第五章
【鹿島】
菜々さん、あなたは先程犯行現場は
別の場所ではないかと言いましたね。
しかし、犯行現場は実はこの岬豆腐店の前、
血の痕のあった場所だったのです。
もし別の犯行現場から遺体を移動すれば、
あのようにコロッケの形が綺麗に残るはずがない。
最初からコロッケが落ちていたところに
偶然、被害者が倒れ、
あのような形に痕が残ってしまった。
殺害後、あなたたちが遺体を二階から釣竿で吊り上げている最中、
野良犬がまた戻ってきた。
しかし、店先のあなたたちに気づき、
野良犬はコロッケを諦め逃げていった。
そして、道路に残ったコロッケを見つけたあなたたちは、
コロッケを遺体と一緒に近くの雑木林に埋めた。
しかし、戻ってきた野良犬は、
コロッケの残り香を辿り、
遺体を埋めた場所を見つけ、
途中まで掘り返し、
コロッケだけくわえて去っていった。
付近の捜索の際に、その掘り痕から、
偶然遺体が発見され、遺体の身元もすぐに判明しました。
遺体の衣服からは、楕円形と一致する位置に、
コロッケの成分も検出されました。
偶然、落ちていたコロッケ。
偶然、その上に倒れた被害者。
偶然、その場にいた野良犬。
いくつもの偶然が重なり、
本来なら発見までに時間がかかるはずの遺体が、
すぐに見つかり、身元も判明しました。
そもそも、なぜ血の痕を、洗い流さずに残されたのか。
菜々さん、
あなたが楕円形の痕を見つけてしまったがために、
当初の計画にはない別のストーリーを創作し始めた。
しかし、そんな菜々さんの気持ちに気づけなかった静子さんは、
当初の計画通りに、血の痕を水で洗い流そうとしたが、
菜々さんに止められた。
本来なら、静子さんの行動通り、
さっさと血の痕は洗い流しておくべきだった。
もしそうなら、コロッケの匂いを辿り、
野良犬が遺体を掘り起こすという
偶発もなかったかもしれません。
しかし、菜々さん、あなたはそれをしなかった、
いや、できなかった。
【静子】
菜々…
【菜々】
お母さん…ごめん。
【鹿島】
ところで、亡くなった被害者は、
ご主人の釣り船の日常の管理をされていた方ですね。
釣り船の管理人は、自分の整備の不行き届きのせいで、
ご主人を事故に巻き込み死なせてしまった。
その後悔の念から、毎月欠かさず、
ご主人の命日には、お宅にまで来られていたのです。
しかし、たとえ、
その管理人が後悔の念にさいなまれていても、
あなたたちには、どうしても許せなかった。
元々、ご主人とは疎遠になりがちだった静子さんには、
ご主人が亡くなったことよりも、
そのことで、娘の菜々さんが当時絶好調だった
執筆活動を辞めてしまったことのほうが、
どうしても許せなかった。
それが、静子さん、あなたの第一の動機ですね。
(第六章へ続く)