心は叫ぶ 四
もう一杯一杯だった。
生活は何とか回せる。バイトだってしてるし、お金は何とかなった。何ともならなかったのは、辛さと苦しみ。この2つだけはどうにも出来ず、ずっと持て余したままだった。
そうして持て余しているうちにも、ぶくぶくと膨れあがっていくのを感じて、もう彼には耐えるだけの心すらほとんど残っていなかった。
彼の心を縛り付け、幸いにも保たせていたもの。
和宏の遺言。
「何があっても自分にだけは負けるな」
そして、それは同時に彼の逃げ道も奪っていた。
不幸。ただその一言に尽きる。
伊織は、ここ最近のことの時間系列があやふやになっていた。どの出来事が、いつ起こったのか、正確に覚えていない。思い出せない。ただ、出来事だけを覚えている。それが、彼にとって苦痛だった。思い出せない。現実である実感が無い。
それに輪をかけて彼を苦しめているものがある。即ち、不眠。
寝れないのだ。
それがどれだけ身体に苦痛を与えるのか。筆舌に尽くしがたいものとしか言いようがないものである。
もはや、今の彼には学校に通うという体力はおろか、今後を、明日を、今を生きる気力ですら希薄になっていた。
父の言葉は思い出せなくなっていた。
彼のひびだらけの心は、もはや原形すら留めていなかった。
「…タイ…。…ニたい……」
死にたい、今すぐ。楽になりたい、今すぐ。
彼の手は、キッチンで乾かしている途中の包丁に伸びていた。