心は叫ぶ 五
まことが伊織の家に着いたのは午後3時半あたりだった。
寄り道もせず、最短の道を走って帰ってきたのだからそのくらいの時間になる。
息は、苦しかった。
走って来たから、それだけでは無い。胸が、心臓が絞られるような、心を締め付けられているような苦痛。今すぐ泣き出したくなるような気分で目の前のインターホンに手を伸ばす。
呼び出し音が鳴る。
返答は、無い。
不安がいっそうに高まる。それを誤魔化すように、再び押す。
やはり返答は無い。
ふとよぎる“怖い”と言う曖昧な感情。
とたんに胸が苦しくなる。吐き気を覚える。
その苦しみを堪えるなか、彼女は家の中に入る決心をした。
この目で確かめないと。
予兆も無く生じた決意。だが、そうしないと安心できないのも確かで、だからこそ彼女は玄関のドアのノブに手をかける。
取っ手をひねると、あっさりとドアが開いた。
鍵はかかっていなかった。
「いお? 伊織? 私、まことだけど…。伊織?」
家の中に入ると、むしろきれいにされている空間に言いようのない気味の悪さを覚えた。
経つ鳥跡を濁さず。ふと浮かんだ、その言葉を今から死のうとする人間の話に当てはめる。
それは、あまりにも現実的なイメージとなって彼女のの脳内に流れる。
ダメ!
彼女は真っ先に彼の部屋へと駆け込んだ。
誰もいない。
どこ? 早く見つけなきゃ!
気持ちが焦る。
どこ? どこなの伊織!?
泣きそうになりながら、駆ける。不格好な足音を立てながら、不安をかき消したくて、伊織を見つけたくて。
その時、妙に生々しい、“生きている感じがする”鉄臭さが彼女の鼻をかすめた。
え? 足を止め、周りを見渡す。
彼女はリビングにいた。
鼻をすすり、その臭いをたどる。
それはすぐに見つかった。
「伊織!!!」
台所の隅っこで、血の気が失せきった彼が横たわっていた。
右手に包丁を握り、左手首から鮮血を流しながら。