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大神隆也

  四月。新たな日々の始まりの季節。多くの人々が、新生活へと期待を向ける。

  大神隆也おおがみりゅうやも、そんな多くの人々の一人である。

  とはいえ、その期待の方向は少々特殊であったが。

  誰もが、子供の頃にはヒーローに憧れたことがあるだろう。ゲームやアニメの主人公になった自分を妄想したことがあるだろう。

  それだけならば問題はない。だが、隆也の妄想は、子供の頃で終わらなかった。

  多くの友達が、自然と現実を理解していく中、未だに自分の物語を空想する。

  多くの友達が、必死で恋人を探す中、自分だけのヒロイン探しを始める。

  多くの友達が、自分に見切りをつける中、自分に意味不明の自信を持ち続ける。

  要は、厨二病が未だに治らないのである。

  これが、ポニーテールの似合う黒髪美少女でもあれば、まだ格好はついたのだろうが、あいにく隆也の容姿は「誰も気にしない」程度のレベルである。

  結果として、かなり痛々しい高校二年生となってしまっているのだ。

  しかし、周りから浮いているかというと、そういうわけでもない。

「空から女の子が降ってこない……」

「今年もお前は平常運転だな」

  今も隆也の頭の沸いたセリフに、友人の呆れた、しかし親しげな声が返されたばかりである。

「朝っぱらから何言ってんだ?」

  この常識的な発言をしたのは、十倉真司とくらしんじ

  至って平凡な高校生を自称し、平凡な生活を望む点で、隆也とは正反対の人物なのだが、なぜか気が合うらしく、つるむことの多い友人である。

  そんな気のおけない友人の、至極真っ当なツッコミは、隆也の耳には届かない。

「だってさー。もう高校二年になって一ヶ月が経とうっていうのに、一向に俺の生活に変化がないんだぜ? いやにもなるだろ」

  などと、教室の机に突っ伏しながらの愚痴が出て来るばかりである。

  だが、真司からしてみれば隆也のこれは今に始まったことではない。

「まあ、言いたいことはわかるけどな。確かに単調な生活だ」

「だろ? だから、早く俺が大活躍するストーリーが始まってほしいんだよ」

「うん。それは全く分からんな」

  中学からの付き合いだけあって、あしらいも息が合っている。

  そもそも、隆也は発言こそおかしいものの、非常識な行動で人に迷惑をかけるようなことはしていない。

  むしろ(傍観する分には)面白いキャラクターや、妙に真面目と評される性格から、クラスではそこそこの人気者になっている。

  もっともそれは、動物園の愉快な珍獣、くらいの立ち位置なのであるが。

「そして俺は最近気付いたんだ。俺にはヒロインが足りない」

「はぁ?」

「だから、ヒロインだよ。俺をファンタジーな展開に導いてくれる、可愛い女の子がいないんだ」

「あー。今日の昼飯どうしようかなー?」

  とうとう付き合いきれなくなったらしい真司の、露骨な無視を気に留めた様子もなく、隆也は自身のヒロイン観を語り続ける。

  そんな時、隆也の耳に妙に甲高い笑い声が飛び込んできた。

「まだそんなことを言っていますのね。大神隆也?」

  挑戦的な口調で言い放ったのは、眩い金襴。

  クラスメイトの一人、高橋美弥たかはしみやである。どうやら先程から、隆也の席の後ろに立っていたらしい。

「そんなこととはなんだ、美弥! 男なら、自分だけの物語とヒロインを求めるのが常識だろう!」

「それがどこの世界の常識なのかはともかくとして。こんな美少女と同じクラスで、まだ女を求めるとは、失礼だと思いませんの?」

  一見すると傲慢な言葉も、この少女の前では万人が納得するものになってしまうのは、理不尽なのか当然なのか。

  確かに高橋美弥の容姿は、飛び抜けたものであったのだ。

  どこまでも気高い存在感を放つ金紗。

  見るものを深く飲み込むような、深い青。

  白くなめらかな肌に飾られた、美しい桜。

  欧州の血を引く美しさは、彼女自身の旧貴族出身のプライドと振舞いをエッセンスとして、ある種の境地に達している。

  故に先刻の自信に満ちた発言であったのだが、言われた当人には、特に何の感慨も与えなかった。

「だって、お前はサブキャラっぽいんだよ」

「またそれですの!?」

  ばっさりと切って捨てた隆也に、美弥が食って掛かる。

「私は欧州の古き貴族の末裔! 私がメインでなくて、いったい何がメインだと……」

「だからな、真司。 俺のヒロインになってくれそうな子がいるなら、紹介してほしい」

「無視しないでくれませんこと!?」

  折角の美しい金髪を振り乱して叫ぶ美弥を、隆也が独自のテンポであしらうという、いつもの光景に、真司は苦笑を浮かべた。

「とはいえなぁ。そんな都合よくヒロインがいるわけないってことは、お前もわかってるんだろう?」

「む……」

  当然、そんなことは隆也も承知している。

「この男のレベルで女の子を選り好みしようというのが、間違っているのですわ」

  などという、美弥の煽りもわかっている。

「でも……それでも俺は、絶対に諦めないぞ! いつか俺だけの物語を見つけて、主役になってやる! そう決めてるんだ!」

  そう堂々と宣言した隆也に、周囲のクラスメイトからは、わずかに苦笑の気配が滲んだものの、美弥と真司の目は温かい。

  なんだかんだこの二人は、隆也には好感を持っているのだ。

「そういえば、ご存知でして? 実験棟の神隠しの噂」

「神隠し?」

  唐突に話し始めた美弥に、身を乗り出して食いつく。少しでも非日常の臭いがした話題には、反応してしまう。

「ああ、そういえば聞いたことがある。 第三実験棟の周辺で、最近失踪事件が相次いでいるらしいな」

「いや、それはただの失踪事件だろ? まあ、穏やかじゃないけど、どうして神隠しだなんて言われてるのさ?」

  既に知っていたらしい真司に、隆也がもっともな疑問をぶつける。

「この学園の実験棟周辺で、人が消える事件が今月で四件起きた。これだけでも不安になるのに、被害者の行方も犯人も、全く手がかりがない」

「更には、どの事件もかなりの短時間で人が消えているらしいんですの。警察は全力の捜査を続けているらしいのですけれど……」

  つまり、原因不明の失踪事件が相次いだ不安が、神隠しなどという噂を呼んだらしい。

「で? どうする気なんだ?」

「そりゃ、首を突っ込むよ」

  明らかに楽しんでいる真司に、隆也も笑顔で答える。と、そんな二人に美弥は腕を組みつつ、渋い顔を向けた。

「非日常の香りに胸を躍らせるのは仕方ないのかもしれませんが、犠牲になった人もいるのです。あまり楽しそうな表情は、不謹慎だと思いましてよ?」

「あー、確かにそうかもな。俺はバッドエンドは好きじゃないし、反省しないと」

「うんうん、そうだぜ。反省しろよ?」

「あなたもですわ、真司!」


― * ― * ― * ― * ― * ―


  そんな会話をした日の放課後、隆也は下校時に実験棟を見てくることにした。なんだかんだ言っても、そこに少しでも物語性があるなら調査をしたくなる。

  隆也の住む陽影市ひかげしは、陽影学園ひかげがくえんを中心に発展した都市である。過疎化の進む地方都市であった陽影市が、私立陽影高校の拡大を一大プロジェクトとして、市を上げて取り組んだのはおよそ十五年前。

  陽影高校の母体であった大手予備校が協力し、陽影市は小中高大あらゆる年代の学生が集う学園都市として再生したのである。

  その結果、陽影市の最重要機構となった半市立陽影学園は、市の北部の大半を占めており、件の第三実験棟もそこにある。

「えっと、ここを右だっけか」

  その規模から、同じ陽影学園に所属していても、自分のクラスから離れた学年やクラスとは、多くの者が縁がない。隆也も第三実験棟を訪れるのは初めてであり、正直なところ道に自信もない。

「あ〜。無駄に広いんだよな! この学園!」

  言うまでもないが、無駄に広いわけではない。初等部から学園大学院まである陽影学園は、小都市並の敷地が必要なのである。だが、現在進行形で迷子気味の男にそんな理屈は通じるはずもない。

「だいたい学園都市とかいうなら、もっと近未来的な設備とか、超能力研究とかがあってもいいだろ」

  ぶつぶつと文句を言いながら歩くこと、1時間半。そろそろ日も暮れようかという頃になって、隆也は人影を見つけた。

(こんなところに一人で?)

  ただでさえこの周囲は、辺りに立ち並ぶ高い校舎のせいで薄暗いために、あまり人が立ち寄らない。加えて昨今の神隠しもあって、ここに近づくものは余程の物好きか怖いもの知らずである。

  そのため、人影の目的も自分と同じなのだろうと当たりをつけ、後を追うことにする。

  変わり者だな、と自分を棚に上げて内心でつぶやくのも忘れずに、後をつける隆也は、前を行く人物が少女であることに気付いた。

  一般的なセーラー服から伸びる手足はスラリと長く。ほっそりとした後ろ姿は、歩いているだけなのに、気高さを感じさせ。身にまとう雰囲気は、いっそ場違いなほど凛として。

  だがそれ以上に特徴的なのは、その長髪。青ざめた黒の濡れ烏。

  その後ろ姿の可憐さは、見とれていた隆也が、自分の目の前の建物が第三実験棟であることに気づくまでに数秒を要するほどだった。

(っと、いけない。気を引き締めないと!)

  何しろこれから、仮にも人の生死に関わる事件の現場に行くのだ。多少気を張っても損はないと思えた。

  もっとも、先を行く少女は少し緊張し過ぎのようにも思える。今まさに実験棟へと踏み入らんとする足が強張っているのが傍目からでもよく分かるほどだ。

  隆也は特に意味もないが息を潜め、少女に気づかれないようにしていたのだが、あの様子では緊張のあまり、普通にしていても気づかれる心配は無さそうだ。

  何しろ少女の緊張は、実験棟の階段を登るほどに強くなっているらしく、屋上へと続く扉を開けた時には、ちらりと見えた横顔が青白くなっているほどであった。

(うーん。いくらなんでもそこまで緊張するほどか?)

  実際に神隠しかどうかなんかわからないんだし……、と思いつつ、特に調べたい場所があるわけでもないので、少女に続いて屋上へと出る。

  流石に屋上に出れば気づかれるだろうが、そもそも隠れる理由自体がない。

(ぶっちゃけ、なんとなく声をかけづらかっただけだしな)

  そのため少女とは対照的に、特に気負いもなく屋上の扉を開ける。

  そしてその瞬間。

  隆也の目に飛び込んできたのは。

 

  世界を塗りつぶすような白い羽の海。

  雲海のごときそこを舞う、一羽の白鴉。

  その中のどれよりも気高く美しい少女。

 

  物語が始まった。

次回の更新は同じくらい間が空いてしまいますが、また2週間後くらいに見に来ていただけたら幸いです。

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