第六章(終章)
【鹿島】
そして、菜々さんも然り、
お二人には、毎月まったく同じ時間に欠かさず来る、
管理人のことがどうしても許せなかった。
なぜ、その几帳面さを、
釣り船の整備に施してくれなかったのか、
毎年、来られるたびにその思いがぶり返し、
むしろ、そっとしておいてほしかった。
私は、本当に残念です。
菜々さんの推理作家の才能と釣りの腕前と、
静子さんの柔道の技が、
このような復讐劇に使われてしまったことが。
『歯ぎしり刑事』シリーズの一ファンとして、
私自身の目で、その事実を確かめなければならなかったことが。
【菜々】
そ、そんな…
最初から、鹿島さんはすべてご存知だったのですね。
そして今も、何の罪もない松井さんまで巻き添えにしてしまった。
しかし、こうなったら仕方ないわ。
【ナレーション】
菜々は倒れている松井を見て、
取り返しがつかないことを悟り、
落ちた果物ナイフを取ろうとした。
【鹿島】
菜々さん、大丈夫ですよ。
松井は、毒の入ったお茶は一滴も飲んでおりませんから。
【静子】
えっ、でも…
足が痺れたとフラフラされて…
【松井】
う〜ん…
【ナレーション】
そのとき、松井は目を覚ました。
【鹿島】
いえ、あれは違います。
松井は、元々正座が苦手でして、
短時間でも座っていると足が痺れ、
よく倒れるのです。
静子さんは柔道の高段者のようで、
松井はすでに毒が回っているから、
すぐに亡くなると勘違いされ、
絞め技も必要以上に
力を込められなかったのも幸いしました。
ほら、この通り、
静子さんの手加減のおかげで、
気絶程度で済んだようです。
松井もこう見えても警察官ですから、
柔道の絞め技には普段から耐性もあります。
【松井】
もう鹿島さん助かりましたよ。
外出時には小便が近くなるから、
捜査のときには、お茶など出されても、
飲んだふりだけにしろと、
普段から、こっぴどく言われていたおかげです。
【鹿島】
こら、松井。
そもそも、私がトイレに行った時点で、
おまえにも意味が分かったと思っていたのだが、
正座で足が痺れるなんて、
警戒心がないのはうかつだろ、
帰ったらまた説教だ。
【松井】
鹿島さん、もう勘弁してください。
【鹿島】
許さん!
まあこんな部下ですが、
菜々さん、あなたの小説には、
私や松井を含め、たくさんのファンがいるのです。
どうか罪をつぐない、
また新たな作品を書かれる日を待っております。
しかし、『歯ぎしり刑事』7巻の釣竿のトリックを
逆手にとった今回の事件は、
私にも最初は確信が持てませんでした。
菜々さん、あなたが目を輝かせながら、
今回の事件について、数々の推論を披露されていた様子がなかったら。
【ナレーション】
静子と菜々は涙を流し、鹿島と松井に深々とお辞儀をした
【ナレーション】
夕食時の商店街に、パトカーのサイレンがこだましていく。
このストーリーの、
ボーカロイド(ギャラ子、ZOLA、GUMI、杏音鳥音)
による朗読の動画は、
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活字で読んで、音声で聴いて、
どちらでもお楽しみください。