第54話
めまぐるしく絵本のストーリーを思い出す。
パパは知らないまま、さるとらへびに目を奪われ、それを取り返す為にママは闘った…。
藤原の高光様にもらった心臓でママは生き延び、そして妖怪を倒した。
そして無事手術も成功した…。
二人は結婚し、パパは世界的に有名な画家になった…。
そんな現代風お伽話みたいなのがありえるの?
でも…。
今、手にしている刀からは、空想じゃなく現実が伝わってくる。
ママを救おうと身を投げ出したパパの情熱が…、パパを救おうと闘ったママの信念が…。
-迷うことは何もない-
そう刀が語りかけてくるように感じる。
鞘をベルトに刺し、両手で刀を持ち上段から振り下ろす。
スパッ…。
青く光る防御膜はパックリと裂ける。
その手応えから防御膜自体が大したことはないと分かる。
何故それが理解出来たかは分からない。
刀を鞘に戻し、素手で裂け目を広げる。
「おい!」
修行僧がそれを止めようとしたが、既に広げた後だった。
手に違和感があったけど、特に何もなっていない。
「何と…。」
修行僧の驚きが聞こえるが、どうして驚くのかが分からない。
更に広げると中に身を滑り込ませた。
玄関を開け中に入る。
居間に出ると、そこには目を疑いたくなる光景が広がっている。
パパとママは何かと対峙している。
顔は猿、胴は虎、尾は3匹の蛇…。
高賀山にまつわるお伽話や、パパが描いた絵本に出てきた妖怪、さるとらへび。
「「「下がれ外道!!」」」
ママを庇うようにするパパの言葉は、まるでマイクのエコーがかかったように響く。
力強くてお腹に響く、重厚な声。
いつもの優しいパパの声ではなかった。
それは、絵本によれば言の葉の力という。
見えない衝撃波のように妖怪を襲い、たじろかせる。
一歩二歩と下がるが、効果が薄い。
そんな中、ママが私に気付く。
手を横になぎ払うと、居間の入り口は塞がれ壁になり、周囲と同化した。
「水樹!逃げなさい!!」
壁を叩くけど、頑丈で壊れる気配はない。
「ママ!パパ!」
このままじゃ…、二人は…。
私は最悪の自体を想定した。
数歩下がり妖刀 朱雀を抜く。
シャキッ
周囲の空気が変わるのがわかる。
この刀の持つ力がそうさせている。
触れる物すべてを裂くかのように鋭利。
スパッ
壁を斬った…、かに見えた。
だけど壁は直ぐに修復し元に戻る。
まるで3DCGを斬っているかのよう。
そこにあるようで、実は無い。そんな壁だった。
役に立たない刀を手放し壁を両手で叩く。
強固な壁は音すら遮り始め、本物より本物になっていく。
私は絶望した。
中で何が起きているか想像も出来ない。
でも、最良の結果には成り得ないことだけは理解できる。
あの化け物が…、強いのが分かってしまう…。
胸が苦しくなり涙が溢れる。
思いが…、両親への想いが溢れこぼれ始める。
「「「「「イヤァァァァァァァァアアアァァアァアアアアアアァァァアア!!!!!!!」」」」」
絶叫は結果的に、言の葉の力を産んだ。
全てのまやかしと妖怪をも消し飛ばした。
もの凄いエネルギーだったのだと、後から知った。
残ったものは、居間の天井から床まで伸びた、無数の蔓に包まれたパパとママ。
私は…、私は…、ボロボロ泣きながら、その場に崩れるように倒れこんでしまった…。
ふむ。
最初にしてはまずまずじゃ。
まさかここまでとは思ってもおらんかった。
-この娘は、生まれるはずがなかった、奇跡が産んだ子-
まぁ、よい。
時期に朝じゃ。
目が覚め状況を飲み込んでもらわんと先にすすめぬ。
「んん…。」
言ったそばから目を覚ます娘。
「起きたか。」
「!?」
娘は胸元を押さえながら、恐ろしい目付きでワシを睨む。
「ワシはとうに男を捨てておる、いわゆる世捨て人じゃ。安心せい。」
ふんっと顔を逸らしながら、周囲の確認をする。
そして無数の蔓に巻かれ、手先やつま先程度しか見えなくなった両親を見つめておった。
「パパ…。ママ…。」
そして手を延ばす。
「待て!触れてはならぬ。」
「どうして!?」
うむ。こやつは少し教育が必要じゃ。
「その状態は二人の力を吸い取っている状況。すなわち、触れればそなたも吸われる。」
「でも…。」
困った顔をされても困る。
すると此奴は朱雀を持ち出し、蔓を斬ろうとする。
「待て待て待て!」
「何よ!」
「斬ってはならぬ。昨夜のあいつが戻ってきてしまう。そうなればワシらは一巻の終わりじゃ。それはそなたも感じたであろう?」
うつむき暫く考えた後、刀を鞘に収めた。
「その妖刀 朱雀は、そうそう抜くものではない。」
言われて初めて、無意識に刀を抜いていたことに気付いたようじゃ。
慌てて刀を手放す。
「こんなものがあるから…。」
そう言って震える娘。これはいかん。
状況が把握できていないの。
「娘…。」
「私は安藤 水樹。」
「うむ、水樹殿。そなたはどうやら、妖怪について多少は聞き知っているようじゃの。」
目を背ける水樹殿。
「ハッキリ言おう。そなたは両親より受け継いだ強い巫女の力がある。それは昨晩の言の葉の力が示している。あれだけの力、ワシはこの目で見たのは初めてじゃ。さすがの妖怪も距離を取っておる。今が体制を立て直す良い機会でもある。まずはそれを心得よ。」
娘は床に転がる刀を見つめながら、少し考えているようじゃ。
いや、気持ちを整理しているのかもしれぬ。
「ワシは高賀山のさるとらへびが、退治されるところより、お主らに注目しながら付近を警戒しておった。あの強大な妖怪さるとらへびを倒した事実は、まこと見事であり、アッパレじゃった。だが…。」
「だが?」
「うむ。だが、一つ心配もあった。この霊山であり、霊力が高まる神聖なる山を狙って、次の妖怪が襲ってくることじゃ。それは現実となった。それが昨夜お主らを襲ったさるとらへびである。」
「ちょっと待って、さるとらへびって何匹もいるの?」
「うむ。何匹生き残っているかは、わからぬ。が、もう一匹居たのは間違いない。」
「…………。」
「しかも、高賀山さるとらへびよりも強大である。未だワシに連絡がないが、比叡山か金華山か、そういった名だたる山の主であるのは間違いあるまいて。何せ尾の蛇が三匹おった。尾の数はさるとらへびに限らず、妖怪の力の強さを示しておる。」
「で、エナジードレインってどういうこと?」
「え、えなじー?」
横文字はわからんぞい。
「力を吸収しているんでしょ?」
「その通り。今は高賀山の霊力が下がっている時期じゃ。次の霊力が高まるのが6年後、それまで待てなかった可能性はある。じゃが、かなりの力を保持しておった。何かもっと手っ取り早く力を得た勢いで、巫女の力を吸収しようと襲ってきた可能性が高い。」
水樹殿は目が点になり、そして思い出したかのように口を開け驚きはじめた。
「まさか…。まさか私の髪の毛…。」
「髪を与えてしまったか…。」
娘の言葉に納得した。
「はい…。すみません…。」
「謝ることではない。そなたは知らなかった。それだけのことじゃ。じゃが、実害が己に降り掛かってきている以上、自分の力で何とかするしかあるまい。」
「…………。」
かなり落ち込んでおった。
最近の若いのは浮き沈みが激しいのぉ。
「一つだけ朗報がある。」
その言葉に、娘は顔をパッと上げた。
「お主の力が想像以上じゃったということじゃ。」
不安そうな表情。なんと分り易い。
「不安なのも分かる。力があるからと言って、これからどうすれば良いかすら、見当もついておらぬじゃろ。そこは心配せんでええ。ワシがそなたを導く。」
「あなたは一体誰?」
そうか、名乗っておらなかったの。
「ワシは天皇直属機関、妖怪調査隊の三番隊隊長、藤原の黒兵衛じゃ。」
「くっさ…。」
ん?何か臭うたか?
「まぁ、良いわ。ここまで来たら信じてあげる。だけど何で天皇直属なの?」
「何を言う。古来より妖怪の調査、観察、退治は天皇が指揮しておる。」
「はーぁ!?」
何と、今の若いもんは、こんな事も知らんのか…。
これではワシも、今時の事情を把握せねばならぬ。
「まぁ、よい。少々の無礼は不問とする。」
「黒兵衛とか未だにそんな名前あるんだ…。」
「そこかい!」
「呼び辛いから、黒ちゃんね。」
「さすがに年配者に対して侮辱しすぎであるぞ。」
「黒爺でどぉ?」
「もう、それで良い…。」
何とまぁ…。
これが今の若いもんの教育のたわものなのか…。嘆かわしいのぉ…。
じゃが、そこは問題ではない。
水樹殿を補佐し、あのさるとらへびを高賀山より再び消さねばならぬ。
「あのさるとらへびは、高賀山、ひいてはこの付近の地域にとって、決して招かねざる客である。」
「そうね、そこは理解した。」
「ふむ。そして、そなたの力は、自分では分からんかも知れぬが強大である。」
「倒せる?」
「否。」
「え?今、強大だって…。」
「力の使い方を知らぬ。それゆえ今直ぐ退治という訳にはまいらぬ。それに、そなたのご両親。偉大なる現代の巫女であられるが、今は敵の力の源になってしまっておる。急ぐ必要が有る故、のんびり修行している訳にもいかぬのが現状じゃ。」
「どうすればいいの?」
「うむ。仲間を増やすのが手っ取り早いじゃろう。心当たりはおらぬか?」
「…………。」
「なんじゃ、巫女の目をもってすれば同類は直ぐに分かるじゃろ。だいたい巫女というのは調停が元の役目。」
「調停?」
「そうじゃ、戦を止め、天候を操作し、災害を予知する。安定を司り調停する。」
「あぁ…。なるほどね…。だから空気が読めるのか…。」
「空気?」
「場の雰囲気というの?そういうのが分かるの。だから喧嘩や恋路の調停が上手いのかも。」
「そういった些細なことも可能ではあるな。」
「些細…。まぁ、戦争や災害なんてのから守ることから見ればそうかな…。」
「まぁ良い。仲間の心当たりはどうじゃ?例えば、巫女の力があるが故、親友と呼べる友や、嫌っていても何故か傍に寄ってくる者はおらぬか?大概の平民はお主の力を知らず知らず肌で感じ一定の距離を取るじゃろう。」
「あははは…。」
乾いた笑い。心当たりがある…な?
「一人いるけど…。」
「其奴を呼べ。」
「嫌よ。」
「申し訳ないが、お主の好き嫌いを気にしている状況ではないぞ?」
「分かっているけど…。」
「呼び出してみよ。巫女の窮地には馳せ参じる、間違いなくな。」
そう言うと水樹殿は白くて、手のひら大の薄い箱を取り出す。
指で触れから、耳に当てる。
「韋駄天…、助けて…。早く家に来て…。お願い…、助けて…。」
そして、フンッと鼻息も荒く白い箱に触れ、服に仕舞う。
「何であいつの手を借りなきゃ…。」
数秒後じゃった。
玄関より呼び鈴が鳴り、誰かがやってきたことを知らせる。
「えっ!?」
娘が走って迎えにいくと、そこにはもう呼び出したという男が立っていた。
なんじゃ、直ぐ近くにいるなら、直接呼びに行けば良いのにの。
「ちょっと待って…。あんたどうやって来たのよ…。走ったって15分はかかるでしょ!?」
「馬鹿野郎!お前があんな声で助けを呼ばれたら…、空だって飛んでやってくるさ!」
ふむ、なるほどのぉ。
これは面白くなってきたわい。