第22話
俺は毎週日曜日には、必ずこーちゃんの元に向かっている。
会えない時も一回だけあったけど、それ以外は無事面会出来ていた。
何せ、お袋さんまでもが会うことが出来ずにいる。
多分だけど、お袋さんがこーちゃんの絵のファンだと誰かに聞いたのかも知れない。
まぁ、病院内でそんなことを知っているのは、前の担当だった眼科の医者だろう。
そいつから聞いたであろう、こーちゃんの絵に関係する人々は全員漏れ無く面会謝絶だった。
だけどお袋さんまでアウトっておかしいだろ。
俺は極普通のクラスの友人を演じ、村田とかいう精神科の医者に信用された。
この村田、本当にムカツク。
一々上から目線で、こーちゃんの家族までもを素人と罵る。
こんな奴だが周囲からは尊敬されているのか、看護師含めて腰が低い。
というか、どちらかと言うと腫れ物に触るような感じだと感じた。
村田という名前から、瞳ちゃんの主治医だった山岡先生に、素性を調べてもらい情報収集をかけた。
どうやらこの業界では名前が売れているらしい。
精神的に追い込まれた人のケアとか何とかって論文だかが評価されたらしいが、山岡先生が言うには黒い噂も絶えないという。
ケアに失敗し、何人もの精神破壊を起こした患者が居るという。
これだけだと、失敗も付きものという意見もあるかもしれない。
だけど噂では、治る見込みのある患者をわざと悪くして、精神崩壊寸前まで追い込んでから治療を開始したから失敗もあったという、悪魔のような内容の噂だった。
これを聞いて納得したこともある。
看護師達の妙に緊張した対応や、他人行儀な感じ。
村田が直接担当している患者の病室への、異常に神経質な対応。
こーちゃんを憐れむような目…。
(やべぇよ、やべぇよ…。超やべぇよ…。)
そんな話を聞かされては俺も緊張が高まる。
平日俺が来てない日に、何をやらかしているやら想像もつかない。
そんな中、こーちゃんは死んだように眠っている時が多い。
そんな時は村田は立ち会わないから、耳元でそっと色んなことを聞かせてあげた。
二人で聞いていたラジオの話題、気に入っていた歌手の新曲の話題、家族や瞳ちゃんのこと。
村田には彼が回復に向かっているんじゃないか、みたいな、治療がうまくいっていると思っているぞアピールをし続けて、俺なら騙せられるという雰囲気を作っていった。
おそらく、村田からすれば第三者が治療経過を知っている事は都合が良いと思ったのかもしれない。
それは騙されやすい人が良いだろう。
つまり、表面上は俺ということになる。
だが村田は疑い深く注意深い。
俺は細心の注意をし、信頼関係を保つよう注意した。
これには時間がかかったが、俺が高校に進学し最初の夏休みを迎える頃には、かなりの信頼関係にあったと思う。
彼女の方から、少しずつこれからの治療とかを聞きだせるようになったからだ。
そう、こーちゃんが入院してから2年が経過した。
私は、県内で1番の進学校へと、入学することが出来た。
授業の内容は一気に難しくなったけど、必死で食らいついた。
部活も引き続き剣道部に所属した。
学校全体の雰囲気としては、どちらかというと学問の方に重きを置いている。
だから、少し心配したけど、部活も活発なので助かった。
勉強については、まずはクラスで1番を意識した。
聞き耳を立てては、他の人の勉強法を調べた。
どんな勉強をしているか、どんな効果が出たとか、そんなところに注意した。
効率が良くても結果が出なくてはダメだと思っていたから。
ただ、塾にも入らず自力で、県内で一番の高校に入ったという実績と自負がある。
独自の勉強方法で授業についていけたし、既に1年の内容は1度予習し終わっている。
夏休み前のテストでは、クラストップで学年3位という成績だった。
これで少し注目度が上がった。
近寄ってくるクラスメイトもいたけど、遊びに行こうだとか、一緒に勉強しようだとか誘われた。
でも、カラオケに行ったこともないし、流行りのテレビも知らない事を告げると、気味悪がって勝手に離れていってくれた。
(これでいい…。)
周囲で楽しそうに話すクラスメイトは、羨ましくないと言えば嘘かも。
あんなに憧れた高校生活。
今の状況は、それとはかけ離れている。
でも、いいの。
本当ならもう死んでいて、高校生活すら経験出来なかったはずだったから。
だから高校に通っているってだけで、光司に感謝しなくてはいけないと思っている。
そして彼の為、10年後以降の自分の為に今は我慢しなくちゃいけない。
中学時代も、それこそ死ぬ気で勉強も部活も努力してきた。
本来なら目標をクリア出来たことで、少しでも高校生ライフを楽しんでも良いのだろう。
だけど私の目標は10年後なの。
まだまだ立ち止まれない。
今この瞬間も、光司は苦しんでいる。
楽しい思いでは、全てが片付いたら、思う存分楽しめればいい。
1年に1度、高賀神社に髪を納めに行っている。
休憩小屋から見下ろす高賀の山々は、いつも神々しくて美しい。
その景色を見る度に、初心に帰ることも出来ていた。
そして彼からもらった大切な事を思い出す。
可愛いと言ってくれたこと、
好きだと言ってくれたこと、
告白してくれたこと。
全部、もう直ぐ死んじゃうかもしれない私に向かって言ってくれた言葉。
思い出しただけで、いつも泣いちゃう…。
ここはいつも変わらない。あの時のまま…。
振り返れば彼がいるんじゃないかって、いつも思っちゃう…。
だけど今年は、お盆期間しかおじいちゃんの家には行けなかった。
学校で補修授業があるからだ。
ほとんどの生徒が参加し、とても夏休みとは思えない状況にはびっくりした。
当然私も食らいついていかないといけない。
高校1年生の夏休みは、一生に一度だけと言いつつ遊ぶ人と学ぶ人。
私は後者を選んだ。
部活も順調で、県内でもトップクラスというポジションにはいる。
奈良で開かれた剣道中堅剣士講習会や愛知県で開催された居合道地区講習会などにも参加している。
段位も順調に上がっているし、全日本都道府県対抗女子剣道優勝大会の高校生枠である、先鋒の候補生にもなった。
文武両道。
そんなことを地味で確実にすすんでいこう。
学校帰りにお洒落なお店で道草…、そんなことに興味もわかなかった。
だって、光司は高校にすら行けないのに…。
何度も言うけど、本当なら私は死んでいた…。
その想いだけが勉強も部活も積極的に、そして最優先で活動できた。
だけど、肝心の光司に会うことだけは叶わないでいる。
村田先生は何故か私や、光司の家族までもを会わせようとしない。
あんなことがあったから理由は分かるけども、いくらなんでも長過ぎる。
類君からの報告内容はどんどん悲惨なことになっている。
私は何かに夢中になっていても、ふと光司のことを考えてしまう。
だから会いに行っては追い返されて、泣いて帰ってきていた…。
そんな不安定な状況の中、私にはいくつもの試練が降り注いできた。