命がけゲーム 下
「次は何!?」
ヌスクは呆れながら花の所へ駆け寄る。花は少し震えて、泣きそうな顔をしている。ヌスクは心配そうに花を見て、頭を撫でる。
「道具がないんです。お菓子を作るための……。これじゃ作れない」
震える声には、全員が心配して慰めようとする。でも、ヴォルフだけは近づこうとはしなかった。
「うーん、でも……おもちゃになるのそんなに怖い?」
シャーフが後ろで手を組みながら花の顔を覗き込むと、ニコッと笑う。
「大丈夫だよ! ずっと私たちがそばにいてあげるから!」
ハーゼもシャーフと同じように花の顔を覗き込んで笑った。花は唖然とした顔で2人を見てから、何かに気づいたかような表情を見せた。
「すっかり、そのこと忘れてた!」
シャーフとハーゼはビクッと肩を上げて、不思議そうに首を傾げる。ヌスクは「花らしいね」と言いながらも、苦笑いをする。ヘクセは、肩を震わせて笑っている。ヴォルフも楽しそうに笑みを浮かべている。
「でも、じゃあ何でそんなに焦ってたのさ」
ヌスクは花の額を指でピンっと弾く。花は弾かれたところをさすりながら、少し恥ずかしそうに口を尖らす。
「そ、それは、皆で作るのとっても楽しみにしていたんです。子供みたいですけど、楽しみで寝れなかったんですからね!」
花が顔を真っ赤にしながら、やけくそになって言うと、ヴォルフがブッと吹き出す。すると、花の顔はさらに赤くなっていく。
「ヴォ、ヴォルフさん!!」
「ごめん、ごめん! でも、そんなにマイネリーベが楽しみにしてくれてたって聞いたら、ほっとけないよな」
ヴォルフは笑いを止めるために、ふぅと一息をつくと口に手を添える。
(しまった、つい想像してしまった)
机を挟んだ距離にいたヴォルフはやっと花に近づいて、花の隣に並ぶ。その様子を見たヘクセの顔が赤くなる。ヌスクとシャーフとハーゼは、不思議そうに首を傾げた。
「それで? 何がいるんだ?」
花は今から使う料理器具の名前を言う。ヴォルフはコクコクと頷きながら聞くと、パチンと指を鳴らす。すると、ボンと花が言った料理器具が出てきた。花は目を見開いて、料理道具を見入る。でも、すぐにシュンと頭を下げる。
「どうした? もしかして、間違えたか?」
花は慌てて、ブンブンと首を横に振る。
「……あと、オーブンが必要なんです」
ヴォルフは、手を顎に添え斜め上を見上げる。花は「無理ですよね」と言って、悲しそうに笑う。ヴォルフはクスッと笑って、トントンと花の肩を叩く。花が顔を上げると、ヴォルフは花の目の前でパチンと指を鳴らす。すると、ちゃんとオーブンが出てきた。
「出かけた時、ちょうど見たんだ。面白そうだったからな。別に俺を称えてもいいんだぜ?」
オーブンの登場には、ヌスクたちも反応して、興味津々でオーブンを見る。花も目を輝かせながら、オーブンを見る。そして、花はヴォルフを見る。
「ヴォルフさん、すごい!!」
花は興奮気味で、胸前で拳を握りしめる。
「だろ?」
ヴォルフは自慢げに笑う。
「天才!」
「まあな!」
「カッコイイ!」
「ははっ、そうか?」
「もう、大好き!! ありがとうございます!」
花は満面の笑みでそういうと、早速お菓子を作る準備に移ってしまう。
「……あ、うん」
ヴォルフは片手で目を隠す。
(その好きは、俺のとは違うって分かっているんだけど……)
ヴォルフが手の隙間から、花を見ると楽しそうにヌスクたちと材料を量ったりしている。
(おもちゃとしての、好きなんだろうな)
ヴォルフはフッと笑うと、輪の中に入って一緒にお菓子を作り始める。
「あとは、焼けるのを待つだけですね!」
花はオーブンで温度などを設定し終わると、ニコッとヌスクたちに笑いかける。5人は「おぉ」と言って表情を明るくし、シャーフとハーゼはオーブンの中を見に行く。その様子を見て、花はふふっと笑う。
「お菓子って、本当はあんな風に作るんだね。かき混ぜたり、伸ばしたり、型取ったり……」
ヌスクはジッと自分の手を見ながら言う。
「ヌスクさん達は、いつも魔法のように出してしまうから。料理をしたことはないんだろうなと思いまして」
ヌスクたちは、卵を割るのも初めてで上手く割れなかったり、牛乳を出し過ぎたり、勢いよく混ぜすぎたりして、花が驚くようなことばかりだった。花はそれを思い出すと、クスッと笑う。 ヌスクも花につられて笑った。
「うん、作るのは初めて。とっても楽しかったよ」
「それは、良かったです! 頑張った甲斐がありましたね」
花が笑うと、話を聞いていたのか、ヘクセたちも花を見て嬉しそうに笑う。焼けるまで、花はヌスクたちといろんな話をした。ヌスクたちは、花の話は嬉しそうに頷きながら聞いてくれるが、自分のことや意見は言おうとはしなかった。何でも聞いてくれて、同意してくれているように感じさせるのは、ヌスクたちがおもちゃだということが痛いほど伝わってきた。
ピー ピー
「おーぶんが何か言ってる! 別に僕ら何もしてないよ!?」
シャーフとハーゼは慌てて、花の後ろに隠れる。
「ふふっ、あれは焼き終わりましたよって伝えてくれているんだよ」
花はオーブンを開けて、中に入っている鉄板を取り出す。それを見て、ヌスクたちはゴクっと息を飲むと、パァッと表情を明るくした。
「クッキーの出来上がりです!」
「わぁ! これはすごい。美味しそうだ」
ヌスクはクッキーの匂いを嗅いで、嬉しそうに笑う。ヴォルフも頬杖付きながらも匂いを嗅いで、「いいんじゃないか?」と言って笑った。
「あぁ、もう! 早く食べたい! ね? シャーフ、ハーゼ」
ヘクセが訊くと、シャーフたちはコクコクと頷く。花はふっふっふと自慢げに笑うと、少しヌスクたちから離れる。
「皆さん、食べる前に言うことがあるんじゃないんですか?」
ヌスクはクスッと笑い、ヴォルフもハハッと笑う。ヘクセは「今年もダメか―」と言いながらも、笑顔を見せる。シャーフとハーゼは、少し悔しそうに頬を膨らますが、そこまで不機嫌そうには見えなかった。
やっぱり、花には勝てないのだ。
Trick or Treat!
「はい!」
花はテーブルにクッキーを置き、「召し上がれ!」と言って笑顔を見せた。ヌスクたちはパクッとクッキーを口に入れると、花にグッと親指を立てて突き出す。花も1つ手に取って、クッキーを食べて、ヌスクたちと一緒に笑顔を見せた。
「よーし! 盛大にパーティーを盛り上げるぞ!」
ヌスクがそういうと、花たちは「おー!」と言って拳を突き上げる。
Happy Halloween!!
ヌスクたちは指を鳴らして、お菓子を出す。花たちは、色んなゲームをしながらお菓子を食べた。
今年は今までのどのパーティーよりも盛り上がった。花がいなかったら、ヌスクたちはこんなに笑えることはないのだ。噂が広まったって、主が帰ってくるわけでもない。ただ待つしかできない退屈な日々に、1日だけ楽しむことを許された。
Happy Halloween!!
でも、その1日とはあまりにも短すぎる。
「すみません、もう帰らなければいけないので……」
花は名残惜しそうにヌスクたちを見る。ヌスクたちは、ニコッと花に笑いかける。
「いや、楽しかった。ありがとう」
ヌスクは花の頭を今まで以上に優しく撫でる。ハーゼは急いで駆け寄ってきて、花の手をギュッと握る。
「花ちゃん! 来年もき……んー!」
ヌスクは泣きそうな顔でハーゼの口を塞いだ。花は、不思議そうに首を傾げる。シャーフはヴォルフの手をギュッと握って、顔を俯かしている。ヘクセとヴォルフは、いつも通りに花に笑いかけた。
「サヨナラ、マイネリーベ。……愛してるよ」
「バイバイ! 本当に楽しかった! クッキー、美味しかったよー!」
ヘクセは花をギュッと抱きしめ、ヴォルフは花の頭にキスをした。シャーフもポロポロと涙を流しながら、花を抱きしめた。シャーフの涙を見ると、花も少し泣きそうになる。
ヌスクはそんなヘクセたちを花から離す。
「じゃあ、元気でね」
ヌスクがニコッと笑うと、花も笑って頷いた。
「では、また」
花はそういうと、帰って行ってしまった。
ヌスクたちが館の中に戻ってくると、花がいた時とは比べ物にならないくらい静かなものだった。ヌスクは小さなため息をつくと、自分が飾られたいたところに向かう。ヘクセたちもヌスクの背を追いかけた。
「何で、来年も来てほしいって言ってはいけないの?」
ハーゼは少し不満げにヌスクを見上げる。ヘクセはハーゼの手を静かに取る。ヌスクはピタッと足を止める。
「あの子は人間だからね。人間でもない僕たちが強制的に時間をとってはいけないんだよ」
ヌスクは背を向けていて表情を見ることはできなかった。でも、拳を強く握りしめていた。ハーゼは、「なーんだ、ヌスクも来てほしいんじゃん」と、少し安心した声で呟いた。ヘクセは「意外と頑固だからね」と言って、クスッと笑う。ヴォルフは窓から見える月を見る。
シャーフはヴォルフと一緒に月を見ながら、首を傾げる。
「そういえば、ヴォルフ。君地味に告白……」
「うっせ!」
ヴォルフが一気に顔を赤くすると、ヌスクはフッと笑うとヴォルフの背中をポンと叩いた。ヴォルフは深いため息をつくと、月を見るのを止め、ヌスクに付いて行く。
「今日は、疲れた。まだまだ時間はあるけど、眠ろうか」
気づいたら、ヌスクたちは人形やぬいぐるみになっていた。すると、館の中は本当に物音が1つもしなくなる。ただの誰もいない館へとなる。
おやすみ。次のハロウィンまで……。
今年のハロウィンで続きを書きたい……