘いに身を投じた、両親の血が流れておる!思い出せ!二人が残した軌跡を!想いを!信念を!!」
ガツッ
激しく撃ち込まれると、フラフラッとし体勢が崩れしゃがみ込む。
「パパは命を投げ出し、ママを守ろうとした…。」
心が震えた。
今の私に足りない物をパパは持っていた。
ゆっくり立ち上がる。
「ママはパパから貰った心臓でさるとらへびを討った!」
感動が全身を襲う。
今の私に必要な物をママは持っていた。
心の中の深淵の底から何かが芽生えようとしている。
鼓動が頭のてっぺんまで突き刺さる。
私は何かを呼び覚まそうとしていた。
水樹の様子が変だ。
「黒爺!水樹にいったい何が起こっているっていうんだよ?」
黒爺も彼女から目が離せないでいる。
「分からぬ…。とうにワシらの理解を超えておる…。」
「水樹の目が…、目が…赤い…。」
「むぅ…、あれは…。」
彼女は右手の朱雀で、血糊を払う仕草をする。
ズンッ
すると妖刀 朱雀は更に刀身を長くした。
「おいおい…。」
俺は彼女に畏怖した。
怖い…、のとはちょっと違う。
圧倒的な存在感と、絶対的な力。
それが彼女から、これでもかと発せられている。
思わず平伏したくなるぐらいだ。
本能…。
これはきっと、人間の本能からきている感情なのだと後から思った。
長くなった朱雀を、宿儺に向けて頭上辺りで水平に構える。
刹那、彼女の姿が消えたかと思うと、宿儺の目の前に現れ、激しく突きを繰り出す。
キンッ!
甲高い金属音が響く。
宿儺はたまりかねて3本目、4本目と立て続けに刀を手にした。
4本の手、全てに刀を持つと、彼もまた凄まじいオーラが噴き出る。
「なんて奴だ…。宿儺はまだ本気じゃなかっただと………?」
今までの攻撃一つとっても尋常ではなかった。
なのに更に力を隠していたとは…。
もしも俺だったらと考えてもみた。
それにしても、宿儺への攻撃は選択肢が少なすぎる。
それほど隙は無く、そう思わせる程に強いと、肌で感じ取ってしまう。
4方向から無規則に振り下ろされる刀は、どうして水樹が防げているのかまったく理解出来ない。
もはやお互いの振りは、見えなくなるほどに速くなっている。
刀同士がぶつかる金属音が、遅れて聞こえてきているんじゃないかと思うほどだ。
「すげぇ…。」
演舞や曲芸を見ているようだ。
テレビで見る剣戟を早送りしている感じ。
こうして見ると、チャンバラと死合は違うと実感出来る。
都合よく待ってくれない攻撃と、確実に殺しにくる剣先は、恐怖を掻き立てる。
そんな中、水樹はよく闘っている。ただ、分が悪い。
4本の腕を自由に動かせる宿儺は、今だリーチという利点を残している。
腕力も上だろう。
彼女は受けるというより、流すようにし力を分散させているように見える。
ただ、速さでは負けてない。それとセンス…。
「ヤァ!!」
ガッキーーーーーーーンンンッ!!!
宿儺の4本全ての刀が一斉に跳ね上げられた。
まるでバンザイをしているかのような格好となる。
刹那、水樹の周囲の空気が変わる。
「いかん!水樹殿!!」
黒爺が叫ぶ。
彼女は妖刀 朱雀を、宿儺の腹の辺りに剣先だけ刺して止めた。
目は元に戻り、いつもの彼女の目だった。
宿儺の動きが止まったままだ。
木像が縦に真っ二つになると、中には老人が入っていた。
水樹の剣先は、老人の額にピタリと当てられている。
「お見事…。そなたが両親がから受け継いだもの、それは、父より受け継いだ何でも見通せる『真実の目』、母より受け継いだ何にも屈しない『情熱の心』。そして、お主が生まれながらに持ち合わせた『博愛の精神』。分かるな?」
「はい…。今は…、実感出来ます。」
「ただし注意せよ。お主の力は人としては強すぎる。暴走すれは鬼になる。そうなれば人には戻れぬ…。よいな?」
「………、はい。」
そして彼女はゆっくりと膝から崩れ、その場に倒れた。
「水樹ーーーーーーーー!!!」
俺は一瞬で彼女の元に行き、そっと抱きかかえる。
高賀神社の駐車場にある休憩所へ高速で移動し、膝枕するように寝かせた。
黒爺は階段を降りると、宿儺に深々と礼をしていた。
一言二言交わすと宿儺は一瞬光って消えた。
「んん…。」
水樹が目を開ける。
俺の膝にいることは分かっているみたいだけど、俺とは目線を合わせない。
休憩所のベンチから見える高賀の山々を見ているようだった。
「私…、こんな田舎があんまり好きじゃなかった…。テレビや雑誌で見る都会は華々しく面白そうに見えた。だけど今は、この自然が愛おしいと思っている。なんでだろう…。」
「街はさ、作れるじゃん?だけど自然は作れないじゃん。作れないからこそ自然なんだと思うんだ。だからかけがえの無い自然って奴を守ってやらなきゃって、ついつい思っちゃうんだよな。特に俺らみたいに、生まれながらに大自然の中にいると余計に。」
少しの沈黙。
水樹は寂しそうな顔をしている。
「韋駄天…。私、どんどん人じゃなくなってる気がする…。」
「そんなことはないさ。」
「どうしよう…、鬼になっちゃったら…。」
「そんなことにはさせない!」
「韋駄天…。」
「頼りないかもしれないけど、俺が守ってみせる!」
「………。」
「そんでさ、また楽しくやろうぜ。」
「うん…。ありがとう………。」
水樹は少し涙ぐんでいた。
一番辛いのは…、本人なんだよなぁ…。