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神体

 陽影ひかげ市の中心部。北の学園都市地域と、南の住宅・商店地域の丁度境となる場所に、九家達神社は存在した。その境内の奥、一般の参拝客は立ち入ることの出来ない場所にある、屋敷の和室に向かい合う男女が一組。

 言うまでもなく、大神隆也おおがみりゅうや九家達百合くかたちゆりである。二人は同じく正座をし、しかしその態度は対照的であった。

「やっぱりあなたは大馬鹿だったわね」

 厳しく非難する百合と、

「すみません……」

 それに対し、ひたすら謝り続ける隆也という図である。

「あんな真似をして、自分はどうやって逃げる気だったのかしら?」

「考えてませんでした……」

「私が! 高速移動が! 出来たから! 良かったものの!」

「はい……」

 地竜鯨じもぐりとの戦いの後、気を失った隆也は、目を覚ますと見知らぬ和室に運び込まれていた。ここはどこかと辺りを見回す隆也に対し、すぐ近くで正座をしていた百合が、場所と状況を説明したのが五分ほど前。

 現在の百合の話は、先ほどの隆也が見せた無茶な行動への叱責へと移っている。

「ああ、もう……! 本当に苛々するわ……」

 そう言いながら頭を抱える百合に対し、隆也は言い返す言葉を持たない。いくら必死だったとはいえ、彼女が居なければ間違い無く、地竜鯨に食い殺されていただろうことは、容易に想像できた。

 そんな隆也に助け舟を出したのは、意外にも例の姿無き声であった。

「まあまあ、百合。それくらいにしといてあげなさいよ」

「うむ。確かに行動は軽率だったが、それによって我らが奴を討ち滅ぼせたのも事実だ」

「そうだけど……」

 姿無き声に諌められた後も、百合は不満気な表情を見せる。が、結局は彼らの声に従った。

「なあ、その声って結局誰なんだ? ってかそもそも、君やあの化け物たちは何?」

 ようやく嵐が過ぎ去ったと安心した隆也は、かねてからの疑問をぶつける。それに対し、百合は露骨に嫌そうな顔をした。

「なぜあなたに話さなければいけないの?」

「えー。この期に及んでそれかよー。少しは事情を説明してくれてもいいんじゃないか?」

「確かにもうしらばっくれられねえけどよ。オメーが言うと腹立つな」

「お! ってことは話してくれるんだな!?」

 ガラの悪い男の声にも、隆也は怯まない。むしろ、イキイキとした様子ではしゃぎ始める。

 そんな様子を見て、百合は呆れた様子で頭を抱えた。

「全く……。どうしてこんなことに……」

「こんな事にも何も、百合がきちんと処理しないからじゃない」

「うっ!」

 やれやれと言わんばかりだったが、気だるげな声の指摘に百合の表情がこわばる。一転して動揺する百合に、なお追い打ちの言葉がかけられた。

「確かに。百合があの場できちんと……」

「分かったわ! 分かりました! 私が説明すればいいんでしょう!?」

 顔を赤らめて大声を上げる百合を見て、隆也は思わず笑みをこぼした。何よ、とばかりに睨みつけてくる百合は、最初の印象とは裏腹に可愛らしい。

「なんだか、腹立たしいことを想像していそうだけれど……」

「いやいや、気にしないでくれ。それより、早く説明を頼む」

 しばらく百合は不満気な顔を浮かべていたものの、気を取り直した様子で咳払いを一つ。真剣な顔で話し始めた。

「先ず、あなたが遭遇した異形の化け物。あれはね、妖魔よ」

「えっと……」

「この世のものならぬ異形。人を食らう妖し。それらを妖魔と呼ぶのよ」

「人を食らう……」

 言って、隆也の脳裏に浮かぶのは先程の光景。鯨の異形――彼女の言葉によると、妖魔――に食われた生徒たち。大多数は遠くに逃げようと砂漠を走り去ったが、

「見たんでしょう? 地竜鯨が、さっきの化け鯨が人を食らうところを」

 最初に近づいた数人は、助からなかったはずだ。その最後の姿を思い出し、背中に寒いものを感じる。

「呪力――妖魔と人間だけが持つ生命エネルギーのようなものだけれど、それを妖魔は人を食らうことで補給するの」

 そう言われて、思わず隆也は自分の手の平を見た。あの化け物が求めるほどの力を感じたことは、(非常に残念なことに)一度も無いが、自分にも備わっているのだろうか。

「もちろん、あなたにも備わっているわよ。全ての人間が持つエネルギーだもの」

 隆也の表情から考えていることを察したか、百合が苦笑を浮かべる。

「ただし、ほとんどの人間はそれを意識することは出来ないし、ましてや操作したりは出来ない。そもそも微量しか持っていないの。――――だからこそ妖魔は、さっきのようにまとめて食らうのだけれど」

「ちょっと一回ストップ」

 決して聞き逃すことの出来ないことを言われ隆也は話を遮った。にわかに真剣味を増した、切れ長の目に射竦められながら、疑問をぶつける。

「その説明だと、まるで毎日たくさんの人が妖魔に食われているみたいに聞こえるんだけど……」

「毎日とは言わないけれど……。それなりの数は食われているはずよ」

「そんなにたくさん人が食われてたら、もっとニュースになるんじゃないのか?」

 先ほどの犠牲者は数人だったが、あれが繰り返されていたら、大量の行方不明者として報道されるだろう。生存者の口から真実が伝えられるかもしれない。

 そんな常識的な隆也の疑問に答えたのは、百合ではなかった。

「妖魔による犠牲者は、多くの場合は神隠しや不幸な事故、自殺などとして処理されるのだ」

 重々しい男の声の返答にも、隆也の疑問は無くならない。

「いや、処理って……。警察とかの操作は」

「されないわ。止められるもの。適当にでっちあげて、おしまいよ」

 しかし、そんな疑問を言い終わらないうちに、百合がその答えを先回りする。まるで、お前の疑問なんて、今更なものだとでもいうように。

「妖魔って言うのはね、もう一部の人間には周知の事実なのよ。妖魔関連の事件を処理する為の、行政機関や組織もある。要は、妖魔の犠牲者は、それっぽい理由をつけて、隠蔽されてるってこと」

「でも、目撃者は……」

「妖魔はその異能を振るう際、廃退世界という空間に人を引きずり込むの。その空間は、普通の人間が自分の意志で出入りすることが出来ない」

「つまり、外の人間は妖魔の存在に気付けねえし、一度廃退世界に巻き込まれちまったら、そいつはもう、食われるのを待つだけってこった」

 だから目撃者なんていない。そう言外に言い放つ百合(と、荒っぽい男の声)を、女の声が補足する。

「もし、私たちのような特殊な存在が、その妖魔を倒した時は、きちんと後処理をするの。廃退世界にいる人間には、記憶の消去とか操作とか、色々出来るのよ~」

 目撃者はそもそもいない。もし、いても記憶が無い。

「それじゃあ、確かに情報が漏れようがないよな。……ん?」

 詳しい説明を聞いて、ようやく妖魔の隠蔽に納得した隆也は、新たな疑問の湧出に首を傾げた。

「それじゃ、どうして俺は記憶があるんだよ」

 ビクッ、っと百合の肩が震えた。

「最初に会った時、あれって廃退世界ってやつの中だったんだろ? 妖魔と戦ってたんだから」

 言いながら、隆也は百合の雰囲気が変わったのを感じる。まるで、宿題を忘れたことを指摘された小学生のような雰囲気だ。

「その時、俺の記憶を消せば良かったんじゃ。いや、そういやあの時は、そもそもあんたは……」

「ええ! そうよ! 逃げ出したのよ! 退魔師としての役割を忘れ、必死に逃げ出したのよ! あなたの記憶を消さずにね! だいたいしょうがないじゃない! 友達とか! 変態的なことを! いきなり言われたんだから、この変態に!」

 確信をつく前に爆発した百合に呆然とする隆也へと、助け舟を出される。

「だからって、『もう帰るぅぅぅl!』は無いわよね~」

 助け舟ではなく、容赦の無い追い打ちであった。しかし、百合は二の句が告げないようで、とりあえず黙る。

「ぼっち生活が長すぎたかねぇ……」

「最早、対人恐怖症の域だな」

 そこに次々と繰り出される言葉の刃。その度に百合の目が涙ぐむ。

「だって……」

「あー! そうだ! それだ、それ!」

 その様子を見て、流石にいたたまれずに隆也が声をかけた。

「その事で、謝らないといけないと思ってたんだよ」

「謝る?」

 よく分かっていないらしい百合に、隆也は姿勢を正して向き直る。うっすらと涙を浮かべながらも、気丈さを失わない群青めいた美しい瞳をしっかりと見つめ、謝罪の言葉を口にする。

「すまなかった。あの時、あんな強引に迫って、しかも叫んだりして。本当にごめん」

 言って、頭を下げる。言葉は短く、しかし真剣に謝る。非日常に心躍る気持ちはあれど、百合に対し、申し訳ないと思う気持ちにも、一点の曇りもなかった。

 本当に自分を恥じていたのだ。あんな風に女の子を怖がらせるなんて、主人公のやることではない。だから、ずっと謝らなければと感じていた。その気持ちに、嘘はない。

 数秒して、反応が無いことを不審に思った時、

「はぁ……、いいわ。許してあげます」

 呆れたような声がかけられる。

「おバカさんに、何を言っても無駄だもの。あなたが変態なのを知らず、不用意に会話を試みた私にも、問題があったわ」

 許しているとは思えない罵倒を繰り返している百合は、しかし何だか楽し気だった。

 頭を下げていた隆也には、見ることが出来なかったものの。

 それは、隆也に出会ってから、最も素敵な表情をだった。







「そもそも、どんな事情があろうが、退魔師が後処理を忘れていいわけがないけどね」

「うぐっ!」

 哀れにも、その表情は長くは続かず、崩れ去った。

すみませんでした。

見てくれる人がまだいたら、本当に感謝です。

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