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さるとらへび  作者: しーた
純愛編
48/100

第48話

 「あ…、あぁ…。美波ちゃんだね。お久しぶり…。」

俺は、彼女とは時々連絡を取り合っていた。

芸術家を目指す、という共通の立場なのが共感出来ることも多くあって、そういった苦労なんかを話しあったりしている。


彼女は大学卒業後、東京に出てきてフリーカメラマンをやっている。

仕事はまだまだ少ないし、本人が撮りたい写真を撮る機会も少ないらしい。

だけどカメラマンとして駆け出し、今は小さな出版社と契約もしている事を聞いていた。

それ以外では、副業で色んな撮影の仕事と、例えば料理雑誌に乗せる料理の写真だったり、学校の年間行事に着いていって卒業アルバムに乗せる写真を撮ったりしている。

個人的にはブログで作品をアップしているそうだ。

反応は上々らしい。


どうして俺が見知らぬ外人に泣き喚かれながらハグされているかの説明をすると、彼女は通訳が出来るとして話をしてくれた。

どうやら俺の絵に感動してくれたらしい。

落ち着くのを待って、改めて自己紹介する。

彼の名はトム・トーマス。

絵は趣味と言ってるけど、趣味で収まる画力ではないことは分かる。


どうしてここで絵を描いていたのか聞かれ、似顔絵のアルバイトをするのだけど殺風景だから自分で描いた絵を飾ってみようと思ったことを告げた。

すると、とても残念そうな感じでリアクションした。


「その絵を売って欲しいって言ってるよ。」

と美波ちゃん。

「客寄せに使いたかったからなぁ。」

と答えると、トムからの回答を聞いた美波ちゃんが驚いていた。


「1000万円出すって…。」

「結構気に入ってて、これなら人が来てくれるんじゃないかと思ってるんだよなぁ。」

俺は渋った。

金額じゃないというのを言いたかった。

すると彼女は更に目をまるくする。


「3000万までは出すって言ってるよ…。どうするの?」

俺は迷った。というか、気付いたことがある。

これ1枚で目標を大きく超えることは出来るじゃないか。


だけど、それじゃぁ折角段取りしたアルバイトも意味のないものになるのと、どちらかといと似顔絵描くのも好きなので目標を持って、しっかりとやってみたいという思惑もある。

後から考えれば、俺がお金に疎いってのもあったかも。


「じゃぁ、アルバイトが終わったら、トムの今描いている絵と交換ってのではどうかな?」

その回答に美波ちゃんが驚いていた。

そしてそれをトムに伝えると、今度はトムが驚いていた。

二人共、いわゆるハトが豆鉄砲くらったような顔をしていた。


どうして交換なのか尋ねられたので正直に答えた。

「トムさんが描いてる絵は、俺には描けないからね。」

その回答に彼は満足してくれたのか承諾してくれた。

美波ちゃんも興味を持ったので絵を見せる。


「……………。」

何故か凄く悔しそうな顔をしている。

「私はようやくプロとして歩き出したけど、まだ学生の光司さんに、また大きく引き離された気がする。」

そう言って俺が描いた風景と同じ構図で、一枚カメラに収める。

「後で印刷してくるから、並べて飾ってみたらどうかな?実際の風景と光司さんの絵。」

「あぁ、そういうのもいいかもね。」

単純にそう思った。


トムは俺のアルバイトが気になるらしく、美波ちゃんと一緒に3人で商業ビルの小さなテントに連れていく。

さっそく1枚オーダーされた。

カウントダウンの表示を1000から999にする。


「私が最初の一人かって聞いてるよ?」

「今日から始めたからね、最初のお客様。」

ニッコリ笑った俺に対し、トムは大きな声でイエス!イエス!と吠えていた。

どうやら一番最初だったことが嬉しかったようだ。


描き始める前に質問をしてみる。

「トムさんは、どうして絵を描いてるの?」

彼は少し遠くを見るような素振りを見せた。

「絵に魅せられたからかな。昔見た絵に感動してね。いつか俺もって思ったけど…。」

そしてニッコリ笑った。

「俺には才能がなかったみたいだ。だけど後悔はしちゃいねぇし、だからと言って諦めてもいない。とにかく絵に携わって色んな絵を見て楽しむ、それも俺の人生になった。」

その表情は満足感、幸福感、そして薄っすらと浮かべる失望感が入り交じっていた。


俺はその表情を描いていく。

描き上がってトムに見せると、彼は見るなり震えだしボロボロと涙を零した。

「俺はまだこんな風に笑えているかい?」

俺はイエスと答えた。

「ありがとう…。ありがとう…。」

と何度も何度も握手する。


お金を取出し1万円を置いていく。

「駄目だよ。千円だよ。」

そう言ったが、チップも含まれてると言ってくれた。

俺は納得がいかなかった。

そこへ美波ちゃんが横槍を入れる。

「目隠しして描くパフォーマンスするのはどう?外国人受けが良さそうだけど?」

あまり気乗りしなかったけど、トムに相談してみると快諾してくれた。


商業ビルなので、10分程度でアイマスクを買ってくる。

戻ってくると、美波ちゃんとトムは楽しそうに話をしている。

「本当に出来るのか?とか言ってるよ。」

「まぁ、そう思うよね。」

「反応が楽しみ。」

「うん。始めるよ。」

そう言って早速アイマスクを付ける。


目が見えなかった頃の恐怖が一瞬襲ったけども、トムの気持ちに応えたいという思いが集中力を高めて嫌なことを忘れさせてくれた。

描いたのは、さっきトムが大都会でポツンと絵を描いていた風景だ。

通り過ぎていく無関心の人達と、情熱的に絵を描くトムが対照的だ。


描き上がって彼に見せると、また大泣きしてしまった。

激しくハグされてなすがままな俺を、美波ちゃんは大笑いしながら見ていた。

目隠しをしながら描いた絵が、見えている状態と変わらないことにも驚いていたが、描いた絵自体にも感動してくれたようだ。

彼は何度もオーマイガー!と叫んでいた。


今度は美波ちゃんも似顔絵を描いて欲しいとお願いしてきた。

目が見えない時に描いてもらった絵は、額に入れて部屋に飾ってあるらしい。

今でも辛い時に見るそうだ。

俺はその絵をまだ見ていないから、今度見たいことを告げながら絵の準備をする。

彼女の目を覗きこむと、あることに気が付いた。


「あれ?もしかして誰かに恋してる?」

その言葉にむーっと膨れ顔を見せた後、爽やかに笑った。

でもどこか悲しそう。

そんな表情を絵にしていく。


「そういう光司さんは絵に恋してる。誰も近づけないほどにね。」

そんな事を言いながら待ってもらい、完成した絵を見せた時は彼女も泣き始まってしまった。

「今の私を凄く表してる…。」

そう言ってくれた。


トムと美波ちゃんは話し合った結果、目標達成後に絵を取りにくることにし、全部飾っておくことにしてもらった。

とてもありがたい。


トムの似顔絵には俺の名前として「Cozy」と整理番号の「№0001」、目隠しして描いた絵には「№0002」美波ちゃんの似顔絵には「№0003」と記入する。


トムは動画を撮りたいと言ってきた。

写真や動画はNGなのだけど、海外なら大丈夫かな?と承諾した。

美波ちゃんにもそう伝える。


彼女も写真を撮ったけど、その写真はプライベートで見ると言ってくれた。

彼女自身は、SNSで文章だけで宣伝しとくね、と言ってくれた。

こうしたことからテント内には写真、動画禁止ですの注意書きと、目隠しパフォーマンス2000円の看板が増えた。


翌日からは忙しかった。

何故か外国人が多くやってきた。

トムの宣伝が効いたようだ。

特に目隠しパフォーマンスはうけたみたいで、自前のアイマスクを持ってきてコレをつけてくれなんて人もいた。

結果は変わらないけどね。


美波ちゃんからの紹介でって人もチラホラきてくれた。

似顔絵って需要があまりないのかと思ったけども、意外と人はきてくれた。

そして色々な人がやってきた。


たまたま通りがかった倒産寸前の自営業の人。

貧乏だけど息子が水泳の大会で優勝し二人三脚で頑張ってる母と子。

転職したいけど言えない父親と鬼嫁と天真爛漫な小さな娘さん親子。

ギャル風だけど自分の夢に向かって突き進む少女達。

亭主関白で引退した職人さんとそれを支え続けた奥さん。

疲れ切ったOLさん、

20年ぶりに再会した初恋カップル…。


兎に角普通のお客さんは全然来なかった。

でも俺は全員の笑顔を描いていった。

このテントから出る時は、誰もが元気に笑いながら、時には感動しながら、そんな後ろ姿を見送るのがとても好きだった。


外国人の人達はパフォーマンスもそうだけど、絵の方もとても気に入ってくれて、外に停めてあるバイクと一緒に描いてくれとか、何かと注文が激しかったけど極力答えてあげた。

母国で紹介したいという東南アジア系の女性も泣きながら喜んでくれて、更に多種多様な人々がテントを訪れてくれた。


平日は学校に通い授業を受けながら、帰ってきてからも食事意外は絵に没頭する。

宿舎は吉川先生の自宅の2階の一室を借りている。

毎週土曜日に店を開き、日曜日は色んなところに出かけて絵を描いていた。


いつの間にかクラスメイトにもアルバイトがバレて、まぁ、隠していた訳じゃないのだけども、事情を説明したら協力してくれることとなる。

画像は禁止だったのだけど、いつの間にか撮影されてネットにアップされているSNSを片っ端から削除依頼してくれている。


ついでに宣伝もしてくれて、芸術学校系の人の関心も高まったみたい。

逆に似顔絵を描かれるという場面もあったりした。

そんな生活が1年続く。


楽しくも充実した1年だった。

基礎的な構図や色彩について学んだりすることにより、自分だけでは解決出来なかった小さな矛盾が潰されていく。


日曜日に描く絵は色をつけるように心がけている。

何枚かの絵と、クラスメイトと撮影した写真を、ファン第1号を豪語する母さんに送ったりもした。

母さんからは野菜やお米が送られてきたりしていた。


そして卒業が見えてきたころ、吉川先生から驚きの提案をされることとなった。

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