元凶
色々な思いを、一言にして口にする人間は数多といる。
椎名和宏。彼もまたその1人であった。
彼は、自衛隊病院のベッドの上で最期を迎えようとしていた。
「いいか、伊織」
チューブに繋がれたまま息子の名を呼ぶその声は、かつて現場で活躍していた自衛官とは思えないほどに弱り切ったものだった。
乾ききった唇が精いっぱいに思いを伝えようと、動く。
「何があっても、どんなに辛くて苦しいことがあっても、絶対に自分に負けるな。約束、できるな?」
僅かな筋肉しか残していない腕を持ち上げ、節くれ立った小指を息子、伊織の胸の前まで伸ばした。
伊織は、ただ不安げな表情のまま、それでいて一生懸命父親の言葉を理解しようとしながら少年の頼りない小指を、差し出された小指に絡めた。
指切りげんまん、嘘ついたら針千本、飲~ます…
なじみのある約束の儀式。
父と息子の最期の約束が交わさせれる。
ただ、何よりも不幸であったことは、和宏が言葉に込めた意味。それが伊織に伝わらなかったこと、そして伊織が言葉通りに解釈してしまったこと。
最後の最後で、父の親心と、まだまだ幼い息子の心が擦れ違ってしまったことである。
和宏はこう伝えたかったのだ。
弱音を吐いても構わない。辛いときに泣くのも良い。ただし、どんなに辛くて苦しいときでも、自分を見失うな。
本当に不幸なことは、幼く、幼いが故に純粋だった伊織にその心が届かなかったことである。