ラグナロク
赤竜との戦闘後、失神していたミーシャを担ぎ、ギルドに赴いた。
ギルドにいた神官の一人に聞いてみると、魔力を一気に使いすぎて、気を失っているだけらしい。
正直、何か不味いのかと心配だったので、これで安心した。
この戦いで傷ついた人たちを治療するために、ギルドには多数の協会関係の治療師が集まっていた。
フリーで治療している冒険者の姿もある。
きっと治癒魔法が使えるから私も、と手伝っているのだろう。
腕を怪我した人。足を折った人。腹を刺された人。
色々だった。
しかし、ここに暗い雰囲気は無く、みんな勝利を祝っているようだった。
俺もミーシャを寝かせてやろうと、空いてたベッドの方へ歩いた。
「よいしょ…っと。よし、これでだいじょ」
「マスターーー!」
「?」
後方から聞きなれた声がして振り向き、
「うぶっ!」
顔面を強打した。
「ちょ、おま顔に飛び込んでくるやつがあるか!?」
「だって…だって、朝起きたらマスターがいなくて、ずっと心配で……」
そうだった。俺は二人を置いて一人で戦おうとしたのだ。
心配かけるのも無理は無い。
俺が逆の立場なら本気で二人を探しただろう。
「どこさがしてもいなくて、それでギルドまで来たら、ギルドマスターがマスターは戦ってるって……」
……やっぱばれてたのね。うん。
なんか知ってたわ。
「マスターが死んじゃうかもって思って……」
「悪かった、ごめんな」
「もう、マスターのばかぁ……」
そういうと、ルッピは俺の胸に飛び込んで、わんさか泣き始めた。
抱きしめようにも小さすぎて出来ない。
手を添えて頭を撫でた。
こいつは機嫌を損ねたな……。
あとでなんか美味しい物でも買ってやるか……。
「よお少年、よく生きてたな」
「あ、ギルドマスター…」
「そんな堅苦しい呼び方はやめい。わしはゲンジじゃ」
「あ、はい、じゃあゲンジさん」
「うむ。ところで少年よ。ちぃとばかりわしに付いてきてもらいたい」
あー……絶対ラグナロクのことだよなあ……。
死体が消えるなんておかしいし、赤竜戦では生きてるまま消えたからなあ。
そら怪しまれるわ。
「は、はい。分かりました」
「よし、こっちじゃ」
ゲンジさんは、つかつかとギルドの奥の方に歩いていく。
地球なら「スタッフ以外立ち入り禁止」と表示されてそうなドアを開け、その中へ進んだ。
数歩遅れて俺も入った。
部屋へと踏み込んだ瞬間、
「――――っ!」
俺は体全体を貫くかのような殺気を感じた。
今すぐに逃げろ、さもないと殺される―――生物としての本能が、俺にそう警告しているのを感じた。
鑑定などしないでも分かった。
この部屋にいる2人の男たちは、かなりの修羅場を潜り抜けてきた猛者なのだと。
ルッピを見ると、半分涙目になっている。
……うん、俺も怖い。
いますぐミーシャをつれて逃げて宿に帰ってゆったりしたい。
次いで右のゲンジさんを見る。
どことなく怯えたような顔をしていた。
あんたも怖いのかよ! なんでこの部屋に連れてきた!?
口から出かかったツッコミを、すんでのところで飲み込んだ。
そんな雰囲気ではないのだ。
「それじゃ、ワシは出ていくぞ。ゆっくり話してくれ」
そう言って、逃げるようにして部屋を出るゲンジさん。
ちょっと待て! 俺を置いていくな!
……非常にきまずい。
取り敢えず、この緊迫した空気を取り除こうと、俺は口を開いた。
「すみません、あの、うちの子が怖がってるので……普通にして頂けませんか?」
気を抜いていると気絶しそうなほどの強い殺気である。
俺としても、できるだけやめて欲しかった。
「ほらな、やっぱりお前怖がられてんじゃん」
「ううむ……これが素なのだが」
「そんな堅い口調してるから余計に怖がられるんだよ。もっと普通にできないの?」
「む……俺がどんな話し方をしようと貴様には関係ないだろう」
「いーや、あるね。何年お前とパーティ組んでると思ってんだ。正直言うと俺もちょっと怖い」
「………そんな風に思っていたのなら何故言わなかった」
「俺言おうとしたよ!? したけどお前怖いから口に出せなかったんだよ!」
「最近は貴様もわりと平然と俺に話しかけてくるだろう」
「もうなんか慣れたからいいやって思っただけだ! 流石に何年もずっとおどおどしてられるか!」
「……俺にどうしろと言うのだ」
「とりあえずその心の底まで覗かれるかのような気がする氷の視線をやめようか。そこの彼も怖がってるぞ」
「む……アレン。視線とはどうやって改善するのだ」
「んんと……わりぃ。俺も分からんわ」
………以外に楽しそうな人たちでした。
素であの殺気とか怖すぎる。
今思えば殺気はこの人からしか感じられなかった。
一気に雰囲気が和らいだ。
「あー、そういや自己紹介がまだだったな。俺はアルベルト。気軽にアレンって呼んでくれ。んで、この怖いのがシドウ。見たとおり無愛想なやつだが、まあ、よろしくな」
「……よろしく頼む」
「は、はい。よろしくお願いします」
「まあそうかたくなるな」
「は、はい……いや、分かった」
「おっけ。んじゃ、本題に入ろうか」
そう言って、アレンは今までの人懐っこい顔から一転して、真剣な表情になった。
その顔からは熟練の冒険者であることが伺える。
やはり、ラグナロクのことなのだろう。
腰にさしてある剣に、思わず目を向ける。
「まず、本当にありがとう。君のおかげで、この国は救われた。俺達はクエストでちょっと遠出をしていてな。知らせを聞いて急いで戻ってきたんだが、その頃には戦い終わってたよ」
「ああ、それで、先程戦闘の映像を見させてもらったが、お前のその剣に少し心当たりがあってな。その剣はドラゴンキラーじゃないか?」
ドラゴンキラー?
竜殺しの剣か。
でも何で?
俺が怪訝そうな顔をしていると、アレンは横においてあった剣をこちらに渡してきた。
ところどころに豪華な装飾のしてある高価そうな剣である。
「これは?」
「これはスライムキラーって言ってな、スライムなら傷つけるだけで粒子になって消える。キングスライムだろうと一撃だ」
「しかも素材はひとつ残らず手に入ってな」
まるで俺のラグナロクのようである。
ドラゴンキラーと言うのも性能は同じなのだろう。
「ああ、そう言う剣だと聞いた」
取り敢えず話を合わせる。
「やはりか……」
真剣な顔をしてシドウが呟く。
「実は、その剣は大事に保管して欲しいんだ。その剣には裏の性能があってな、ドラゴンを自在に操ることができるんだ」
「ドラゴンを操る!? 凄いな………」
「ああ、だから俺達はずっとその剣が悪い奴らに渡らないように探していたんだが、まさか貴様が持っているとはな」
「ま、お前なら大丈夫だろ。んじゃな。また会おうぜ」
俺の肩を軽く叩いて部屋を出ていく2人。
悪いな、お前らが探していたドラゴンキラーはまだどっかにあるぞ! これ違うやつなんだよホントごめん!
心の中で2人に謝って、俺も部屋を出る。
そこにはミーシャが立っていた。
「お、ミーシャ、もう大丈夫なのか」
「は、はい。大丈夫です」
「そっか、んじゃ帰るか」
ミーシャの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「あ………んっ………」
「むぅぅ……ミーシャばっかりズルいですよぉ……」
ギルドを出て、3人で仲良く宿へ歩いた。