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平和の儀礼

 そして、平和の儀礼の日がやって来ました。


 森を背にしたその城のもと、城を取り囲む様に小さな家々が立ち並んでいます。

 城の正面から伸びた大きく広い通りはたくさんの人々とその人々にありとあらゆる娯楽を売る出店が立ち並んでいます。

 普段から賑わっているその大通りも今日は平和の儀礼の日のせいなのでしょうか、いつも以上の店が立ち並び、あちこちでこの日のために集まってきた旅の芸人達が思い思いの芸を披露しています。

 そのため大通りは大きな馬車はもとより人が通るのも困難になるため城に招待された貴賓客始め、城に出入りする業者達もまた、城下町を大きく迂回して森と家々の間の道を回る事になっていました。

 城の貴賓客が乗るにはかなり装飾の押さえられた馬車に揺られながら銀の礼服にその身を包んだかなたは車窓を流れる森の景色を眺めていました。

 控えめな外装とはうって変わって四人ほどがゆったりとくつろげる車内にはかなたと、その向かい側に紺色の外套を羽織ったセシアが座っています。はやとの姿が見えないのは白い狼の姿で緋色の瞳の狼と共に森の中を走っているからです。

「我がそばにいては馬が怯える故、別行動を取らせてもらおう。何、別行動とは言っても馬車から少し離れているだけだ、万が一の事があればすぐ駆けつける、心配せずともよい」

 目をこらして森の中を見ますと、時々ですがちらちらと白い物が動いているのがわかります。おそらくそれがはやとなのでしょう。もう一匹の姿は見えませんが、おそらく共に行動しているのかもしれません。

 久しぶりの城です。

 父や兄はどうしているのでしょう。

 別館に行く前の兄の姿を思い出して複雑ながらもかなたはそれでも会えるのを楽しみにしていました。

 視線を城へと向けますが、城は高い城壁に遮られてその姿は全く見えません。

 それでも諦めきれず、馬車の窓から顔を出してみようかそう思った時でした。

「顔を出しますと危ないですよ」

 どうやら、セシアにはかなたのやろうとした事がわかったようです。

 すまし顔で見ているセシアを前に子供じみた事をしようとしている自分が少し恥ずかしくなりました。

 そんなかなたに、セシアはいつものように微笑みかけます。

「申し訳ございません。大事な話をするつもりでしたがつい」

 それから礼服の懐から一通の封筒を出します。

「この手紙は平和の儀礼が終わった後に読んで下さい」

「これは?」

「そうですね、私からの大事な手紙とだけ言っておきましょうか」

「今読んではいけないのでしょうか」

「本当に大切なものは最後まで取っておくものですわ」

 赤い蝋に城の紋章で封印された封筒を前に、暫し考えこんでいたかなたでしたですが、セシアが今読まない方がいいと言っているのならそれがいいと考えて自分の服の内ポケットへとしまいました。

「ありがとうございます。かなた様ならそうしてくださると思っていましたわ」

「人が嫌がる事はしてはいけませんから。それに、セシアがそこまで言うのです、きっと何か理由があっての事なのでしょう?」

「すべては平和の儀礼が終わった後に」

「そろそろ城内に入るよ」

 セシアの座っている場所の上にある御者席に通じる小窓からこはくの声がします。

 その言葉にかなたが窓から外を見ますと、丁度城壁が切れて懐かしい城の姿がありました。

 ここから出て別館へと移った時期はそう長くありません。

 しかし、かなたにとってはもうずい分長い間ここを離れていたように思いました。

 裏門から入り、そのまま行きますともうひとつの門があり、その先をまた少し行きますと小さな庭へと出ます。

 その一角に、馬車は止まりました。

 御者台に座って馬車を操っていたこはくが御者台から降りて馬車の扉を開けます。

「それでは参りましょうか」

 セシアが立ち上がり、馬車から降ります。

 かなたも後について馬車から降りました。

 表の賑やかな喧騒とは打って変わって小さな庭は静寂に包まれています。城の裏手にあるからでしょうか、ここでは祭りの賑やかな音楽も人々の賑わいも聞こえてきません。

 その静けさがかなたを不安にさせます。

「えらく空気が重いな」

 人の姿に戻ったはやとが緋色の瞳の狼と共に庭にやって来ます。

「お祭りなのに何だってこんなに空気がピリピリしているのか」

「確かに、いつもより静かな気がします」

 時々来るこの庭は普段から静寂の中にあるものの、それでも小鳥のさえずり声や城の人々の声が聞こえてきたりと生きている者の気配がありました。

 しかし、今この庭には人の気配もなく、ただただ静寂があるだけです。

「城内で何かあったのでしょうか」

「そうかもしれません」

 緊張の面持ちでセシアがうなずきます。

「あってほしくはないのですが、ともかく、行ってみましょう」

 一瞬のうちにはやとが白狼の姿になります。

 そのまま、緋色の瞳の狼とともに城内へと入っていきます。

 不安な気持ちを抱えてかなたもまた、セシアとこはくと共に城の中へと入っていきました。

 城内へと入ってみたものの、広い城内はやはり静けさに満ちています。

 いつもいる城のはずなのにどことなく違う、そんな雰囲気が城内を漂っていました。

 広い廊下に敷き詰められた赤い絨毯。

 その廊下を明るく照らすために均等に設置された豪勢なランプ。

 城お抱えの画家達が壁や天井至るところに描いた繊細な植物や豪胆な動物達。

 すべてがいつもと変わらないはずなのに、不安ばかりがかなたの脳裏をよぎります。

 そして、そこにいるはずの人の姿がないことがかなたをさらに不安にさせました。

「ねえ、城の中ってこんなに静かなものなの?」

 こはくが不安と警戒心をあらわにしています。

「いえ、いつもなら誰かしらいるはずなのですが……」

 床や壁を掃除しているハウスメイド達。

 最低限の防具を身に纏い、鞘に納めた長剣を手に見回りをしている兵士達。

 食材や衣類を手に時々城内で迷子になっている売り子達。

 城内を歩けば必ず誰かしらに会うはずなのに、今はネズミ一匹すら通りません。

「とりあえず、どこに行けばいいのかな」

 こはくが誰ともなくたずねたその時です。

 不意に、三人の前にいた白狼と緋色の瞳の狼が顔をあげます。

 どちらも警戒しているのでしょう、身体の毛を逆立てています。

 二匹が顔を向けた先、そこには大小様々な大きさの時計草の彫られた大きな観音開きの重厚な扉がありました。

 扉と言いましても、その扉には取っ手がついていません。扉自体も時計草の蔓と花の彫り物で埋まっているためただの壁にしか見えない事でしょう。

 事実、かなた自身もつい最近まで壁だと思っていました。

 その扉が人ひとり分開いています。

 開かれた扉の先は真っ暗で何も見えません。

 二匹が次の指示を伺おうと顔をかなた達に向けました。

「行きましょう」

 セシアが開かれた扉を見ながら促します。

 その顔は緊張に満ちていました。

 扉の隙間から見える闇はそれだけでかなたの足を止めます。

「怖いですか」

「正直、とても怖いです」

 その暗闇の先にどんなものがあるのかそれがわからないだけに余計怖く感じていました。

「何が出るかわからないだけに今すぐにでも逃げ出したいくらいですが……。でも、行かなくてはいけないのですね」

 つい先日まで壁だと思っていたその場所がどう言った場所なのか、そして、そこがどれだけ大事な場所なのか、かなたは知ってしまったからです。

「何、我らがついておる。かなたひとりにはさせぬよ」

 狼姿のはやとからはその表情は伺い知れませんが、その声と瞳からかなたを気遣っているように見えます。一方のこはくはと言いますと、

「私はセシアのあとをついて行くだけ。でもまあ、ついでにかなたの面倒も見てやるから安心しなよ」

「素直に心配していると言えばよいではないか」

「うるさい、バカ狼」

 そのまま言い争うひとりと一匹を前にかなたとセシアの二人はお互い顔を見合わせてどちらからともなく笑ったのでした。

 しばらく、和んだ空気が辺りを漂います。

 その時間はほんの少しの間でしたが、かなたにとって扉の先へと向かう勇気を貰うには十分な時間でした。

 かなたが扉に顔を向けたのをきっかけに白狼と緋色の瞳の狼が歩き出します。

 二匹と三人は扉をくぐってその先に待ち構える闇の中へと入って行きました。

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