第23話
高校生活自体は順調だった。
勉強では成績上位というのもあって、先生も積極的に指導してくれたし、同レベルの学生達はライバル心をむき出しにしてくれる。
おかげで無用な友人関係を構築する必要もなかったし、周囲からは不気味なガリ勉少女ぐらいの印象しか持ってくれなかった。
部活での活躍が広まっても、勉強一筋の人達は興味もなかったみたい。
むしろそっちに力を入れて、学力が落ちてくれれば良いぐらいに思っているかも。
同じ部活の仲間も、剣道が好きだから続けている程度の人が多く、やはりメインは学業と思っているようだ。
テストで結果を残しつつも、必死に竹刀を振るう私を、大会では頼りにされたけど、普段は気味悪そうに見られているのも知っている。
そんな中、一人だけ付かず離れずの関係のクラスメイトの女生徒がいる。
名前は須藤 彩。
彼女とは一緒にお昼ごはん食べる程度で、学校外で会ったことは一度も無い。
部活の見学にはこっそり来てたみたい。でも、その程度。
彼女の成績はクラスでも学年でも平均的で、私との接点を無理やり探すと、一匹狼的なところかな。
ただ、学校内では色々と話しをした。
彼女は、私が学校生活を楽しんでいないと思っている。
何故楽しまないのか、何故そこまで必死に勉強と部活に打込むのか、テレビの話題も流行りの遊びも何もかも捨ててまで。
まるで何かに追われ、何かに取り憑かれているように見える。
そんな私だからこそ興味を持ったらしい。
だけど深入りするつもりはないみたい。
中学3年から私服すら買っていないことに気付いたのはつい最近で、光司のお母さんにいつも同じ服だと指摘された。
無理やりショッピングに連れていってもらって、数着持っている程度。
こんな生活だけども、辛いだとか、自ら追い込んで頑張っているとか、そういうのではない。
自分が求める結果を出すには、今の状況でも甘いぐらい。むしろ不安しかないよ。
妖怪退治という、誰もが経験し得ないことに対して、準備が足りない事はあっても準備が過剰な事はない。
勉強は今の光司を助けるための準備。
最近の私の考えでは、精神科医になって彼を支えたい。
目が取り戻せても以前のように普通に絵が描けるようになる保障もないからね。
そして彼が、今までのように息を吸うのと同じように絵を描けるようになったら引退してもいい。
その時に、今の自分が無駄なことをしているとは思わない。
この命は彼に貰ったものだから。
そんな普通の学生と違う私は、確かに異端なのだろう。
だけど私から見たら自分は普通のことをしていると思っている。
きっと、こんな矛盾を彩は見抜いたのだと思う。
卒業後の進路を聞かれた時、今は精神科医を目指していると答えたら彼女はふーんと答えるだけだった。
「でもよ、精神科医になるには医大出て、医師免許取って2年の臨床経験が必要だったと思うぞ?」
私はドキッとした。
それでは間に合わない。
話の流れにまかせて、思い切って相談してみることにする。
ちょっと調査と予想が甘かった。
「あ、あのね…。私の友人に精神的な病気の人がいて、出来れば私が助けたいというか…。そんな事が目指す理由だったの…。」
彩は教室の天井をちょっとだけ見てから答えた。
「ならカウンセラーの方が早いかもな。」
あぁ、なるほど、と思った時、一つ疑問を持った。
「どうして彩は私が急いでいるって気付いたの?」
彼女は何をいまさらみたいな顔をしている。
「おまえは、生き急いでいるからさ。」
そんな風に見えるんだと思った。
まぁ、そんな風に見ているのも、彩しかいないとは思うけど。
「瞳はさ、もうちょっと自分がどう見られているかも考えた方がいい。周りは関係ないと思っているようだが、その周りの人間は、おまえという人間の価値を利用しようとする。そうだろ?自分に都合の良い人間がいれば使い潰したって構わない奴なんて沢山いるんだぜ。」
私は返す言葉がなかった。
彩の助言のお陰で、自分の評価というのを少し気にしてみた。
なるほど彩の言うとおりだと感じる場面もある。
よくしてくれている先生は私を有名大学に入れようとするし、声をかけてくる男子生徒は下心が見え隠れするし、女子生徒はそんな私が面白くないと思っている。
現に、告白されるという事態に4ヶ月で2回あった。
その都度、付き合っている人がいるのでと断ったけど、どうやら信用されていないみたい。
その噂を彩も知っていたけど、特に聞いてこない。
そんな状況の中、夏休みで補習と部活で追われる中で事件は起きた。
蝉の鳴き声が五月蝿いと、板取川で光司と一緒にいたことを思い出す。
未だに彼には会えていない。
私は目標をカウンセラーに変えて、必要な資格や目指すべき進学先を検討している。
こんな事は口が裂けても先生に相談出来ない。
相談すれば即否定されて、有名私立、国立大学を推薦されちゃう。
これを受験まで言われ続けたら、それこそ私がカウセリングを受けたくなるよね。
今日は剣道で汗を流している。
部員に私の敵はいない。
先生からの勧めと、大会で知り合った剣道関係者の助言で、近所の剣道道場にも顔を出して大学生相手に腕を磨くこともある。
そこでも「彼氏いるの?」なんて言いながら近寄ってくる男性もいた。
学校と同じく「います。」と答えている。
だけど、やはり信用はされていないみたい。
そりゃぁ、そうよね。
デートしている様子もなければ、その彼氏を見かけることも、連絡を取り合っている様子もない。
そんな信憑性にはかける状況だからね。
噂が流れる度に女子からは変な目で見られた。
でも私は気にしない。
高光様は心技体を鍛え、剣の腕をあげろと仰った。
動揺するのは心が弱いからと言い聞かせ、必死に竹刀を振った。
そこへ、道場でも1,2を争うほどに、女子に人気の高校3年の先輩が声をかけてきた。
彼は、女子から黄色い声援がとんでもまったく意に返さない。
剣道の腕前もかなりなもので、岐阜県の強化メンバーにも選ばれている。
「僕と付き合ってくれないか?」
ストレートに言われた。周りに人がいても構わずに。
でも安心した。
何もときめかなかったから。
「ごめんなさい…。」
即答で断りを入れるが、彼は予想していたかのように動揺しない。
「彼氏がいるなんて嘘なんだろ?」
やっぱり…、という思いがあふれた。
悲しかった。
光司には会えてないけど、彼はそこに存在しているし、絶対に光を取り戻すって信じている。
たった1週間の思い出が私の人生の全て。
そこに他人が土足で入ってきて欲しくなかった。
否定されたくなかった。
こうハッキリ言われると、正直むかついた。
「ちゃんといます!」
「じゃぁ、連れてきてよ。そうしたら信じよう。」
「彼は病気で面会謝絶なんです。」
「はいはい。」
全く相手にしてくれなかった。
それよりも彼の言葉にはカチンときた。
「勝負しましょう。それで勝ったら二度と声をかけないでください。」
自分にしては珍しく、いや、人生初の無茶だったと後から思った。
私と同じ、県の代表クラスと言えば、同じ土俵に聞こえるかもしれない。
でも相手は男子、しかも2個年上の先輩だ。
常識的に考えて勝てる訳がない。
力で圧倒されて、ヘタすれば弄ばれるように切り捨てられる。
そんな事は分かっている。
「冗談はよしてくれ。長屋さんが勝てるわけがない。」
「やってみなくちゃ分からないでしょ。」
私の挑発に眉をひそめる。
「僕をおちょくるのはよして欲しい。」
「格好付けてないで防具つけなさいよ。」
彼も頭にきたのか、そこまで言うならと準備を始める。
外野からは、わざと負けて付き合う権利を得ようとしている、とか聞こえた。
冗談じゃない!
10年後には、人肉を喰らう化け物と命をかけて戦うのだ。
こんなところで、こんな奴に負けてなんかいられない。
私には、大好きな光司の目と、自分の病気を治すという大きな大きな目標がある。
そのためには、さるとらへびという妖怪と死闘を演じなければならない。
倒すと言うと聞こえは良いが、つまりは殺し合いをするという意味を、私は最近気にしている。
竹刀で斬り合うのとは全く違うと考えている。
そう…、殺し合い…。
殺意、それは日頃持たない感情の一つ。
私はここで、試してみたのかもしれない。
神経を研ぎ澄ませる。
外野の声は耳に届かない。
先輩はゆるりと中段に構えると、余裕があるように見える。
私の動きを見極めようとしている。
こちらは下段に構え、腰を少し落とす。
細かい足捌きで間合いを見極めているが、こちらから飛び込むのは不利だ。
相手の方がリーチが長い。
低い身長は面を取るには丁度良い高さだろう。
だけどそれを誘うつもりだ。
そして一瞬で決める。
長期戦は体力的にも腕力的にも不利なことは、十分承知している。
わざわざ不利な状況で戦うつもりはない。
妖怪と戦う時もそうだろう。
私は常にそこを意識する。
忘れてはいけないのは殺気。
更には、相手を威圧するほどの気迫。
挑発などの使える物は、なんでも利用する滑稽さも重要だ。
そして生まれて初めての罵倒を試みた。
先輩、利用してごめんね、と心の中で思った。
こんなことを思うなんて意外と冷静だとも思ったりした。
「かかってこいよ!腰抜け!」
先輩は直ぐに反応した。
中段から鋭く上段に切り替わり、一気に面を狙いつつ接戦に持ち込む気だ。
防いでも押される!
神経を張り詰める。
ドクンッ!
高光様の心臓が、大量の血を送り出す。
血を受け取った肉体に力が駆け巡る。
研ぎ澄まされた神経は先輩の竹刀の軌道を見切った。
受け止めると見せかけて受け流す。
先輩の切っ先は細長いUの字を描き弾き返した。
大の字になった先輩の喉元に突きを入れる。
ドンッ
手応えは浅い。
外野からも浅い浅いと声が入ったが、彼は予想しなかった反撃と結果に動揺し、よろめいて尻餅をつく。
そこへ容赦なく思いっきり面を取った。
竹刀がぶっ壊れるほどの勢いで叩きつけた。
バシッン!
あっけにとられる場内。拍手も歓声もない。
後で見ていた人が言っていた。
あのまま先輩を殴り殺すんじゃないかと。
誰もが感じた。
見下ろす私の視線が怖かった、と。
その威圧感に彼は平伏した。
「良かったですね、先輩。これが剣道で。」
彼は怯えた目で私を見上げていた。
「真剣だったら死んでましたもんね。」
それだけ言い残しその場を去り、面倒になる前に道場を出た。
その道場には通い続けたけど、結局同じ高校生とは練習すらさせてもらえなかった。というかしてくれなかった。
そんな噂が学校まで響くと、私は少しだけ平穏を取り戻すことが出来た。
結局卒業まで、言い寄ってくる男子はいなくなったから。




