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さるとらへび  作者: しーた
純愛編
15/100

第15話

 肩から地面に倒れ胸を抑えながら、大好きな少年の黒い影だけを、必死に目で追っていた。

光司も倒れていたが、不意に手を宙に差し出しながら大声で叫び始めた。


ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


光司に何かあった…?


助けなきゃ…。


彼は私に沢山の夢と希望をくれたのに…。


笑顔で別れたかったのに…。


動け…、動け!私の心臓!!


動け動け動け動け動け動け動け!!!!!!!


ドンッと右手で胸を叩く。

ドクンと鼓動を感じた気がした。

両目をカッと開く。


視界はまだゆっくりとゆらゆら揺れていたけど、何とか立ち上がると再び走りだした。

石は弱々しい光から強い光に変わる。

マズイと直感した。


大きく肩で息をしながらも光司の近くまでくる。

彼は叫んだ後は動いていない。

上から覆いかぶさるように私も倒れてしまう。

彼の呼吸を感じる。


生きている!


そして光る石を確認する。

そこには…。

そこには、得体の知れない何かがいた。


 ワシは高賀神社にある小さな祠の主である。

ここには登山者か、今日8月15日の祭りの時だけ人が来る。1年のうち、月日が分かる唯一の時じゃ。

だけど今年はいつもと様子が違った。

いや、大昔にもこんな村人がいたかもしれないが、何年前か何百年前かも覚えてないほど昔の話だ。

一人の純粋な目をした少年が、何度も何度も少女を救って欲しいと祈りを捧げていた。

こんな小さな祠に祈りを捧げにくること自体が珍しい。

坂下の神社に行くのが筋だろう。


助けてやりたかった。


そう思ってしまうほどに純粋な願いだった。

が、ワシがここに居る理由も他にある。

人の願いを聞くためではない。

貴重な力をここで使ってしまう訳にもいかず。

悩んでいるうちに少年は帰っていってしまった。


ワシから動く訳にはいかなかった。

そもそもワシは、神でも仏でもない。

動けば力を使い、その力は減っていってしまう。

再び祠に身を宿し、せめて彼が納得のいく結末が迎えられるよう祈った。


ワシが祈るようじゃ世も末じゃ…。

そんなことも思いつつ、悲しみにふけていたからか、それとも珍しい客が来ていたからかはわからぬが、異変に気付くのが遅れてしまった。

本来ならば、最重要事項である石の異変に気付くのが遅れたのである。


石は怪しげに薄く光っており、更には封印の役割をしている締縄までもが切れておる。

これはワシの完全なる失態であるが、もう1000年と少しばかりの間、異変がないままの時を過ごしてきたという、慣れによるところも大きかったと弁解したい。

よく考えてほしい。

1000年じゃぞ?12000ヶ月じゃぞ?365000日じゃぞ?

ついうっかりもあるじゃろうて…。


気付いた時には、石の光は人の目にも分かるほど光っていた。

「しまった!!」

ワシとしたことが、と後悔しつつ、急ぎ祠から飛び出し坂を駆け降りる。

そして腰の愛刀を確認する。

坂を半分ほど降りたところで少年は飛ばされた。

えぇーい、間に合わなかったというのか!?

そこへよろめきながらも少女が駆け込み少年にかぶさる。


「いかん!!」

かなりまずい状況じゃ。あのままでは二人共、喰われてしまう!

そして奴は、石より抜けだした。

封じ込めたはずの奴は、この8月15日という最高の日、しかも12年に一度くる、一番力の強まる年に、締縄が切れるという偶然を1000年以上待っていたのだ。

その姿は、頭が猿、胴体が虎、尻尾が蛇という異様なもの。


妖怪さるとらへび!


猿の目が怪しく光っているのを見逃さなかった。

奴もワシに気付いているはず、だが、一瞬間に合わない。

奴がゆっくりと、まるで品定めをするかのように二人の子供を見下ろす。

妖怪は人を喰らい、力を強める。

幼い二つの命を失う訳にもいかないし、奴の力がこれ以上強まるのもまずい。


奴はいよいよ喰らう体勢をとったその時、予想外のことが起きた。

「「「下がりなさい!!!!」」」

少年に覆いかぶさっていた少女が叫んだ。

その声は異常に響いた。これは…。まさか…。


あの、ぬえの中でも一際獰猛(どうもう)で知られる高賀山の妖怪さるとらへびが怯んだ。

今だ!

「御免!」

ワシは少女の束ねられた髪を切り落とし身体の中に取り込んだ。

体が光を宿し、憎き妖怪と同じように半透明の姿を現す。

「よう、糞妖怪め!久しいな!」

自分を鼓舞し、敵の様子を伺う。


スチャ…。

柄に手をかけ、愛刀をいつでも抜ける構えを取る。

剣技には自信があるが、体の小さいワシは小ぶりの剣を好んだ。

少し短めの愛刀は朱雀すざくという名が打たれている。


「まぁ良い。我は光を取り戻した。」

そう妖怪は言い残すと、自ら封じ込められていた石へと去って消えた。

丸い石自体も光を失う。

もう少しで日付が変われば力は一気に弱まり、いくら締縄が切れているとはいえ封印石から出ることはままならないだろう。

ただし、こちらからも手出しは出来なくなる。


ゲホッゲホッ…。

背後では少女が激しく咳き込んでいる。

苦しそうに心の臓を押さえている。

直ぐに理解した。

この少女こそ、さきほど少年が助けて欲しいと願っていた、その人なのだと。


ワシは躊躇ちゅうちょせず抑えていた力を開放する。

半透明だった姿が実体を成し、1000年ぶりに鼓動を感じた。

その鼓動に向かって、手を体の中に突っ込み「それ」を鷲掴みにすると、一気に抜き取った。そして少女の体へとねじ込む。

直ぐに体を半透明へと戻し、手で印を結ぶ。

両手で指と指を絡ませながら手を合わせ、人差し指と中指だけを真っ直ぐ立てる。


南無八幡大菩薩なむはちまんだいぼさつ!」

小さな光がワシから広がって一瞬で消える。

「え゛え゛ぃ゛!!」

掛け声と共に少女に埋め込んだワシの心臓が光った。

その光は彼女の体の中へと潜り込み消える。

若いが美しい少女は血の気を帯び、苦しさから開放されると、ゆっくりと体を起こす。

そしてワシをジッと見つめる。

まだ立ち上がることは無理のようじゃ。


彼女は今、何が起きたのかを正確に理解しようとしている。

「あなたは…、この山の神様…ですか?」

ワシはついニヤけてしまった。

が、直ぐに時間がないことを思い出す。


「若き娘よ…。」

「瞳と言います。」

「瞳殿、時間がない。よく聞くのじゃ。」

少女は小さく頷いた。

この異常な状況についていこうとしているのがわかる。

「ワシは藤原 高光(ふじわらのたかみつ)、妖怪を打ち損じ、身を捧げ霊体となり、さっきの妖怪さるとらへびを監視し続けてきた者じゃ。」


1000年経ってもワシの事が伝わっているのか、少女は知っているかのような素振りを見せていた。

話が早い。

「あやつは全国見渡しても上位に君臨するぬえである。容易に倒すに至らず、辛うじて目を潰し、あそこに封じ込めた。もはや人の手では倒すことは不可能。故に監視し続けていたという訳じゃったが、今日、8月15日は一年で一番霊力が高まる日、そしてこの山は12年周期で霊力が高まる。つまり、この最高の日に封印を意味する締縄が切れる偶然を、あやつは1000年待っていたようじゃ。そこへ運悪くそこの少年が来てしまった。」


「・・・・。」

少女は悲痛な表情を見せる。

「さるとらへびは少年より、目を奪ったはずじゃ。」

「!?」

瞳殿は直ぐに少年の顔に近づいた。

「あぁ…、あぁ…、なんてことなの…。」

少女は明らかに動揺していた。

ワシの推測が正しかったのだろう。


ワナワナと震えながらゆっくりと少年の頭を抱きかかえると、薄暗い光のなか、血の涙を流している少年の姿が浮かび上がった。

少女はそっと目蓋を開けようとしたが開かず、その手は大きく震えだし顔を覆って泣きだしてしまった。


少年から希望が、それも、とてつもなく大きな希望が奪われていたからだ。

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