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プロローグ

  その日の陽影ひかげ学園高等部第一校舎の屋上には、三つの異常が存在した。

  一つ目は、真夜中であるにも関わらず、二人の人間がいたこと。

  二つ目は、真夜中であることに関わらず、一匹の異形がいたこと。

  三つ目は、明らかに事態を理解していない男の胸にあったのが、困惑ではなく――喜びであったこと。

 

  つい先程までいつも通りの校舎の屋上であった場所に、無数の鳥の羽が落ちている。

  満点の星空が広がっている頭上では、両翼の端から端までが五メートルはあろうかという、巨大なからすが旋回している。

  おまけに、その鴉のような化け物と、少女が戦っているとなれば、普通であれば、自分の正気を疑うような光景だ。むしろ、恐怖と困惑で、正気でなくなってもおかしくない。

  それにも関わらず、男――大神隆也おおがみりゅうやは喜びと感動に支配されていた。

(すごく綺麗だ……)

  などと、場違いな感想すら抱いている有様である。

  もっとも、隆也がそう思うのも無理からぬことであるのかもしれない。

  先程から高速で飛翔する大鴉たいあの羽毛は、新雪を思わせる純白。そして、翼をはためかせて飛び回るたび、ハラハラと数枚のそれが落ちてくる様子は、この世ならぬ美しさを感じさせる。

  そしてそれ以上に、大鴉を睨む少女は美しかった。

  腰まで届くほどの、黒く艶やかな輝きを放つ髪。真剣に大鴉を睨む、凛々しく澄み渡る眼差し。月明かりの下に映える、白皙はくせきの美貌。細身の体を包む、白小袖しらこそで緋袴ひばかまが、神秘の雰囲気を増している。

  一流の人形作家でも再現できぬだろう少女は、真白の大鴉よりも幻想的であった。

「生まれたばかりかしら?」

「そうみてえだな! ラッキーだぜ!」

  大人びた見た目に反して、意外にも高めの少女らしい声に答えたのは、血の気の多そうな男の声。

「だが、油断はするな」

「そうよね〜。生まれたばかりっていうなら、こっちだってひよっこなんだし」

  更に二人、先ほどのどちらとも違う声が注意を促す。

  事ここにいたって、ようやく隆也は、現状を考察し始めた。

  ――つまり、この女の子はあの鴉を倒そうっていうのか?

  だが、それには少々首を傾げざるを得なかった。

  先ほど褒め称えた彼女の容姿は、到底荒事には向きそうになかったし、そもそも人間は、空を飛ぶ相手を攻撃できない。

  そう、常識に則って判断した。

  この異常な空間で、常識に則った判断をすること自体がいささか的はずれであったが。

霹靂閃へきれきせんで吹き飛ばすわ。問題ないわね?」

「うむ。それで大丈夫だろう」

  姿の見えない誰かに確認をとった少女に、重厚な厳格さを持った声が答える、と同時、

「――――!」

  猛烈な速度で、突如白鴉が少女めがけて突進してきた。隆也が、この後の惨劇を想像し、凍りついた瞬間、

「はっ!」

  見た目に似合わぬ機敏さで、少女は横にステップを踏むだけで白鴉はくあを躱してみせた。

  高速の攻撃を躱された白鴉は、そのままの勢いでもって上空に逃れようとした。人の手の届かぬ高所からの突進の繰り返しが、単純ながら凶悪であると、知っているかのように。

  だが、そんな白鴉の――ついでに隆也の――考えは、やはり的外れだった。

  いつの間にか、少女の手には弓が握られている。彼女の服装――いわゆる巫女服――によく似合う、大型の和弓。巫女が持つにはふさわしい武器であった。

  唯一、その弓幹ゆがらが漆黒であることを除いては。

「はんっ! チキン野郎が!」

  最初に少女に答えた、ガラと頭の悪そうな男の声は、彼女の手にした弓から聞こえる。

  それがどういうことなのかを、隆也が考える前に、少女は黒弓を構えた。

  その時にはすでに、白鴉は遙か高所から、二撃目を開始している。一方で、敵に狙いを定め、弓のつるを引き絞る彼女を見た隆也は、致命的なことに気がつく。

  ――矢がつがえられていない!

  なんてバカなミスを! 意外とドジっ子なのか! いや、そんなことより、このままでは!

  などと考える隆也には目もくれず、少女はただ眼前の敵へと狙いを定め、

「そこ!」

  勇ましい掛け声とともに、引き絞った弦を開放した――瞬間。

  漆黒の弓から、あたかも巨大な矢が飛びでるかのように、猛烈な勢いで黒い光が迸った。

  黒い光は白鴉の突進など、話にもならない速度で突き進むと、白鴉に触れた瞬間、それを撃ち落とした。よく見ると、白鴉は炎に包まれている。

(今のは……、雷か?)

  これは別に隆也に、今の黒い光を雷と断定する根拠が合ったわけではない。ただ、なんとなくそう思っただけである。

  根拠のない割に、その推論は完璧に事実を暴いていたのだが。

(雷の出る弓を使って、彼女はあの鴉のような化け物を倒した)

  普通であれば、パニックになってしまうだろう場面で、隆也は次々と推論を展開していく。

(もしかしてあの子は……、怪物狩りみたいなものなのか!?)

  別にこれは、隆也が人並み外れて豪胆だというわけではない。ただ、思い込みが激しく、楽天家なだけである。それがたまたま、今回は真実を考察する手助けとなっただけである。

  もっとも、正確には、もう一つだけ理由があるのだが。その理由が、隆也に次の行動の指示を与えていた。

「あなた、大丈夫?」

  そんな隆也に、美しい声がかけられた。見ると少女が、隆也を見下ろすように立っていた。

  普通の人間であれば、今の事態に混乱し、少女の次の言葉を待っただろう。

  好奇心の強い人間であれば、少女を質問攻めにしただろう。

  プライドの高い男であれば、自分が冒頭から尻餅をついていたことに気づき、慌てて立ち上がっただろう。

  だが、大神隆也の取った行動は、そのどれでもなかった。

「驚いたわよね。 でももう大丈……」

  少女が最後まで言い切ることができなかったのも、仕方ない。先程まで無様に尻餅をついていた男が唐突に、更に無様な土下座という行動に出たのだから。

「な、なに……?」

「頼む! この俺を……」

  鈴のような声を震わせた彼女に、馬鹿な男が叫ぶ。

  その激しい思い込みと、楽天家っぷりを最大に使って。

  先程述べなかった理由に突き動かされて。


「主役にしてくれぇぇぇぇぇ!!!」



何分、小説は書くのも投稿するのも初めてですので、不備問題などありましたらお知らせください。


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