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西の別館

城から森を挟んで西に、開けた田園地帯があります。そこからさらに西へ行くと、海風よけの松の木々を挟んで海が見えます。

王家の別荘地である「西の別館」はその松の木々を背に、立っていました。

かなたがこの別館についたのはもう日も暮れ、一番星が空に瞬き始めた頃でした。

「道中お疲れ様でした」

別館内の大ホールでこの館を預かっているのでしょう、年配の執事がかなたにうやうやしく頭を下げました。

「そちらの方はどなたですか」

かなたの後ろで立っている銀髪の青年、はやとを一瞥して、執事頭がたずねます。

「昨日僕が…」

そう言ってかなたはこの執事に彼をどう紹介しようか考えています。

少し考えてかなたは言いました。

「昨日、僕が雇った護衛の者です。その、父王には今朝言ったばかりですので、そちらの方に言ってませんでした。その事はあやまります…」

「いいえ、構いません」

執事がうやうやしく頭を下げます。

「この館を預かる身としてただ伺ったまでです。お気を悪くなさいましたらご容赦下さい」

「いえ…」

かなたもまた、真っ赤になってうつむきます。

「それでは、夕食にいたしますので、こちらにご案内いたします。護衛の方は別室にて用意いたします」

「一緒では、駄目でしょうか」

おずおずと訪ねるかなたに、執事頭は首を横に振りました。

「いいえ、それはなりません。王家の者が下々の者達と食事など、あってはならない事です」

「我は構わぬ」

はやとがうなずきます。

「食後に今後の事で打ち合わせをしたい。王子、それでよろしいか」

そう、かなたにたずねます

かなたがこっくりとうなずくと執事が「こちらへ」と言ってかなたを案内していきます。

はやともまた、その場にたたずんでかなたを見送りました。


夕食後、部屋の中央に置かれたテーブルに座ってかなたが本を読んでいると、ノックの音と共にはやとが入って来ました。

「良い所だな、ここは」

広い部屋を見回しながらはやとが言います。

「静かで、何もない所ですけど、僕は好きです」

「そうだな」と、はやとがうなずきます。

「ところで、かなたに訪ねたいのだが、この館の大ホールにかかっていたあのタぺストリーを作った魔法使いとはどんな方なのだろうか」

「タぺストリー、ですか?」

別館入口になっている大ホールは円形になっていて、そこには壁沿いに絵や置物が等間隔に並んでいます。

その中の一つ、ひときわ大きなキルト・タぺストリーが飾ってありました。

色とりどりの生地が等間隔に嵌め込まれた枠に、簡素な鎧を纏った少年が刺繍されています。

「あれは確か、何代か前のご先祖様が作ってもらった物だと聞いています。そのタぺストリーがどうかしたのですか?」

「なかなか見事なものだと思ってな。先刻もあの執事に聞いたのだが、その魔法使いの家がこの森にあるのだそうだ。明日にでも行ってみたいのだが、その許可をもらえないだろうか」

「それは構いません。それにそう言う事ならば僕の許可を取らなくても大丈夫ですが…」

「本来の仕事はかなたの用心棒だからな、やはりかなたの許可をもらうのが筋であろう」

なるほど、とかなたがうなずきます。

「でも、どうして、その魔法使いの家へ行くのですか?」

「あれを服にしてほしくてな」

「あれとは?」

「狼の毛皮だ」

あっさりとはやとが言ったため、始め、かなたはそれが何の事かわかりませんでした。

「狼の毛皮?」

「我の白い毛皮だ」

それでもわからず、何の事だろうと少し考えてようやっと思い当たりました。

「普通の仕立屋では駄目なのですか」

「無理だな」

あっさりと、はやとが否定します。

「あれは魔力のこもった物故、それ相応の者でないと服にするどころか、針を通す事も、ハサミを入れる事すらも出来ぬぞ」

なるほど、とかなたはうなずきます。

「かなたはここで何かやる事はあるのか」

はやとの問いに、かなたは首を横に振ります。

「ここにいてもやる事はそうありません。ですからここで本を読んだり勉強したりしたいと思います」

「ふむ」

はやとか右手をこぶしにして軽くあごに当てています。

「ならば、明日我と共に行かぬか」

はやとの、突然の申し出にかなたがきょとんとしています。

「ここにいても退屈であろう。ならばこの土地を見てまわるのも良いではないか。それにかなたがいれば我も用心棒としての役目が果たせると言うもの。悪くはなかろう」

「確かに、そうですね」

楽しそうなはやとにかなたがうなずきます。そんなはやとを見ているうちに、彼と出かけるのも悪くはないな、と思い始めていました。

「僕も一緒に行きます。明日が楽しみですね」

「我が迎えに行こう。それでよろしいか」

かなたがうなずくとはやともまた満足げにうなずき、部屋を出ていきました。

ほんの少し、はやとが出ていった扉を見つめて、かなたはまた、読みかけの本を読み始めたのでした。


次の日、早めに起きたかなたは歩きやすい服に着替えて朝食を取った後、迎えに来てもらったはやとと共に外へと出て行きました。

朝が早いにも関わらず、道沿いの畑や果樹園には人の姿が見えます。そんな人々の姿が珍しいでしょう、時々立ち止まっては何をしているか聞き回っています。

「かなたは人々の働く姿を見た事はないのか」

物珍しそうに見てまわるかなたに、はやとがたずねます。

「城の外へはあまり出た事がなかったのですから。でも、城の中で働いている人は見た事があります」

「この地は城の領土にあたるはずだ。だからここで作られた作物の一部は城に納められているのではないだろうか。

もしかしたら、今日食べた物もここで作られた物かもしれないな」

「では、ここで働く人達はすごいんですね」

「そうだな」と、はやとがうなずきます。

「そして、それを素直に言えるかなたも凄いと我は思うがな」

はやとのこの言葉に、かなたがきょとんとしています。

「え…、そうなんですか?」

そんなかなたに、はやとが微笑みかけます。

しばらく歩いているうちに、畑は徐々になくなり、やがてちらほらと木々か見え始めます。

そして、道がなくなると同時に、高い木々が見え始めます。

気が付けば、高い木々と静寂だけが二人を取り囲んでいたのでした。

そんな二人の側をいつ来たのでしょうか、緋色の瞳の狼が音もなく歩いています。

その背にははやとあの白い毛皮が乗っていました。

その毛皮をはやとがすまぬな、と言いながら狼の背から取り上げます。

緋色の瞳の狼を先頭に、かなたとはやとが何も言わずに歩きます。

時折、鳥の羽ばたきと鳴き声が聞こえてきます。その度にかなたは立ち止まり、不安そうな顔で辺りを見回します。

そんなかなたに、はやとが微笑みます。

「我がついているのだ、そう怯えずともよいのだぞ」

緋色の瞳の狼もまた、はやとに同意するかの様に、その緋色の瞳でかなたを見つめます。

そうして、もうしばらく歩くうちに、今度は鳥の鳴き声の代わりに別の音が聞こえて来ました。

その音は近づくにつれ、規則正しい音となって聞こえて来ます。

「何の音でしょうか」

不思議に思ったかなたがたずねます。

「多分と思うが、木を斬っている音ではなかろうか」

その音を頼りにもう少し歩くと、やがて開けた所へと出ました。

うっそうとした森に囲まれて小さな木の小屋が立っています。

丸太を組んで作られたその小屋はずいぶんと前に作られたのでしょう、あちこちに苔が生えています。

その小屋の前、ひとりの少女が大きな切り株を台にして小さな枝を切っていました。

かなた達が聞いていたのはどうやらこの音だった様です。

その少女が、人が来たのに気がついたのでしょう、枝を切る手を止めてこちらを向きました。

その少女を一目見て、かなたは驚きの声を上げました。

琥珀色の髪、切れ長の琥珀色の瞳。


──手合わせをお願い出来るか。


あの時、森で出会った剣を持った少女が、そこにいました。

少女もまた、かなたの姿に気づきます。

「剣の練習はしているのか」

かなたが首を横に振ります。

「だけど、良い剣は手に入れたみたいだ」

ちら、とはやとを見て少女が言います。それから持っていた斧を土台にしていた丸太の上に置くと、開きっぱなしの扉を指差します。

「用があって来たのだろう。中に入ったらどうだ?」

言われるままにはやとが中に入ります。

少し遅れてかなたも中に入りました。


中に入ると、トントン、と規則正しい音が聞こえてきます。

思ったより広い家の中、左側に何も乗ってない小さなかまどが見えます。

右側には小さな食器棚と木の丸椅子が二つ置かれたテーブルが見えます。

古いながらも、手入れの行き届いた気持ちの良い部屋です。

トントン、とまた音が聞こえてきます。

部屋の右側、そこにも部屋があるのでしょうか、扉のない入り口が見えます。

どうやら、音はそこから聞こえて来る様です。


音を頼りに、二人はその入り口へと入って行きました。

かなたの視界にまず入って来たのは、大きな機織り機でした。

機織り機の前に、ひとりの少女が座っています。その少女が足下のペダルを踏む度に、カタン、と綜絖が上がり、一本置きに縦に張られた糸が上がります。

そこに杼を通し、横糸を張っていきます。

機織り機には、すでに真っ白な布が半分ほど、織り上がっていました。

少女が二人の入って来る気配に気づいたのでしょうか、杼を持っていた手を止め、顔を上げました。

持っていた杼を機織り機の上に置くと、座っていた丸椅子から立ち上がり、二人のそばに近づいて来ました。

その少女をかなたは知っていました。


若草色の長い髪、紫水晶の色をした瞳。


森で出会ったあの少女でした。

「よくいらっしゃいました」

目の前の少女がにっこりと笑います。

「人も寄り付かない森の奥まで来たからには、よほどの事があってなのでしょう」

「これを服に出来る者を探している」

はやとが持っていた白い毛皮を少女に手渡します。

拝見します、と言いながらその毛皮を受け取ると、広げて眺めたり、手触りを確かめたりしています。

「とてもよい物ですね。でも、どうして私の所に来たのですか。他にもあるでしょうに」

「魔法のかかった物ゆえ、その辺りの者達では仕立てが無理と思ったからここに来たまでの事。ここで作られた物をみてここなら出来るだろうと思って来たのだが、それはずいぶん古い物ゆえここに来たのはもしかしたら筋違いだったかもしれぬな」

「それはどんな物ですか」

「かなたの所にあるキルトタぺストリーだ。海のそばにある王家の別荘と言えばわかるだろうか」

少女がうなずきます。

「少年の刺繍されたタぺストリーですね。それでしたらよく覚えています。あれは私が作ったものですから」

一瞬、かなたは我が耳を疑いました。なぜなら、目の前にいる少女は、見た所かなたよりも年下にしか見えなかったからです。

その見た目の幼さから不老長寿の種族を思い浮かべてかなたがたずねます。

「もしかして、エルフの種族ですか」

「半分、その血を引いてます」

それでも、少女を見てどこか釈然としない顔のかなたを見て、はやとがたずねます。

「あのタぺストリーはかなり古い物だと聞く。いくら不老長寿の種族とは言え、そこまで長生きできるとは思えないのだが」

「確かに、そうですね」

少女がうなずきます。

「でも、ここは時の樹海の中だと言う事をお忘れなきよう。どんな人でもここで暮らせば年を取る事はありませんから」

意味ありげに微笑むと、はやとにその毛皮を返します。

「これはお返しします。私が仕立てなくても大丈夫ですわ。なぜならこれはあなたが望めば鎧にも盾にもなるのですから」

「そうなのか」

少女がうなずきます。

「力のある道具は時として人の力によって呪われた道具へと変わります。でも、その呪いが浄化されればその道具は本来の力を発揮してくれるのですよ」

「なるほど」

受け取った毛皮を手にしたはやとは、少し考えてそれを肩に羽織ります。

「なるほど、こう言う事なのだな」

はやとの肩に毛皮が触れた途端、一瞬のうちにそれはフードのついた毛皮のマントへと変わり、彼の腰までその身体を覆いました。

満足げにマントを翻して遊んでいるはやとを見ながらかなたはふと、どうして自分がはやとの呪いを解いたのか、この目の前の少女に訪ねてみたくなりました。

「ひとつ聞いてもいいでしょうか」

そう前置きしてかなたは言いました。

「どうして僕がはやとに触れただけでその呪いを解いたのでしょうか」

そのかなたの問いに少女が考え込んでいます。

どの位そうしていたでしょうか。

「それは私からは言えません」

一言、それだけ言いました。

「どうしてですか」

「その答えはあなた自身が見つける事です。私からは何も言えないのです」

「僕自身がですか。でも、その口振りからすると、何か知っているのですね」

「王家の事はみな知っています。けど、私はそれを見守る事しか出来ないのです」

少女が寂しそうに答えます。

寂しそうに言う少女に、かなたはそれ以上何も聞けなくなりました。

それでも、何かかける言葉を考えているかなたのそばではやとが言います。

「よい事を教えて頂き、感謝する。それで、代金の方なのだが…」

「お代はよろしいですわ。私は何もしていないのですから」

「それでは我の気がすまぬ。今はまだ払えぬが、いずれちゃんと礼はするゆえ、今少し待ってもらえぬか」

「待つも何も、私は何もしていませんからそんなに気になさる事はありませんわ」

「そなたはそう言うが、我としてはやはり気が引けるのだ」

頑としてゆずらないはやとに少女が楽しそうに笑います。

「大丈夫ですわ。その珍しい毛皮を見せて頂いた事こそが私への報酬なのですから。

これこそが、お金にも代えがたい程大切なものなのですわ」

「そんなに珍しい物なのですか」

はやとが羽織っているマントを見ながらかなたがたずねます。

「ええ、かなり珍しい物です。少なくともこの国の物ではありませんね」

「確かに、我はこの国の者ではない。狼の姿になる前の事は途切れ途切れにしか覚えておらぬからどこの国の者かは我自身もよくは解らぬ」

「多分とは思うのですが…」

かなた同様、はやとの羽織っているマントを見ながら少女が自身の記憶をたぐりよせています。

「ここから東でしょうか、狼と共に生きている種族があると聞きます。そこの魔法使いなら何か知っているのではないでしょうか」

「いろいろ心遣い感謝する。いずれその国に行ってみようかと思う」

と、はやとは礼を言いました。

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