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~日暮れのカフェ~


「あ~、面白かった~」




 大きな窓のあるカフェで、温かいコーヒーを飲みながら、俺と千里は笑っていた。




「こんなに楽しいなんてね。わかっていたら、去年も乗ってたのに」


「分かってたらって、どうせ乗れなかっただろう」


「そうじゃないよ。最後の時がわかってたら、我慢しなかったのに……って」




 コーヒーカップを両手で挟みながら、千里が呟いた。


 運動神経のいい千里が、何をするのも我慢してきたのだ。


 それもこれも、生きるためだった。


 今年のクリスマスを一緒に過ごせないとわかっていたら、千里はもっと好きなように行動していただろう。


 俺だって、そんな千里を止めることはなかっただろう。




「暗くなってきたね」




 大きな窓に顔を向け、外の暗さに千里の瞳がうつろに見えた。




「そうだな」


「……もっと、時間が欲しいな……」




 俺は何も言えなかった。




「去年は風が強くて、結局最後の花火は中止になっちゃったね」




 あの日を思い出しながら、千里が言う。


 俺の記憶の中では、千里といることが全てだったから、花火が上がったかどうかなんてことは忘れられているのだ。




「久って、そういうところあるよね。


せっかくの、二人の思い出なのに。


どうでもいいみたいに」




 千里が笑う。




「どうでもいいわけじゃないけど」


「でも……。今日の花火は必ず見られるから、大丈夫!」




 何を根拠に断言しているのだろう。

 



「なんで、そう断言できるんだよ」


「それはね……」




 俺は、千里をいじめるつもりでそう言ったのだが、どうやら千里は真面目に受けてしまったらしい。




「おい、真面目に受けるなよ。千里らしくないな」




 俺の中では、今の千里が全てなのだ。


 生きているか死んでいるかなんて関係ない。




 だから、笑ってくれ。




「真面目になんて受けてないよ~だ。


ただ、今日はそういう日なんだ」


「そういう……」




 チクッと心が痛む。


 小さな言葉の行き違いで、千里の笑みが消える。

 



「ううん! そうじゃないの! いいの、いいの!」




 千里の中にある時計は、どうやっても止まらない。


 俺と千里の世界は、ほんの短い間だけ交わっていられるのだろう。


 千里はそれを知っているんだ。


 俺はこの時になってやっと、そのことに気がついた。




「あのね、夜の絶叫系はさらにすごいらしいよ~」


「えー、またかよ。それより、飯食おうよ」


「今食べたら吐くよ!」




 千里が笑いながら立ち上がった。


 閉園まで、後3時間だ。


 急ぐ気持ちもわかるが、できることならゆっくりと食事を摂りたかった。




 最後の食事をゆっくりと。

 



 千里は俺の手を引っ張るように外に出る。




「おい、お金!」


「いいの、いいの! 今日は、いいの!」


「マジかよ~ 後で警察に捕まるのは嫌だぞ」


「大丈夫だよ。ただし、今だけだよ」










 黄泉の国というのが本当にあるのなら、これが黄泉の国なのかもしれない。








 

 俺はこのまま千里と、ずっと一緒にいたいと思った。




「ダメだよ。久には、まだやることがあるから。


こっちの世界には残れないよ」




 まるで、心を見透かされたように千里が俺の顔を見た。


 俺は立ち止まって、千里の手を引くと、力強く抱きしめた。




「久……」


「千里……なんで、死んだんだよ」




 聞いてはならないことだとわかっていた。


 それでも聞かずにはいられなかった。


 それが、どれほど千里を傷つけるかを知りながら。




「ごめん……」




 千里が小さな声で呟いた。


 千里の甘い香りが、俺の鼻腔に残る。


 本当は生きているのではないか、そんな思いが浮かんでくる。




「ごめんね。


残された時間は、後わずかなの。


ずっと、一緒にいたいけど……。


久は、連れていけない」




 困らせるつもりはない。


 愛しているから離れたくないと思うだけだ。


 ただ、愛しているから。




「わかってるよ。


嬉しいよ、久にそう言ってもらえて。


本当に嬉しい」




 ずっと、抱きしめていた。


 このまま離れなかったら、残された時間は永遠の時間になるのではないか。


 俺は、そう思うと『二度と千里を離さない』と呟いた。




「ありがとう。でも、時間が……」


「ずっと、こうしていよう。


時間が来ても、俺が離さなければ、きっと何も起こらないよ」




 確証なんてない。


 ただ、そう思っただけなんだ。


 千里は何か言いたげに口を小さく開けた。


 しかし、すぐに閉じると、小さく頷いた。

 


 

 俺は、ベンチに千里を座らせると、しっかりと肩を抱いた。


 時間という魔物と闘う、そんな意気込みで―――。





 千里は寒さを感じないのか、震えることもなく、俺に抱きしめられるままだった。


 冷たい体の千里を抱きしめて、俺の方が震えていた。




「久、寒いでしょ? 私、体温低いから」




 笑いながらそういうが、実際は低いなんてものではなく、体温がないのではないかと思う。




「大丈夫さ」




 寒さに震えながら、大丈夫だと言うが、限界を感じていた。


 これが、生きているということか。




 時間が過ぎる。


 目の前をイルミネーションで輝くパレードが、俺たちに幸せをプレゼントするように、通過していく。


 本当なら、人の頭でほとんど見えず、人垣の隙間から見ることしか出来いのだ。


 それが、今は目の前を通過しているのだ。


 その大きな馬車や、馬車に乗る人形。


 光を浴びて、美しく光るサンタ。

 

 一体、通り過ぎるまでにどのくらいの時間を要するのか、パレードは長く長く続いた。




「このパレードが終わったら、最後の花火だよ」




 千里が苦しそうに言った。




「そうだったか?」


「そう……。それで、閉園……」




『へいえん』の四文字が『さよなら』の四文字に聞こえた。




「違う……。違うよ。さよならなんかじゃないんだ。


さよならなんか、ないんだよ」




 俺は、さらに力強く千里を抱きしめた。

 

 パレードが通り過ぎると、あたりは急に静かになった。


 しばらくすると、園内放送が聞こえてきた。




『本日は、最後の大切なお約束のためにお越しくださいまして、ありがとうございました。


 まもなく、閉園となります。


 閉園の前に、最後の花火をお楽しみくださいませ。


 この花火が、皆様に素晴らしい思い出となりますように、願いを込めまして……』




 その先の言葉が聞こえなかった。


 言葉と重なるように、大きな火の花が空に咲いたからだ。


 いくつも、いくつも重なるように咲き乱れた。




「ね、今年はちゃんと花火見れたでしょ」


「そうだな。千里と見れてよかったよ」


「うん……。来年は、久を愛してくれる人と来てね」




 来年は……。




 俺は千里を見た。


 来年も千里と一緒にいたい。だから、決して千里を離さない。


 しかし、横に顔を向けた時、千里はうっすらとかすみだしていた。




「千里! ダメだ! 俺も行く。俺も行く!」


「久、楽しかった。来てくれて、ありがとう」




 しっかりと抱きしめていたはずの千里の体は、どんどんかすみ、霧のように俺の手から消えてしまった。




「千里」




 消えてしまった千里を探すように、手の中を見つめていると、人の声が聞こえてきた。




「わー! キレイ!」


「スゲー、こんなに間近で見れるって、チョーラッキーじゃん」


「火の粉が降ってくるみたいに見えるね」


「綺麗だ~」




 久は、周囲に意識を向けた。


 そこには、遊園地のゲートをくぐった時に見たのと同じ、多くの人の波があった。


 恋人同士や親子連れ、友達同士や老夫婦。


 いろんな人が天空を見上げ、空に咲く火の花に心を奪われていた。




 俺は、今までいた世界から、追い出されたらしい。


 そして、二度と千里には会えないんだ。




 顔を上に向けた。


 そこには、千里と見たのと同じ大輪の花が咲いていた。



 




最後までお付き合いくださり ありがとうございました。

書き溜めた作品のひとつですが、(やっぱり、ええな~)なんて思いながら作業を繰り返してましたwww


次回作は、ゴキブリに焦点を当ててみようかと思ってますwww


また、きてくださいね~

それと、コメントくれるとうれしいです^^v

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