第61話
岩蛇さんから抜いた短剣は、シンプルながら強い力を感じる。
だけど妖刀 朱雀のような破壊的な感じはしない。
ふと見ると、短剣が刺さっていたところから妖気が漏れ出しているのを見つけた。
手をかざし、修復を試みる。
長い間放置された傷は、傷というより元々そうだったかのような状態になっていた。
不思議なんだけど、何となくわかる。修復の仕方が…。
もしかしたら、蘭ちゃんが式神として持って生まれた知識を私が吸収しているのかな?
だけどこれ以上酷い傷は無理だと思った。
小さな小さな針の穴のような傷だからこそ修復出来たと感じた。
短剣でこじ開けられていた隙間は徐々にふさがり、妖気の漏れも止まる。
「良かった…、初めてだったけど上手くいったにゃ。」
む…、無意識に変な言葉になる…。
「うーむ…。巫女殿、これまでの無礼を許しておくれ。」
「いえ、誰だって短剣突き立てられれば怒りますにゃ。」
「しかし…、式神を憑依させたか。なかなか面白い。お主は今まで見てきた、どの巫女ともちと違う。何があった?何故ワシに会おうと思った?」
私は岩蛇さんにペタリと座り込んだまま事情を説明する。
高賀山のさるとらへびは両親が討ち取ったこと。
だけど、どこからともなく尾が3匹のさるとらへびがやってきて新たな主になろうとしていること。
そいつが両親の霊力を吸い取りつつあること。
無意識に尻尾が揺れていることに気付いたのは話し終わってから…。
「まずいな。」
聴き終わった岩蛇さんはそう言った。
「尾が3匹のさるとらへび…。そもそもさるとらへびは高賀山にのみ生まれた妖怪である。鵺とは違い、胴は虎なのが特徴である。京や他に現れたのは胴が狸だったと聞く。その場合は狸の持つ化かし合いの力で妖術を使うがゆえ、やっかいではあるが近づいてしまえば接近戦には弱い。人間と言えども数で押せるという訳じゃ。だが、胴が虎であるさるとらへびは違う。圧倒的な力を秘める肉体を持つ。そもそも近づくことすら難しい故、人間にとってはやり辛い相手となろう。巫女といえども元は人間だからの。」
「はい。実感していますにゃ。」
私は怪鳥によって、空高くから落とされた時を思い出した。
「それに、お主らは一つ勘違いをしておる。さるとらへびの尾は元々3つだ。巫女殿の両親が撃ったのは、おそらく本体が創りだした影武者であろう。」
「そんにゃ…。」
岩蛇さんの言葉は重くのしかかった。
「さるとらへび自体、妖怪の中でもかなり上位に君臨する。それが、妖刀になる前の、人間の作った武器程度で討たれるわけがない。傷をつける程度ならありえるかもしれんがの。頭が猿ゆえ、知恵も回ることが、鵺がやっかいだという事実にもつながっておる。そういった影武者を用意しておっても、なんら不思議ではない。」
私は少しずつ気が重くなる。
もしかしたら、私達はとんでも無い状況に置かれているんじゃないかと…。
「でも、私はやらにゃければにゃりません。」
「ふむ…。」
岩蛇さんは高賀山の山頂の方を仰いだ。
「なるほどのぉ。お主の巫女としての存在感は少しずつ現れているようじゃ。霊山の乱れた霊気が正常になり、その霊力を授かる仲間達も歓迎しておる。………ふむ。」
彼は少し考えた後、提案してきた。
「高賀山中腹にある岩には、山鬼が住んでおる。知っているかはもしれんが、お主達はその岩を岩屋と呼んでおる。」
「にゃ?」
突然現実的なワードが出てきて驚いた。
「知っているけど…。昨日も近くにいたけど特に何も感じにゃかった…。」
「うむ。今は地下に潜んでおる。昔は不動明王が祀られており、その山鬼を封じ込めておった。それをお主らは移動してしまった故、近年力を着けて危険視されておる。出来れば倒して欲しいと皆、思っている。」
「………。倒して欲しいということは、相当強いのにゃね。」
「そういうことだ。我らとて、身内で片が付くなら、そうするからな。身の丈10尺とも言われる赤髪の鬼である。武器は、近接の時は肉体を駆使するが遠距離では弓を持つ。弓の名は『月弓』。まだ人であった時の最愛の人が、山鬼の為に自ら弓になったと言われておる。その威力は濃尾一番と言われ恐れられた。巫女殿…。」
「水樹と言いますにゃ。」
「水樹殿、その弓を手に入れるのだ。必ずやそなたの力になる。その古い弓よりも頼りになる。じゃが…。」
「んにゃ?」
「今のお主らでは、赤鬼は到底敵わぬ相手。よって、高賀神社へ出向き、宿儺に会え。ワシからの紹介だと言えば、話しぐらいは聞いてもらえよう。」
険しい道程だと思った。
誰かの命がかかってなければ挫けてしまいそう…。
でも、ちょっとだけ希望は残されているかもしれないと思った。
岩蛇さんのように、協力してくれる妖怪もいるのだから。
こういう時は考えても駄目。
前に進むことで見えてくることもある。
そう、時間も無いしね。
「岩蛇さん、色々と教えてくださり、ありがとうございましたにゃ。」
「うむ。山鬼を撃ったならば、もう一度ワシをたずねよ。次の手も打っておくことを約束しようぞ。」
「はいにゃ!」
私はヒョイヒョイと、まさしく岩肌を降りて地面に着地する。
私たちのやり取りを静かに聞いていた二人は、真剣な表情で私を迎えた。
黒爺は不安を隠せないでいるみたい。
「山鬼か…。甲弓山鬼とも言う。名に弓の字がある通り、岩蛇も言っておったように弓を持つ。確かにその弓は、先の闘いで使った弓の何倍もの威力を持つ。手にする価値はあるし、山鬼を倒したとなれば実力も相当高いことを示せる。じゃが…、これは大きな試練であるぞ。」
「もちろん俺も手伝うぜ。」
韋駄天は意外とやる気を出している。
いつもは走ること以外に興味がなさそうなのに。
「水樹のこんな萌え姿見せられたら、張り切るしかねーよな!」
ドフッ
不意打ちで弁慶の泣き所を蹴る。
「痛てぇーーーーーーーーー!!!」
背後では岩蛇さんが静かに地中へと帰っていった。一礼をし蘭ちゃんの憑依を解除する。
彼はそのままピンクの首輪へと帰っていった。
「韋駄天!今度は高賀神社へ!!」
「その前に言っておくことがある。」
彼は真剣な眼差しで言った。なんだろ?
「今度はスカートに尻尾用の穴を開けておかないと、尻尾がピンッと立つ度にパンツが…。」
バッシーーーーン!!!
平手打ちを綺麗に決めた。
「さぁ、行くよ!」
彼は右頬が腫れていたが、慣れた手つきで二人をおんぶに抱っこしてひとっ走りする。
「よっと。」
高速移動もだいぶ慣れてきたかな。
恥ずかしがっていた水樹はかなりレアだったのに、今ではなんてことはない、涼しい顔をして当たり前のように俺の腕のなかから降りる。
ちょっと残念。
「どれ、ここはワシの出番じゃな。」
黒爺は階段を上り境内へと向かう。
宿儺と言えば本来、日龍峰寺に宿儺像が安置されているから、てっきりそっちへ行くかと思った。
日龍峰寺には何回か見に行ったことがある。
親父は、見た目からはこういうの好きそうじゃないけど、洞戸地区に伝わる伝説や伝記はそこそこ聞き知ったらしく物知りだった。
それもこれも、年寄り相手に仕事していたのが大きいかもな。
ここには宿儺像は無いと黒爺に言おうとしたが、彼は本殿に手を合わせ印を結んだ。
「宿儺様召喚!」
召喚!?
キラッと一瞬光ると、本殿奥からプレッシャーを感じる。
水樹は表情を変え、緊張感が高まっているように見える。
ドンッ
階段下に何か落ちるような音がし、3人は直ぐに振り返った。
そこには手が4本という特徴がある宿儺像が立っている。
「おいおい、マジかよ…。」
水樹は、直ぐに階段を駆け下り正面に立った。
俺達も歩いて続く。
「私は水樹と申します。岩蛇さんから宿儺さんを頼れと言われやってまいりました。私達は岩屋に潜む山鬼、そして、さるとらへびを退治するため戦っております。どうか力と知恵を貸してください!」
木の像に向かってしゃべる水樹は、冷静な時に見たら不自然だっただろう。
でも今はそうは見えない。
宿儺像からは今も強い威圧感を感じるし、周囲が異常に静まっていることも手伝って異様な雰囲気が漂っていた。
「ほぉ。岩蛇から聞いたか。」
それだけ言うと、どうやら水樹を観察しているようだった。
「お主の武器を見せてみろ。」
彼女は妖刀 朱雀を抜く。
「なるほどの。藤原の高光の刀が妖刀となったか。何を斬った?」
「両親がさるとらへびの影武者を斬りました。」
「今の世においては偉業よのぉ。お主はどうじゃ?」
「自信はありません…。」
水樹は正直に語った。
「うむ。ならば稽古をつけようぞ。これでも少数の部下と共に朝廷と派手にやりあった身。多少の武芸は心得ておる。」
朱雀を構える水樹からは、今までに感じないほどのオーラを発している。
「なかなかやるではないか!面白くなってきたぞい!!」
それから、数時間にも及ぶ激しい闘いが繰り広げられるとは、この時思ってもいなかった。