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黒い記憶 連載形式  作者: K
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第四話 「さようなら」

広沢信二。

それが俺の旧姓だ。

日本の経済界でも名を轟かせている橋場家。

その橋場家の血縁関係に当たるのが我が家だった。

橋場家の長女であった母が平凡な会社員である父の元に嫁いだ訳だが、二人は決して橋場に頼る真似はしなかった。

今となっては記憶もほとんどないような幼い頃だが、父と母、姉と俺は幸せな日々を過ごしていた。

決して裕福な暮らしではなかったが、優しい父と母の面影は今も心に残っている。

そして大好きだった姉。

いつも姉に付き纏っていた記憶だけはよく残っている。

優しくて強くて、いつも俺を守ってくれていた姉だった。


だが俺が小学生になる前に悲劇が起きた。

一家で旅行中に事故に遭った。

原因は居眠り運転をしていたトラックの追突によりバランスを失った父の運転する車はガードレールを越え峠の下へ落下した。

今でもはっきり覚えているのは追突された瞬間の衝撃とガードレールを突き破った瞬間の父と母の叫び声。

そして峠から転落した車両からは二人の子供が救出された。

それが俺と姉だ。

後部座席に座っていた母は横にいた姉を抱き締め、助手席にいた俺は父に抱かれていたそうだ。

二人が身を挺してくれたおかげか、姉は胸に大きな傷を負ったものの死を免れ、俺は父の大きな背中によって守られ軽症で済んだ。

しかし残された俺達には何も無かった。

思い出の詰まった家も、家具も、何もかもが無くなっていた。

俺達に選択肢など与えられる間も無く姉は父方の親戚の家へ、俺は母方の実家である橋場家に引き取られた。

その時から俺の悪夢は始まった。

小学校に入ってからもショックから立ち直れない俺は良いイジメの的だった。

それに対して名家の看板を汚すなと義父や義母からはよく叱られたものだ。

そして小学校高学年になる頃には実の両親の死を受け止め、必死に遅れた分の勉強に励んだ。

決して自分のためではなく、新しい両親を喜ばせるために。

それが俺に出来る最良なことだと思っていた。

でも両親は一度も喜ぶことはなかった。

それを自分の努力不足だと言い聞かせ、親を喜ばせるためなら色々とやってきた。

それでも俺は…最後まで認められる事はなかった。

むしろ頑張っている俺が目障りなのか、段々と俺への風当たりは冷たくなった。

俺と比べて実の息子である義兄の成績が伸び悩み、その怒りは全て俺にぶつけられていた。

暴言は当然のこと、時には暴行も受けていた。

酷い時は入院させられたことだってある。

だけど俺は諦めなかった。

有名な大学に入学した。

そして大学で生まれて初めて恋人が出来た。

家では苦しい日々だけど、大学での生活は実に充実していた。

大学で頑張って、良い仕事に就けば認めてもらえるかもしれない、そんな夢を描いていた。

しかしそんな夢はあっさりと打ち砕かれた。

橋場の家に来てから付き合いのあった木島。

どうやらこいつは昔から俺の監視役だったようだ。

そして同じ大学だった木島は俺の大学生活の全てを親へ報告していた。

この男がそこまでする理由は唯一つ。

橋場の力を借りたかったからだ。

そんな自己保身のために俺は売られた。

俺の大学での充実した日々を聞いた親は俺を憎んだ。

それも当然だ。

実の息子は大学にすら入れなかったのだから。

そして橋場の家は鉄砲玉を雇った。

多額な報酬で裏世界の人間を雇ったのだ。

その鉄砲玉によって…橋場という力と親友だったはずの木島のせいで恋人は殺された。

表向きには犯人の突然の凶行によるものと報道されていたが俺は事件後、犯人からの手紙によって真相を知ってしまった。

それから大学は何とか卒業したものの、絶望に閉ざされた俺は無気力な人間になった。

毎日何をするでもなく、僅かな食料と水分だけ摂取して生きるだけの日々。

そんな俺を見兼ねたのか、あるいは計画通りだったのか分からないが、ある日突然義父に言われた。


「もう死んでくれ」


そして義父から手渡された薬。

一瞬理解出来なかった。

だが、その時の俺は不思議と笑いが込み上げた。

これで終わることが出来る、と。

数日後の深夜、見知らぬ土地の建物の非常階段に俺は座り、夜景を眺めながら煙草を吸っていた。

これが最後の現世。

別れを言う人などいない。

親から渡された薬は毒だ。

飲めば数秒後に死に至れる。

だがそんな終幕は嫌だった。

最後の最後まで奴らの思い通りになるのは癪だった。

終幕ぐらい、自分で幕を下ろす。

薬をポケットの中にねじ込み、煙草を吸い終える。


「結局…新しい煙草ほとんど残っちゃったな…」


力なく笑うと俺は静かに目を閉じた。

最後に生き別れた姉の幸せを祈る。


「…さようなら」


この世に別れを告げ俺は体を空へ放つ。

落下感を味わうのも一瞬で、俺は何かにぶつかった。

叩き付けられるのではなく、ぶつかったのだ。

驚き目を見開くとそこにはよろめいた鳥がいた。

漆黒の闇を翔る鳥が俺の体に直撃したようだった。

鳥はよろめきながらも何事も無かったかのように羽ばたいて行く。

こんなことがあるものなのか…そう思っていると鳥にぶつかった衝撃で落下地点は予想から相当ズレていた。

下を見るとそこには大きな木が生えていた。

このままでは死ねない…そう思った瞬間に俺は恐怖を覚える。

咄嗟に体を丸め木の茂みに落ちて行く。

落下しながら体の数箇所を枝にぶつけた。

その途中、一本の太い枝が額に直撃した瞬間に俺の意識は途切れた。

そして記憶喪失。

今にしてみればこれは現実逃避したいという俺の衝動から起きたように思える。

消し去ってしまいたい程の黒い記憶。

人間の脳は意外と便利に出来ているらしい。

本人が激しく望めば、記憶が書き変わる事だって起こり得る。

当然望む一部の記憶を失うことだって可能だだろう。

きっと俺も忘れたかったのだろう。

現実を、自分を、橋場の名前を。




ずぶ濡れになって俺は雪希の家に戻る。

しかしここにももう長居は出来ない。

置手紙だけでも残して行こうと俺はずぶ濡れのまま居間に上がる。

明かりがついていないことから雪希はまだ帰宅してないようだった。

タオルを手に取り、滴る水滴を拭き取ってから俺は紙とペンを探し始める。

しかし暗くてよく見えないため、仕方なしに俺は居間の明かりをつけて物色し始める。

雪希が戻って来る前に終わらせなくてはいけない…。

そう思い焦っていると、後ろから突然声をかけられた。


「…帰宅して早々、何を探してるの?」


驚きのあまり後ろを振り返るとそこには部屋着に着替えた雪希がいた。


「な…何で…」


「何でって、ここは私の家でしょ。中々帰ってこないからちょっと一眠り…

ふぁ…」


いつもより帰って来るのが早い。

しかしそこで今朝のやり取りを思い出した。


「まったく…何を探して…ってちょっと! あんたびしょ濡れじゃないの…!」


驚いた様子で雪希は俺が持っていたタオルを奪い取り、ガシガシと頭を拭いてくる。

成すがままにされていた、そんな普段通りの雪希の様子を見て涙が込み上げてきた。


「ご…めん…」


俯き表情が悟られないように呟く。

雪希もあえて表情を伺うことなく、頭を拭く手が優しくなった。


「…どうしたの?」


「…記憶が…戻った…」


「そっか…良かったじゃない」


次に伝える言葉が思い浮かばなかった。

今すぐ出て行くことを告げなければいけないはずなのに、どうしても伝えられない。


「やっと…会えたね」


「…え?」


悩んでいると、今まで聞いたことのないような優しい口調で雪希はそう言った。

しかしそれよりも言葉の意図が分からずに俺は混乱する。


「信二、でしょ」


名前を告げられた途端俺はさらに混乱した。

雪希が俺の名前を知っているはずがない。

記憶をいくら辿っても雪希と出会ったこともない。

だとすると雪希も実は橋場と繋がりのある人間なのだろうか。

何が何だか分からなくなっていた。

しかし困惑してる俺の様子を察知してか、雪希は変わらず優しい声で続けた。


「ゆき姉…って昔は懐いてくれてたのにな」


そこで俺の記憶に引っかかる部分が浮き上がった。

ゆき姉。

それは俺が姉と生き別れる前に使っていた呼び名だ。

それを知っているのは俺の幼少期を知る者、つまり実の家族だけだ。

まさかと思い、俺は俯いていた顔を上げて雪希の顔を直視する。


「嘘…だろ…ゆき姉…」


「何年ぶりだろうね…。もう二十年近く経つのかな…?」


信じられなかった。

こんな奇跡が起こるものか?


「世の中って意外と狭いんだなーって思ったよ。まさか道端で倒れてるのがよりによって生き別れた弟なんてね」


そう言う雪希の目からは涙が溢れていた。

その涙を拭おうともせず、タオルで俺の頬を優しく包んでくる。


「ずっと会いたかったよ…」


その優しい微笑みを前に俺は何も考えず彼女を抱き寄せキスをした。

雪希はそのまま俺の頬を包みながらキスに応えてくれる。

互いの唇が深くまで重なり、互いに求めるがまま舌を絡め合う。

俺達は血の繋がった姉弟だが、そんな事は気にならなかった。

姉と弟としてでなく、男と女として再び出会った。

それから今まで築いてきた感情は姉弟のそれではない。


「ん…弟とこんなキスしちゃった…」


「今更雪希を姉としては考えられないけど…」


「ずっとお姉ちゃんしてなかったからね…また昔みたいにお姉ちゃんに甘え

ていいんだよ?」


「ははっ…ゆき姉ぇーって?」


「あ、それちょっといいかも」


さっきまで出て行こうと考えていたことがすっかり頭から消えていた。

この奇跡的な再会が俺の黒い記憶を全て吹き飛ばしていた。

何よりこの世にはもういないと思っていた理解者が、まだここにいた。

彼女なら分かってくれる、きっと答えを教えてくれる、そんな期待が胸に満ちていく。


「ゆき姉…じゃあ一個だけ甘えてもいいかな」


「ん、なぁに?」


「俺は…生きていて良いのかな…」


その質問の返事に唇を塞がれた。

先程のように情熱的ではなく、撫でるような優しいキス。

それが雪希の答えなのだろう。

俺は…生きていていいんだ、彼女の側にいても…いいんだ。


「この世にね、生きてちゃいけない人なんていない」


「でも俺は迷惑を…下手すれば雪希の命に危害が及ぶかもしれない」


「一緒に事故に遭って、私達だけが生き残った。信二は私にとって世界で最

後の家族…。もう…一人にしないでよ…」


「…いいんだね?」


「それ私が昨日聞いた。そして信二は選んでくれた。姉弟だっていい、一緒

にいられるのならもう何もいらない」


そう答える彼女は曇り一つ無い笑顔だった。

その顔を見て、俺も顔が綻ぶのが分かった。

もう一度彼女の体を強く抱き寄せる。

こうして誰かを愛したかった、誰かに愛されたかった。

愛というものをこの身で感じていたかった。

橋場の家にいる間も姉のことは忘れていなかった。

だが、広沢の家に関わることは厳禁とされていたし、広沢の家も橋場の家は快く思っていなかったため姉と連絡を取る手段も無かった。

それからの悪夢のような日々で俺は自分がこの世に一人きりだと勘違いしていたが、そうではなかった。

ずっと、生き別れてからも今まで俺を想ってくれていた家族がいる。

その家族が今では恋人として俺を愛してくれている。

それだけでもう十分だ。

橋場の家に愛を求めていたが、今となってはもうどうでもいい。

今俺に出来る事はこの腕の中にいる女性と一緒に生きていくことだ。


「辛かったよね…何もしてあげられなくてごめんね…」


「いいんだ、お陰でこうして再会出来た」


「そうだね…。木島君にもちゃんとお礼言っておかないと…」


「木島…何で雪希が知って…」


「信二が橋場の家に行ってからのこと…全部教えてくれたんだよ?」


馬鹿な…何故あいつが雪希の存在を知っている。

第一何故そんなことを雪希に…。

あいつは俺を…


「木島君ね、信二を助けたいって言ってた。恋人の話は…木島君も凄く苦しんでた。自分のせいでって…」


嘘だ、あいつは橋場の力が欲しくて…自分の将来のために…


「だから橋場の家に取り入って、色々情報収集してたみたい。信二はさ…恋

人が死んだ事件の真相…犯人からの手紙で知ったんだよね」


「何で…そこまで…」


「あれね…木島君が信二に知って欲しくて自分で書いたんだよ」


容疑者の男から俺宛に謝罪の手紙が届いたと、木島に渡された。

そこには事件の、橋場の真相が、男の自供とも取れる内容が書いてあったのだ。

木島は由香里の友人だったこともあって、容疑者と面会をし、その際に手渡されたと言っていた。

すでに男には有罪判決が下されており、事実由香里を殺したのは男で間違いなかったものの、俺自身憔悴しきっていて犯人それ以上をどうこうしたいなんて思いはしなかった。

しかし今考えてみれば確かに容疑者が警察への証言と異なる事実を俺にだけ手紙で話すというのはおかしな話だ。

その手紙の真相は犯人から俺へ宛てられたものではなかったのだ。

事実を知る木島が耐えられなかったか、はたまた俺への罪滅ぼしなのか…何れにせよ容疑者ではなく木島から俺への謝罪文だったという訳だ。


「彼は色々調べていくうちに私の存在を知った。でも広沢の家にいる私には何も出来ない…だから自分が架け橋になるって…」


「じゃあ…俺は今まで…」


昼の出来事を思い出した。

雪希の話が本当だとすると…俺はあいつに…。


「木島に謝らないと…」


「うん、でも大丈夫だよ…。信二のことは私よりも彼のほうが分かってるから…」


何だ…俺は昔から一人じゃなかったんじゃないか…。

家族と…親友に見守られていたんじゃないか…。

俺の目から大きな涙が溢れ出し、その場に崩れ落ちた。

自殺なんて…バカじゃないか…。

それこそあいつらの思い通りじゃないか…。

俺は…雪希と木島の気持ちを裏切ろうとしてた…裏切り者は俺じゃないか…。


「もう…絶対死んじゃ駄目だから…」


崩れ落ちた俺を胸に抱きかかえる雪希の声が震えていた。

それはまるで命令というよりも懇願しているようだ。

今まで縛り付けられていた心が解放されたようだった。

溢れ出す涙は悲しみよりも喜びへと変わる。

愛されている喜び、愛せる喜び。

闇に閉ざされた世界が色をつけ、生きているという実感を噛み締める。


「絶対…死なない…俺は生きる…最後まで生きる…」


力強く雪希に抱き付く。

昔のように、姉に縋る弟のように俺は泣きじゃくりながら抱き締めた。

そして雪希は俺が泣き止むまでずっと抱き締めてくれていた。




これで終わった訳じゃない。

全てを終わらせるには橋場の家との決別が必要だ。

穏便に済むとは思えないが、不思議と恐怖や不安は無かった。

それは俺を支える人達の存在があるから。

だから俺は数日後、自らの意思で橋場の家へ戻った。

義兄は相変わらず部屋に引き篭もっている様だったが、構わず俺は義父と義母と対峙する。


「…今まで何処にいたの?」


「何処でも…いいでしょう。俺が死ねばそれで…」


「でも生きてるわね」


早速とんでもないやり取りだった。

今までのように遠回しなやり取りではなく、直球だった。

どうやら今回の件で確実に死んで欲しかったようだ。


「…死ねなかったんです」


「私は死ね、と言ったはずだ」


義父が威圧的にそう言い放つ。

最後の最後まで持っていた微かな希望が今完全に失われた。

どうやら俺の居場所をここで見出す事はもう不可能らしい。


「死ねなかった…。飛び降りたけど…助かってしまって…」


「薬を渡しただろう、何故飲まなかった?」


「………」


「…この能無し」


「死ぬことすら出来ないとはな…」


「どうして私達を苦しめるのよ…あんたのせいで勇介は駄目になってしまっ

て…」


勇介…それは今も尚引き篭もってる義兄のことだ。


「この疫病神! あんたなんて家族全員で死んでおけば良かったのよ!」


家族のことを言われ一瞬怒りが込み上げて来た。

しかし家族はまだ生きている。

俺にはまだ雪希がいるんだ。


「…大丈夫、もうこの家からは出て行くから」


「当然だ、お前の面など見たくもない」


「この家の子だった事実が残っているだけでも忌々しいわ…」


ここまでくると笑えてしまった。

どうしてこの人達はここまで俺を嫌うのだろうか。

だがそんなことはもう今となってはどうでも良かった。


「…じゃあ、俺は荷物まとめて行くよ…。さよなら…義父さん、義母さん。今まで…ありがとうございました」


「………」


誠心誠意、今まで育ててくれたことを感謝する。

嫌われていたし、酷い扱いもされてきたけど…ここまで生きてこれたのは両親のお陰だ。

雪希と出会えたのも両親のお陰だと考えれば、感謝の気持ちが沸かないはずがない。

俺は今度こそ最後の別れを告げる。

最後に振り返ってみると、両親は今にも俺を殺してしまいそうな…そんな目を向けていた。

使い慣れた自分の部屋に戻ると早速荷物をまとめる。

橋場の家に来てからの日々を思い返すが、今となっては良い思い出だ。

手帳やお気に入りの服など、必要最低限の荷物をカバンに詰め込む。


「……………」


しかしその様子をドアの隙間から義兄が覗いていた。


「…義兄さん?」


「………」


俺が頑張れば頑張る程落ちていった兄。

部屋に引き篭もり続けたせいで体は醜く肥え太り、心も歪みきっていた。

伸びきって乱れた前髪から垣間見える双眸から伺える感情は憎悪しか感じ取れない。

失礼ながらも、そんな奴がドアの隙間から覗いているとどうしても不気味さが拭えなかった。

だが俺は気にせず作業を続けていると、ふと独り言のような小さな声が耳に届く。


「お前なんて…死んでしまえ…」


「………」


俺は義兄に目を向ける。

その醜い姿…見ていると何だか哀れに思えてきた。

何故あなたはそこでそんなことをしているのだ。

橋場の家を背負って立つ男が、こうして燻っていていいのか。

俺に叶えられなかった夢…あなたなら叶えられるのではないか。

しかし俺は何も発することなく、見捨てるように視線を逸らし荷物の整理を続ける。


「…っ…ぎぃっ……!!」


それが癪に障ったのか怒りを露にするが、そのまま自分の部屋へと戻っていった。

結局…最後まで兄弟らしいことも出来なかったな…。

しかし因縁やしがらみを頭から振り切る。

これからが始まりなんだ。

気持ちを切り替え、まとめた荷物を持って駅まで歩いていく。

この橋場の家から雪希の住んでいる家までは電車を使えば大した距離ではなかった。

最初は重かった足取りも、これからの事を考えると少しずつ軽くなっていく。

今までの橋場家での日々を思い出しながら歩き、駅に到着すると改札の前に見知った男が立っていた。


「終わったのか?」


「…うん」


木島だった。

どうやら雪希から連絡がいったようだ。


「これからも大変だと思うけど…頑張れよ」


「木島…あの…俺…」


「…俺はお前の親友だぜ? 細かいことは気にするなよ」


「ありがとう…」


「それより…悪かったな、俺は結局お前のために何も…」


笑っていた木島の表情が曇る。

それは自責の念に駆られているようだった。


「…仕方ないさ。お前は頑張ってくれた…勘違いしてた自分が恥ずかしい」


「でも…」


「細かいことは気にするなよ、俺達は…親友だろ?」


その言葉に木島の表情が和らぎ、いつもの笑顔を取り戻す。

差し出された木島の手を俺は強く握り締める。


「姉ちゃんと…彼女と幸せにな」


「あぁ…また一緒に遊ぼう」


俺達は笑みを交わすとそこで別れた。

それから数時間後。

新しい我が家に帰り、出迎えてくれたのは最愛の彼女だった。

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