第一章
【ナレーション】
シャッターの閉まった深夜の商店街を歩き急ぐ男。
そのとき男は、とあるモノに気をとられ、立ち止まった。
【男】
なぜ、こんな道の真ん中にコロッケが落ちてるんだ。
商店街のお肉屋さんのだろうか。
懐かしいコロッケだ。
【ナレーション】
そのとき男は、いきなり後ろから羽交い締めにされた。
【男】
うっ…何だ何だ!
しかし、なぜ?こんなところにコロッケが…
うう。
【ナレーション】
男は自分の危機的状況よりも、
足元のコロッケに意識を投じたまま気を失い、
その場に崩れおちた。
【ナレーション】
翌朝、シャッターを開けた豆腐屋の看板娘が、
店先の道の真ん中に、大きな血の痕を見つけた。
【豆腐屋の娘】
お、お母さん、た、大変だわ!早く来て!
【豆腐屋の母】
あら!た、大変!117番!
いえ177番かしら、
菜々!早く救急車を呼んで!
【菜々】
お母さん、117は時報、177は天気予報だわ。
それに119番へ掛けても意味がないわ。
血の痕があるだけで、倒れてる人の姿はないもの。
【豆腐屋の母】
そ、そうなの、
だったら、け、警察に電話ね。
【ナレーション】
菜々はうろたえる母 静子を尻目に、
乾いた血の痕の真ん中に、
そこだけ不自然に小さな楕円の形に、
アスファルトが覗いているのを見つけた。
菜々は警察へ電話をし、
ふ〜と一息ついた。
【ナレーション】
現場検証も終わり、人だかりも止んだ頃、
二人の刑事が現場の商店街へやってきた。
一人は50代のベテラン刑事、
もう一人は20代の若手刑事。
【ベテラン刑事】
おい松井、
駅から現場までの歩数は数えてみたか?。
【若手刑事】
鹿島さん、もちろんです。
いつも鹿島さんから、
最寄りの駅から事件現場までの距離は、
自分の歩数で換算して把握しとけよと、
こっぴどく言われてますから。
【鹿島】
そうか、それで、お前の換算では、
駅からは、どのくらいだった?
【ナレーション】
そんなやりとりをしながら、
商店街に入った二人。
【肉屋の嫁】
え〜、コロッケがタイムセールで半額だよ!
安いよ安いよ!
そこのお二人さん!
買って買って〜!
【松井】
お、鹿島さん、コロッケの美味しい匂いが…
ちょっと買っていきませんか。
【鹿島】
おいおい、松井、道草はだめだぞ。
【ナレーション】
そんなやりとりをしながら、
二人の刑事は、岬豆腐店に着き、
裏口に回り、玄関のベルを鳴らした。
【静子】
はい…ちょっと待ってください。
【松井】
都警察署の松井と申します。
岬静子さんですね。
【ナレーション】
静子は怪訝そうにドアを少し開け、
刑事二人の警察手帳を目にして、
少し落ち着いたようだ。
【鹿島】
鹿島と申します。
第一発見者は娘さんということですが、
いらっしゃいますか。
【静子】
ええ、菜々〜、刑事さんがお見えよ。
【菜々】
は〜い
【ナレーション】
松井は出てきた娘にデジャヴを感じた。
【松井】
この子、どこかで見たように思うのだけど、
なぜだろう?
【ナレーション】
松井の様子には目もくれず、鹿島は娘に話しかけた。
【鹿島】
岬菜々さん、あなたが第一発見者ですか。
【菜々】
はい、私が開店準備のときに発見して、
母に知らせ、そのあと警察に通報しました。
【松井】
岬菜々さん、そのとき血の痕の真ん中に、
不思議な楕円形の痕が残されていたと、
通報の際におっしゃいましたが、
なぜ気づかれたのですか?
【菜々】
だって、あれだけ大量の血の痕なのに、
どうして真ん中だけ、ぽっかりと
アスファルトが見えていたのか、
不思議でしたし。
【鹿島】
しかし、鑑識が到着したときには、
楕円形の痕は、ほとんど水で流れた後でした。
【ナレーション】
菜々が警察に電話をしている最中に、
気が動転していた静子が、
いつもの癖で店先に水を撒き始めたのに、
菜々が気づき止めたのだった。
【菜々】
そのことでは、母が大変なことをしてしまい、
申し訳ございません。
【松井】
ところで発見されたとき、
血の痕の近くには、楕円形の物体などは
見当たらなかったとのことですが、
なぜ岬さんは、その物体までも探されたのですか。
【菜々】
実は私、実家の豆腐屋の手伝いをする前に、
ちょっと推理小説を書いていた時期がありまして、
それで日頃から、そういった不自然な現象には
無意識に注目するようになりまして。
【松井】
あ、もしかして、岬さん、あなたは、
あの、名探偵をめざせ!
推理コンクール受賞作の水咲奈々子さん?
【菜々】
ええ…そうですけど。
【鹿島】
おい、松井
【松井】
鹿島さん!
み、岬菜々さんは、
鹿島さんも電車で読んでいた、
あの『歯ぎしり刑事』シリーズの作家さん、
水咲奈々子さんですよ。
【ナレーション】
松井は、鹿島から借りて読んでいた小説の作家が、
目の前の女性だと気づき、
いてもたってもいられなくなった。
【鹿島】
なんだ、松井は知らなかったのか。
【松井】
え〜!鹿島さん、知ってたんですか!
それひどいっすよ!
【鹿島】
おいおい、お前に話したら、
そう舞い上がるから黙っていたんだ。
岬さん、部下が大変失礼いたしました。
【ナレーション】
鹿島は、のぼせ上がっている松井にも頭を下げさせた。
【菜々】
そんな…まさか、
お二人が私の本をそんなによく読んでくださっていたなんて。
【ナレーション】
三人のやりとりを見つめ、
静子はやっと平静を取り戻した。
【静子】
まあまあ、お二人とも、
ここで立ち話もなんですから、お入りください。
(第二章へ続く)