第四章
【ナレーション】
うなだれた菜々を尻目に、静子は鹿島にたずねた。
【静子】
せっかく、ここまで上手くいっていたのに…
なぜ気づいたの?
【鹿島】
静子さん、
あなたが絞め技が得意な柔道経験者だということも、
玄関先であなたの餃子耳を見たときに気づいていました。
そして菜々さんがご主人と同じくらい、
いや、それ以上に釣りの名人だということも、
この『歯ぎしり刑事』シリーズの7巻をみれば周知の事実でした。
ご主人の数々の魚拓の釣果と、
菜々さんの小説に出てくる釣りの題材では、
釣れる魚のサイズも、釣りの道具もまったく異なります。
あれだけリアルに小説で表現するには、
菜々さんご自身の経験に他なりません。
そして、先程トイレの合間にお店を拝見しました。
本来ならあるべき店内の陳列棚の商品も一切なく、
水槽の中も綺麗さっぱりでした。
裏口にも、普段なら置いてあるはずの
業者が回収にくるオカラもなく、
まるで、今日は事件がお店の前で起こり、
臨時休業になるのが、
最初から分かっていたかのような状況でした。
後ほど鑑識が来れば、
遺体を一時的に隠していた水槽から、
ルミノール反応も見つかることでしょう。
ご主人の釣りの道具も、
すべて、形見分けされたとおっしゃっていましたが、
家宅捜索が入れば、
人間一人二階の窓からから吊り上げ、
店先まで移動して下ろすことができる、
菜々さんの釣り竿一式も見つかることでしょう。
菜々さん、あなたの最大の失敗は、
楕円の痕を見つけたときです。
たまたま見つけた楕円の痕が、
推理小説の作家としての創作意欲を掻き立て、
当初の計画の手口を変えてまで、
楕円の痕をヒントとして取り入れたくなり、
それを他の真犯人がしたかのように創作し直し、
私たちに話してしまったことなのです。
静子さん、あなたの失敗は、
菜々さんの著書の大ファンだと知り、
大喜びしていた松井を気に入ってくださり、
部屋に上げていただいたことでした。
もしあの時、玄関先でおいとましていたら、
ご主人の魚拓のヒントにも辿りつけなかったかもしれません。
実は、お店の前から消え去っていたはずの
被害者の遺体も、先程近くの雑木林から発見されました。
遺体の下の楕円形の痕は、
殺害のトリックの道具の痕ではなく、
遺体の下敷きになっていたコロッケの痕だったのです。
アスファルトの楕円形の位置からも、
コロッケの欠片が検出されています。
そのコロッケは、
最初は近くのお肉屋さんのゴミ箱にあったものです。
ところが、ゴミ箱をあさった野良犬が
紙袋ごとコロッケをくわえ、
たまたま岬豆腐店の前まで来て、
一個だけ落としてしまった。
(第五章へ続く)