命がけゲーム 上
「あの館」
それはある大きな、そして古い洋風の館のこと。しかし、それは普通の館ではない。
「あの館」の扉は大抵は開かない。何をしてもだ。打ち破ろうとしても無駄。開かない。
でも、年に1日だけ、その扉を開くことが許される。
10月31日 ハロウィンの日
「あの館」に入りたいのなら、この呪文を唱えてごらん?
誰かいますか? Trick or Treat
それを言えば、誰でも簡単にその館に入ることができる。……でも、君は外に出ることができるかな?
ほら、今年も「あの館」に人間がやってきた。今年は、やけに早いご登場だ。まだ午後の1時。来たのは、中学生くらいの少女。少女はトントンとドアにノックすると、呪文を唱える。そう、時間なんて関係ない。あぁ、扉が開いてしまう。
扉の向こうはカーテンが全部閉められていて薄暗かった。そして、まだ若い、青年のものだろうか? 声が響く。
「ようこそ、僕らの館へ」
堂々とした声だった。きっと彼の表情は笑みを浮かべている。しかし、少女が館の中に入ると、青年の戸惑いの声が聞こえた。
パチン
指を鳴らす音が聞こえると、誰もいないのにカーテンが一斉に開けられる。でも、少女は何も動じなかった。むしろ、二階の方を見上げてニコッと笑いかけた。少女が見たところには、手すりに座って少女を見下ろしている青年がいた。銀色の髪に、青い瞳を持っいて、頭には王冠のようなものが乗っており、服装も外国の貴族が着そうな赤い服を着ていた。そして、背中にはレバーのようなものがついてある。
青年は深いため息をつくと、階段にも向かわず、その場から飛び降り、少女の所へ向かった。
「また君か、花」
「はい、1年ぶりですね。ヌスクナッカーさん」
「もう、ヌスクって略してもらって結構だよ。何で覚えてるのさ」
青年「ヌスク」は花の頭を撫でくり回しながら、呆れたように、でも少し嬉しそうな表情を見せる。少女「花」はえへへと幼い少女のように笑う。ヌスクの手がピクッと反応して、花の頭から手を外す。そして、花の手を引いてどこかに連れていこうとする。
「君って子はバカだね。どうなっても知らないよ、今年こそ……」
「あはは、今年も私が勝つので大丈夫ですよ」
花の自信満々な顔を見て、ヌスクは前を向き直し「どうだか」とボソッと呟く。
ヌスクが立ち止ったところには、大きな扉があった。扉には「Dining Room」と書かれた札がぶら下がっていた。扉を開くと、部屋の中にいた4人が一斉にヌスクと花の方を見る。
一番最初に反応したのが魔女の姿をした女性。少しパーマがかかった黒い髪に、赤紫の目を持っている。花の姿を見ると、すぐに花に抱き付きに行く。
「花ちゃーん! 去年ぶり―!」
女性は自分の頬を花の頬にすり寄せる。花も女性との再会に喜びの声をあげている。
「久しぶり! ヘクセちゃん」
2人が笑いあっていると、後の3人も花に近づいてくる。女性「ヘクセ」は他のものに取られないように、花にくっついた。しかし、灰褐色の髪に黄色の瞳を持った青年が、手でヘクセの顔を押して花から離そうとしながら花の右手を取ってキスを落とす。青年は狼の耳と尻尾を持っていた。
「会いたかったよ、マイネリーベ。今年こそ、君を俺たちと同じおもちゃにしてあげるからね?」
ヘクセはゾワッと鳥肌が立たせると、青年を花から引き離す。花はあははと苦笑いを浮かべる。
「ちょ、ちょっと! 花ちゃんを汚さないでよ、ヴォルフ!」
「はぁ!? お前こそ、そんな汚い体をマイネリーベにくっつけんなよ、ババア!」
青年「ヴォルフ」の言葉にヘクセはカァッと顔を赤くする。そして、花のことを忘れたかのように、ヴォルフを追いかけまわしに行ってしまった。
「相変わらずだな、あの二人は」
ヌスクが呆れたようにため息をつくと、2人を止めに入りに行った。
花がクスクスと笑いながらその様子を見てると、幼い男の子と女の子が一緒に花をギュッと抱きしめる。男の子は羊の耳とくるっと弧を描く角を持っていて、ふわっとしたベージュの髪に、綺麗な紅の瞳をしている。女の子は桃色の髪に同じ色のうさぎの耳をつけている。男の子と同じように紅の目を持ち、2人は一緒にニコッと笑う。
「いらっしゃい、疲れてない? 眠たかったら、僕を抱いて寝ていいよ」
「約束通り、今年も来てくれたんだ! 今日も一緒にパーティを楽しもうね」
男の子は花を抱いたまま、眠そうにあくびをしている。女の子は何か遊んでほしそうにうずうずしているようだった。
花は、この館には何度か来ているようだ。でも、どうやって館から出た?
花が初めてこの館に来たのは、まだ彼女が6歳の時。彼女はその時、操られたかのように館の中へ入ってきたらしい。どうしてかは、誰にもわからない。ともかく、彼女はヌスクたちに歓迎された。ヌスクたちは魔法でご馳走をたくさん出して、幼い花を存分に楽しませたそうだ。……でも、その後が問題だ。
Trick or Treat!
今度は、ヌスク達がお菓子をもらう番。お菓子をあげないと、イタズラで彼らと同じおもちゃにされてしまう。
でも、その時彼女は奇跡的に1つの飴を持っていた。数は足りなかったけれど、ヌスクたちも満足をしたらしい。だから、その日は無事に館から出ることができたのだろう。
2度目は、去年。今まで忘れていたのに、急に思い出したそうだ。この館に来ては、ヌスクたちとパーティーを楽しみ、その年はタッパーにクッキーを入れて持ってきたらしい。まぁ、お菓子を持ってこれば出られることを知ってるなら、簡単なことだ。
さぁ、花。今年はどうする? 彼らは同じことでは満足してくれない。今年は違う攻略策を考えないと、おもちゃにされてしまうよ。館に入ってしまった以上、逃げられやしない。
命がけゲームは、もう始まっている。
花は、男の子と女の子の頭を撫でるとクスッと笑った。すると、急にヴォルフが花の背負っていたリュックを開けて、中身を見始める。
「ちょっと、何してるんですか!?」
「そうだよ、ヴォル君! 女の子のカバンの中身を勝手に見たら、めーだよ!」
男の子がぷうと頬を膨らまして、ヴォルフを睨む。ヴォルフはハハハと笑いながら、男の子の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「去年みたいに、お菓子を出されると、またおもちゃに出来なくなるじゃん。シャーフも、マイネリーベとずっと一緒にいてほしいだろ?」
ヴォルフがニッと笑うと、男の子「シャーフ」は拗ねたように目を逸らしながらもコクッと頷いた。花はパァッと表情を明るくして、シャーフをギュッと抱きしめてやる。
「そりゃあ、花ちゃんを僕と一緒の抱き枕にして、永遠に僕だけとお昼寝してほしいけど……」
シャーフは、花に抱き返しながら真剣な表情で言う。
「し、シャーフ君。……でも、可愛いから許す!」
花はシャーフのもふもふの髪を撫でて、顔を和ませる。ヴォルフは、少しむっと不機嫌そうな顔になる。
「マイネリーベは、シャーフとハーゼに甘すぎるんじゃないのか?」
ヴォルフは文句を言いながらも、女の子「ハーゼ」の頭を撫でる。ハーゼは気持ちよさそうに、目を瞑る。花は「そんなことないですよー」と言って、笑った。ヴォルフは不満そうに花を見る。
「そんなこと、あるわよ!」
花は急な声に驚いて振り向くと、ヘクセが腰に手を当てて、不機嫌そうに花を見下ろしていた。花はヘクセに言われて、やっと考え始める。
「初めての頃からそうだったけど、シャーフとハーゼに構ってばっか! 私にも構ってよー!」
ヴォルフはヘクセに向かって「ざまぁ」と言って笑う。花はアハハと笑って誤魔化す。
「で、でも、ほら! 私、動物が好きだから……」
「俺も、動物なんだけど!?」
ヴォルフが慌てた様子を見せると、次はヘクセがぷぷぷと笑う。ヌスクはヴォルフを見て、少し心配する様子で見る。花はヌスクの様子を見て、ハッとして口を開く。
「あっ! 狼だからとかいうのではなく、ヴォルフさんと遊ぶのはもっと大人にならないと……?」
ヴォルフは、「ほぅ」と言ってニヤッと笑った。ヌスクとヘクセは、大人になった花と、ヴォルフを想像すると、サァッと顔を青ざめる。
「「絶対、大人になっても遊んじゃダメだ(よ)!」」
花は不思議そうに首を傾げる。シャーフとハーゼは、2人の大きな声に驚いて肩をビクッと上げた。ヴォルフは、ニヤァッと笑みを見せる。
「おやぁ? お二人さん、何を考えていたのかな? マイネリーベが言っていたのは、ポーカーとかそう意味だろ?」
「はい。去年教えてもらったんですけど、ヴォルフさん強すぎるし、まだ理解できなくって……」
花が恥ずかしそうに言うと、ヌスクとヘクセはカァッと顔を真っ赤にさせる。ヌスクは恥ずかしさに耐えられなくて、手で顔を覆ってしまう。ヴォルフはヌスクの肩に腕を回して、にししと笑う。
「まぁまぁ、お前もそういう年頃ってことよ。諦めろ」
「うるさい。……で? リュックに何が入っていたんだ?」
ヴォルフは「ん?」と言って首を傾げながら、ビニール袋を顔の横まで持ち上げてヌスクに見せた。花は、慌ててリュックの中身を確かめ、自分が持ってきたものだとわかると肩を落とした。
「もう、サプライズにしようと思っていたのに……」
深いため息をついている。ヴォルフはへへへと笑った。ヌスクは袋の中身を見て、首を傾げる。
「でも、これお菓子ではないぞ? これは……」
花は立ち上がって、ヌスクたちの所へ向かう。そして、袋の中に入っていたものを全部出して横一列に並べる。
「これは、皆さんのおもちゃ姿のサイズに合わせて作ってきたものです。帽子はヴォルフさんとシャーフ君とハーゼちゃん。スカーフはヘクセちゃんで、コートがヌスクさんとヴォルフさんのです」
それぞれ作ってきたものを渡すと、ポンっと今の自分たちのサイズに変えて身に着けた。
「わぁ! 花ちゃん、ありがとう! でも、何でヴォルフのバカだけ2つ?」
ヘクセは、少し不機嫌そうにヴォルフを睨む。ヴォルフはヘクセを睨み返しながらも、不思議そうに花を見る。
「ヴォルフさんは、耳と尻尾を隠してもらわないといけなかったので……」
花の言葉に、全員が首を傾げた。花は、パンと手を合わせると、ニコッと笑って首を傾げる。
「さて、皆で少しお買い物に行きましょう!」
「「「「「……へ?」」」」」
ヌスクナッカー(Nussknacker)……くるみ割り人形
マイネリーベ(meine Liebe)……愛しい人