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さるとらへび  作者: しーた
純愛編
35/100

第35話

 俺は帰り道を緊張しながらバイクで走る。

タンデムシートには、夢にまで見た彼女になったばかりのゆかりが乗っていて、俺の背中にしがみついている。


俺より頭一個小さくて、元気で明るくて、自然が大好きで、しっかり自分を持ってて、頑固なところもあって、そんな紫は魅力的だった。

ちょっとおっちょこちょいだけど、それは愛嬌かな。

実は顔も結構好みだったりする。

かなり理想に近いのだけど、住んでるところが名古屋かぁ…。

遠距離になっちゃうな。


そんなことを思いながら交番に到着し、後ろを振り返る。

「あのさ…、もうちょっと一緒に居たいのだけど、時間どうだ?」

そう聞いてみた。

彼女の顔がパーッと明るくなった。

「はい!私もそう思ってました。」

「じゃ、夜景の綺麗な所に案内するよ。」

「はい!!・・・・・え?」

彼女は返事はしたものの、どこに夜景が?みたいな顔をしている。

まぁ、そういう反応だわな。

何せ家もビルも少ないのだから。


「いくぞ!」

俺はちょっと得意げに出発の号令をかけた。

そしてそのまま高賀神社へと向かう。

カーブも多いし街灯もないから、ゆっくり進む。

歩行者だとか対向車が危ないのではなくて、野生動物の飛び出しが危ないからな。


そして神社の境内の前にある駐車場にバイクを進め、休憩小屋の隣で止まる。

エンジンを切ると紫が慌てて降りる。夜景の意味が分かったからだろう。

ヘルメットを置くことも忘れ手に持ったまま手摺に向かって走った。


「素敵~!」

両手を広げてそう叫んだ。

満点の星空が俺達を祝福しているように見えた。

ようこそ恋人たちよ、とかそんな感じ。


丁度駐車場の外灯も消えて、周囲の家も少ないことから、星を見るには絶好の場所と時間だ。

暗闇に潜む山々がちょっと不気味だけど、それらも星の輝きの演出を手伝っている。


「な?綺麗な夜景だろ?」

「はい!私、こういう自然が体験したくてここに来たんです!最高です!」

「気に入ってくれて良かった。」

彼女はよほど気に入ったのか、暫く空を見つめていた。

俺は少しそっとしておいてあげようと思い、休憩小屋にある自販機で自分用のコーヒーと紫用のレモンティーを買ってベンチに座る。


カチャッという音とともにプルタブを起こすと、彼女がチラッとこちらを見たが直ぐに星空へと顔を向けた。

そして両手を空へ伸ばした。

ヘルメットで受け取るような仕草をしていた。

「星が落ちてきそう…。」


まぁ、確かにそんな感じだ。

星や月との距離が近いように感じる。

周囲の黒い山に囲まれて空が狭い。

深い穴の奥から空を眺めているような感じもする。


紫は満天の星空を堪能し、俺の隣にやってきた。

ジュースを渡す。

「あ、すみません。」

ちょっと照れた感じが初々しい。

勿論俺も、何をするにもドキドキする。

色んな表情を見せる彼女を見ても、ドキドキする。


「連れてきてくれてありがとう。」

えへへっと笑う顔は、無邪気で愛しくて眩しかった。

「星が…、落ちてきたみたい。」

俺がそう言うと彼女がちょっと不思議そうな顔をしていた。

でも、俺には見えたんだ。

紫の目の中の星が。


「紫の目の中に…。」

そう言ってかなり近いところで目を覗きこんでいたら、彼女はそっとその目を閉じた。


あ…、やべ…。


そんなつもりじゃ無かったのだけど…。

急に鼓動が早まり強まる。

脳天に心臓があるみたいだ。


高まる鼓動が背中をゆっくり少しずつ押し、そして流されるままそっとキスを交わした。

そのまま俺の肩に頭を乗せた紫。


「私、類さんが好きになったって友達に言ったら、吊り橋効果だなんて言われたのだけど、決してそんなことはないの。」

吊り橋効果って、スリルある状況で出会った男女は恋愛に陥りやすいってやつか。


「意識が薄れていって真っ暗闇の中で、美波の声じゃなくて類さんの声が聞こえたの…。あなたの声が私を救ってくれた。」

「嫌味とかじゃなくてさ、それが吊り橋効果ってやつじゃねーの?」

紫はゆっくり首を横に振った。


「違うの。病院で治療受けてる時に思い出したの。類さんの自然体な所に惹かれてて、ああいう風になれたらなぁって。それでね、ずっと気になっていたのに気付いたの。それとね、今度いつ会えるかって考えたら…。」

へへへっと苦笑いしてる。

自分でも行動力ありすぎだろって気付いたのかな?


「俺も実は気になっててさ。だけど軽く嫌われてると思っていたから…。」

「だって…。類さん自身が、私が目指したい目標みたいな人で、とても悔しかったんだもん…。」

「俺はそんなに凄かねーぞ?」

「大丈夫。知ってるから。」

「なんだそれ?」

そう言って二人共笑い出す。


「凄いとか偉いとか、そういうのじゃないの。自然体かどうかって言ったら良いのかな?そんな感じ。」

どうやら俺は自然体らしい。

まぁ、背伸びもしないし卑屈にもならないか。


「俺には親友が一人いるんだけどさ。」

「うん。」

「そいつが兎に角凄すぎて、あぁ、俺ってものすごく平凡だなって思い知らされた。」

「…。」


「でもな、俺がそいつに追いつくとか、追い越す必要なんてなんも無くて、俺は俺で良くね?って気付いたんだ。奴には出来なくて、俺に出来ることもあるだろって。それを一生懸命やればいいじゃんってな。」

「そういう類さんが好き。」

エヘヘとまた笑う。

やめろ、理性がぶっ飛ぶ。


「難しいことはわかんねーけどさ。まぁ、その親友も来年勝負の夏になる。その勝負に向けて11年も頑張ってきたんだ。成功するよう精一杯応援するまでよ。」

「勝負?」

「まぁ、紫には話してもいいかな。」

そしてこーちゃんと瞳ちゃんの壮絶な11年に及ぶ闘いを話した。


「信じられねーかな?それでもいいけど。」

彼女の目の中には大きな星があった。

「私も!私も応援します!!」

火に油を注ぐってのは、こういう事を言うのだろうな。


「信じたんだ…。」

「嘘じゃないと思います。だって、こんな大自然があるんですもの。妖怪の一匹や二匹いても驚きません!」

目を輝かせながら迫ってくる紫も…、まぁ、悪くはないかな。


「明日会ってみるかい?そう言えば助けた時に駆けつけてくれてるし、合う理由はあると思うぞ。」

「それなら尚更会いたいです!」

そんなこんなで二人で夜のデートを楽しんでから、紫を宿まで送っていった。

だが…。


「あれ?あれ?」

ガチャガチャとノブを回し扉を開けようとするが、閉まっているみたいだ。

携帯電話で友達の美波ちゃんに連絡をつけようとするが、電話に出ない。

つか、窓の明かりが全部消えているから、間違いなく寝てるな。

宿の管理人である白井ばあさんの家に行ったが、こちらも真っ暗で御就寝の模様。

こいつは困った…。


「あの…。類さん…。」

「ん?」

「と…、泊めてください…。」

「あ…。」


おいおいおいおいおいおいおいおい。

聞いてねーぞ、こんな展開。

だけど紫はさっさとバイクにまたがって、うつむきながらこっちをチラッと見る。

多分顔が真っ赤だろうな。


冷静になれと自分に言い聞かした。

考えてみれば、そんなに上手く行くわけはねーわな。

出会って三日目だし、だいたい付き合いだしたの今日だぞ。


結局、交番に戻ってきたのは深夜0時近く。

楽しかったけど、彼女も治療開けだし疲れも溜まってるだろうな。

先にシャワーを浴びて、彼女がシャワー中に寝床の準備をする。


いつもの布団は彼女に譲って、俺は緊急や来客用の、予備のぺったんこの布団を敷いて寝ることにする。

気を使って先に布団に潜り込んだ。

寝てるフリで今晩はやり過ごそう。

流石に展開が早すぎる。

そう思っているとウトウトしてきた。


ヒッ!?

誰かが布団に潜ってきた。

つか、今ここには紫しかいねーぞ。

背中に人肌を感じる。

「ちょ…。」

「類さん!私、始めてなんです!優しくしてください!!」

「待った!待った!ストップ!ストーーーップ!!」


 チュン、チュン。

雀の鳴き声が聞こえる。

時間はまだ朝の6時ぐらいだった。

これが朝チュンってやつ?何だか照れる。


類さんはまだ寝ていた。

寝顔がちょっと可愛い。写メ撮っちゃお。

パシャリッ

機械的なシャッター音が、静かな部屋に響く。

エヘヘ…。

私はシャワーを浴びて服を着る。


外に出ると新鮮な空気が美味しい。

何だかここに来て、違う世界に来たみたいな気分。

実は就職先について色々迷っていたけど、それも心の中では決めたし。

本当に来て良かった。


そこへ交番の裏手の坂道から、おばあさんが一人歩いてきた。

「おはよう。」

「あ、おはようございます。」

「おや?見かけない顔だね。朝早くから観光かい?」

「いえ、昨日帰りが遅くなってしまって、宿が閉まってしまって、類さんに泊めていただいたんです。」

あっ、と思ったけど、時既に遅し。

素直に喋ってしまった。


しかし、おばあさんはホホホと笑い「それは良かったのぉ。」と言って交番に入っていく。

ん?と思って見ていると、交番の中の机の引き出しから「今日は非番です。御用の方は…」と連絡先の書いてある紙を掲示板に貼る。

そして交番の奥の部屋へと入っていった。


あれれ?と何が起きているのか分からなかった。

おばあさん警察の人?じゃないよね??

「類!いつまで寝ておる!」

部屋の中から大きな声が聞こえる。

「上司に電話しろ!」

「野田ばあさん、何言ってるんだよ!?」

「はやくしろ!」

私は不安よりも好奇心で彼の部屋をのぞく。


そこにはパンツ姿で上司に電話する類さんの姿があった。

しかも何故か正座。

会話の内容から上司とつながったのがわかると、野田ばあさんと呼ばれたご老人が携帯電話を取り上げる。

「おまえのところは、若いもんを休まず働かせる会社か?えぇ?」

会社じゃないよ、警察だよ。

「休むように言うだけじゃあかんやろ!いいか、今日は休ませるから…。書類?んなもん後でよかろうて!」

おぉー、凄い。

相手を説得したみたい。


「休まず働いてること以外は、よーやっとる。最近の若いもんにしては上出来じゃ。皆安心して生活出来ると感謝しとるぞ。その辺も承知しとけ!」

ほれ、と電話を返された類さんは、キョトンとして恐る恐る電話に出る。

何か言われたようだけども、わかりました、ご迷惑おかけしますー的なこと言って電話を切った。


「野田ばあさん、どうしたんだよいったい…。」

彼は服を着ながら質問した。

私も気になります!

「いいか、今日は休みじゃ。お嬢さん連れてデートしてこい。いいな。交番は皆でみといてやるからの。」

「交番はそういうのじゃないから…。」

「いいから言ってこい!」

ひーーーーーーー


類さんは追い出されるように外に逃げると、野田ばあさんはお茶の準備をして机に置き、椅子にちょこんと座った。

その姿が何だか可愛くて笑みがこぼれちゃった。

「おばあさん、お言葉に甘えます。」

野田ばあさんは目を細めてニッコリ笑った。

「いいから、いっておいで。」

「ありがとうございます。」

私は深々と頭を下げてお礼し、直ぐにバイクのヘルメットを手にした。

「さぁ、行きましょ!」

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