心は叫ぶ 三
追い詰められた動物は、基本的に狩る側の身でさえ思いも寄らなかった攻撃行動に出ることがある。窮鼠猫をかむ、とはまさにこのことで、つまり下手に追い詰めると足下をすくわれかねない、と警告しているわけだ。
むろん、基本的には、である。つまり例外も無いわけでは無い。
ちなみに、その例外とは、現在確認されているうちでは人間のみが行うとされている。
桜の花も散り、若緑の葉が茂る季節。生徒達は、地に降りた花弁達を踏みながら校舎へ向かう。
その日も、人の群れの中に伊織の姿はなかった。
今月に入って、伊織はたびたび学校を休むようになっていた。学校側も、その周囲も“あんな事があったんだ、今更だがまぁ仕方ない”で納得していた。してしまっていた。
まこともその1人だった。
あんな辛いことがあってそれでも我慢してきてたんだもの。今になって休んじゃうのも無理ないよね。
そう納得してしまっていた。
そもそも、たまに休む程度であって、連続で休んでいたわけじゃ無い。だからこそ、心のどこかで安心はしていたのだ。
立ち直ろうとする意思はあるんだ、と根拠も無く思い込むことで。
だが。
最近の様子は、明らかにおかしかった。
今週に入ってからだった。
月曜、火曜、水曜…。必要最低限の連絡を入れはしてくるが、彼はとうとう学校に姿を見せなくなっていた。
何があったんだろう、その疑問が収束も見せずただ広がっていく。
月曜日の様子はまだ良かった。火曜日から徐々に、悪い方向に話が飛躍して行っていた。
実はクスリに手を出したんじゃないか? 実は休日中に録音と自動再生機能だけ設定して、もう死んでるんじゃ…
椎名伊織と言う、名前と顔しか知らないクラスメイトのことだ。プラスマイナス0の立ち位置の人間に、少しでも負の要素が絡めば、勝手に悪い方向の噂が着いてくるのは致し方のないものだった。
そしてそれは、否応なしにまことの耳にも入ってくる。
たしかに、まこともその不安は抱えていた。
ここ最近の毎晩、自分を安心させるためもあって、伊織に連絡を入れるようにしていた。
会話は何でも良い。ただ、彼の声を聞いて安心するためだけに。
たが、彼の声は、日に日に儚くなっていっていた。
そのことが、彼女を逆に不安にさせていた。
そして、悪い噂というのは大概当たる確率が高い。
木曜の放課後、不安に耐えきれずにまことは伊織の自宅へと向かった。何も悪いことが起きませんように。そう心の中で唱えながら。