特大のひび 前
「6組に入ることになりました椎名です。趣味は…特にはありません。皆さん、この1年間よろしくお願いします」
そんな、何ら特徴も無い自己紹介をしたのが春だった。
椎名伊織。
和宏と最期の約束を交わしたのは、もう6年も前のことになる。
それだけ時間は経過しているのに、伊織はまだ父との約束を、自分の解釈したままの意味で守り続けていた。
守り続けて、もうすぐ7年目になりそうな時期。高2の冬。
教室の外に、雪が降っていた。
「いお~、今日帰りにちょっと遊んでいこ?」
彼のことを「いお」と呼ぶのはこの世にただ1人しかいない。
藤宮まこと。
小学3年生の頃から伊織と腐れ縁の仲の少女である。
「今日は何?」
面倒臭そうな態度を取りつつも律儀に相手をするのは、長年の付き合いからくるものだ。
どうあがいたって構ってくるのだから、もう諦めて相手するしかない。それを悟ったのは彼らが知り合ったばかりの小3の時である。
「まぁ、遊ぶって言うのはどうでも良いんだけどね。お母さんに買い物頼まれちゃってさ、1人で行くのもつまんないし」
だからつべこべ言わずに私に付き合いなさい。彼女はそう言って無理矢理伊織の制服の袖を引っ張った。
「分かった、分かったから少し待って」
開けていた学ランの第一ボタンをとめて、彼は席から立ち上がった。
窓の外には、雨の日ような気分にさせる雪が降り続けていて。
「寒いんだろうな」
そうぼやいて、彼はバックから取り出したマフラーをきつめに巻き付けた。
何故か落ち着かない心を誤魔化すように、教室を後にした。
校門を後にしてから、彼はまことに引っ張られるようにして(実際引っ張られながら)学校の通学路を歩いていた。
彼女の目的地であるスーパーは通学路の途中にあり、そして伊織とまことの通学路はほとんど一緒である。
「まこと…まこと! あんまり引っ張らないで。袖ボタン取れちゃうから」
引きずられながら伊織が訴える。
「取れたら取れたで私がつけ直すし、良いの!」
上機嫌な様子でそう返されるのだから、彼としてもそれ以上に強く出ることが出来ない。
やっぱり仕方ないか、そう諦めて彼はされるがままに引きずられることに決めた。