第56話
でも、やるしかない。
パパやママの命が、更には村人達の命がかかっている。
両親はどんな思いでさるとらへびに立ち向かったんだろう…。
私は怖い…。
体が硬直するほどの圧倒的威圧感、あの目、あの牙、あの爪…。
妖怪の力が分かってしまうだけに、余計に怖い。
ふぅー…。
駄目だ駄目だ。弱気になっちゃ駄目だ。心が折れた方が負ける。
あいつを倒せるなら、やれることは何でもやる。
鬼を倒せと言われれば…、倒す!皆を守る為に!
スチャ…
朱雀を抜く。周囲の空気が変わる。
私を見た黒爺は印を結び叫んだ。
「南無八幡大菩薩!!」
刹那、光の輪が広がる。
「え゛え゛い゛!!!」
黒爺が術式を行うと、皿から影が浮き出るて人の形を作り出し、それは煙のように巻きながら私の前で姿を現す。
牛鬼…。
まさに名前のとおりである。
ただ、顔は人間のようだった。
昔の和装だが上半身は脱いでいて筋肉質な肉体が露わになっている。
頭から生えた角が、まさに牛の角。
ただ、目に生気はない。というか瞳がない。
怪しく光るその目は、さるとらへびの目とそっくりで威圧感がある。
妖怪…。
改めてみると、相手の力量が手に取るように分かる…。
だからこそ、私なりの戦い方も出来る。
直ぐに朱雀を鞘に収めた。
「おい!水樹殿!?」
私は右手を振り上げ、大きく息を吸い叫んだ。
「「「跪きなさい!!!」」」
牛鬼は私を攻撃する意思はあったけども、ガクガクと不自然な動きをし、跪く。
「なんと…。」
黒爺の驚きの声が聞こえたけど、私は驚かない。
だって、この子は既に実体になる妖力も無ければ、私を倒すほどの力もない。
番人とは形ばかりで、媒体となる憑依物自体の力を借りてようやく姿を出せたのかも。
その媒体である皿は失われ、彼は半透明で姿を現すのが精一杯。
高賀山の霊力のお陰か、仮初の実体の無い媒体の力で、辛うじて魂を繋いでいる状態。
そんな彼がもしも殴りかかって来ても、私の力でも振り払えたと思う。
「無念…。」
牛鬼はそう言った。
久しぶりに召喚されてみれば、自分の力はとうに失われていたことに失望したのかも。
何だか可哀想になっちゃった。
私は神社が座る大きな岩の周囲を探る。
そしてピザの1ピースのような形をした、親指ぐらいの大きさの石を発見する。
「これね。」
この欠片だけは霊気を感じる。
割りと強い霊気。縁の部分には偶然出来たのか、それとも元々こんな装飾がされていたのか、小さな穴が一つ開いている。
全体の大きさは3センチぐらいだろうか。ピンッと来た。
「牛鬼さん。今日からあなたは牛ちゃんね。私に仕えなさい。」
「出来れば消滅させてくれまいか。この無様な姿は耐えられぬ。」
「駄目よ。消えるのは簡単だけど、そうまでなっても自分に出来ることを、私と一緒に探してみようよ。」
「…………。」
牛ちゃんは瞳の無い目を伏せ、しばらく考えていた。そっと目を開く。
「どのみち、私の運命は巫女殿に握られておる。もう少し、我を探す旅に出てみるのも一考。しかし…、私に出来ることは…、もう既に…。」
無いと言いたかったのかも。
「そんなことはない。牛ちゃんは媒体さえあれば私の助力を得て力を発揮出来る。」
そして、元々の媒体であった石の欠片を見せる。
「ちょっと狭いかも知れないけど、まずはこれに宿ってみて。」
牛ちゃんは言われるがままに、再び煙のようになると欠片に吸い込まれていった。
『しかし、媒体はありがたいが、元の力になるには相当長い時間を要する。それでは結局私に出来ることは…。』
牛ちゃんの言うことも分かる。
けど私は試したいことが一つあった。
「牛ちゃん、私に憑依して。」
『む!?』
彼も意味を理解したみたい。
欠片から、力が体の表面を滑るように覆っていくのが分かる。
「私の腕に集中させて!」
『ほいきた!』
手応えを感じると、地面に半分埋まっている直径1mぐらいの岩をグーで殴ってみる。
ドンッ!!!
軽い地響きがあった後、岩は二つに割れた。
そしてそれを両手で引っ張りだす。
ゴゴゴゴッ…
持ち上げてみる。
ここまで大した腕力は使っていない。
ポイッと岩を捨てる。
ドンッ…
地面にめり込む。
何百キロあるかも分からない大きな岩を、小石のごとく扱う。
所謂パワードスーツみたいなもんね。
「牛ちゃんありがと。」
腕に集まっていた霊力は欠片へと戻っていく。
黒爺は口を開けて目を見開き驚いていた。
「こりゃぁ…、たまげたわい…。こんな戦い方見たことも聞いたこともないわい…。」
「へへへ。思ったより上手くいったみたい。」
両親以外から、あんまり褒められたことないから何だか照れる。
「おー怖い怖い。」
韋駄天が戻ってきた。
さっきの地響きで場所が分かったのかも。
「何よ!私は強くなる為に必死なの!」
「まさに鬼に金棒…。」
「もう一度言ってみなさい!」
韋駄天は消えたかと思うと、近くの木の枝に座っていた。流石に速いわね。
「まぁでも、流石水樹と言ったところだよ。俺にはそんな考え方出来ねーもん。」
そう言って笑っていた。はぁ…。
これも褒められているのだろうけど、私は韋駄天の純粋で真っ直ぐな生き方は出来ないと思った。
彼は彼なりに自分という物をしっかり持っていると思う。
「とりあえずじゃ、水樹殿は力は得た。当初の目的は達成出来たわけじゃ。じゃが、まだまだ足りぬ。次は…。」
「ちょっと待って!」
「ふむ?」
「一度家に帰る。」
「何故じゃ?時間は待ってはくれぬぞ?」
「時間は取らせない。だから帰る。韋駄天。」
「へいへい。」
嫌だけど、またお姫様抱っこをされる。
んんんんんん………。速く着いて!
「それ!」
そしてまた天を翔けるようにして家へと戻る。
直ぐに降りて家の中に入り鍵をかける。
「直ぐに終わるから、ちょっと待ってて。」
居間を覗き、両親に変化が無い事を確認してから、急いでシャワーを浴びる。
部屋で着替えを済ませると首にかける紐を探す。
アクセサリーの装飾品から紐から抜いて、牛ちゃんが宿る石の欠片を取り付ける。
そして首に巻いた。
「うん、良い感じ。」
直ぐに外に出ると二人は退屈そうに座っていた。
「おまたせ。直ぐに出発よ。」
そこで思い出した。
「で、どこに行くの?」
黒爺は少し考えた後、今後の方針を語った。
「近距離はそこそこ見栄えがよくなったのは確かじゃろう。時間があれば修行の場はいくらでもあるのだが、遠距離を補完し、さるとらへびを探し撃つ。という訳で高賀神社に行くぞい。韋駄天、行けるか?」
黒爺は韋駄天の体力を心配した。
「行けるよ?」
そんな心配をよそに、彼は平然とそう答えた。
「高賀山の水を飲んだらさ、なんつーか体力全開?みたいな感じなんだ。」
水にも霊力が宿るのかな?何だかわからないことだらけ。
でも止まって考えている余裕はないよね。
「まぁ、高賀の水は売ってるぐらいだし、なによりおいしいよね。」
そんな感想を言ってる傍から、三度お姫様抱っこされる。やっぱり恥ずかしい…。
「あれ?何だか良い匂いがする…。」
!?
やっぱりさっきは臭っていたんじゃ…。
「いいから早くいけぇぇ!!!」
私達3人は風に乗って高賀神社へと向かった。