7つ目の元素
森の中からふくろうの鳴き声が響きわたります。
そのふくろうの鳴き声に合わせるかのように微かに狼の遠吠えも聞こえて来ました。
別館の一番高いところ、月明かりに染まったテラスにかなた達はたたずんでいました。
夜とはいえ、月明かりでテラスは明るく照らされています。その月明かりを避けるかのようにひっそりと星々がその月明かりを邪魔しないよう控えめに瞬いていました。
自分達以外動く物が何もないこのテラスにたたずんでいますとまるですべての時が止まったかのようなそんな錯覚に陥ります。
「さてかなた様にうかがいますが、もう七つ目の元素が何かわかりましたか」
広いテラスの中央に向かいながらセシアがたずねます。
彼女の行く先、テラスの中央には夕方用意しておいた白い箱が月明かりに照らされて置かれてありました。箱は蓋を開けて置かれているものの、少し離れた位置にいるかなたから中身を見ることができません。
「何となくわかった気はしますが、それが何なのかはっきりとまではわかりません」
「確かに、ちょっと変わっていますからそれがどんな元素なのかわからないのは仕方がないと思います。でもだからこそそれが答えになることもあるのですわ」
それからかなたを手招きします。
呼ばれるままにかなたがセシアのそばに来ますと白い箱の前に二人一緒に立ちました。
「ではかなた様、ここにあるものを取り出していただけませんか」
言われるままにかなたが白い箱の前に膝をつき、中に手を入れますとその手に触れた物を引っ張り出しました。
月明かりのもとに現れたのは先刻着ていたかなたの礼服です。しかし、その色はまるでこの月明かりに染まったかのような銀色をしていました。
「ほう、なかなか見事なものだ」
少し離れた場所で腕組みしながらはやとが感心しています。その横でこはくがまるで自分が誉められたかの様に得意そうにうなずいていました。
「これが、もとの礼服なのですね」
銀色の礼服を手に、かなたがセシアに尋ねます。その問いにセシアが微笑みながらうなずきました。
「かなた様を着飾る服として、そしてその身を守る鎧として、これ以上の物はないと自負しておりますわ」
白と黒の礼服も見事なものでしたが、かなたが手にしている銀色の礼服はそれ以上に見事なものでした。
かなた自身、これほど見事な礼服にお目にかかった事はありません。
「何だか、僕が着るにはもったいない気がします」
「そんな事はあるまい。むしろかなたにぴったりの服だと思うぞ」
はやとの言葉にそうだろうかと考えつつ、同時にやはり着てみたい、そんな思いも抱いていました。
「試着してみてもいいでしょうか」
礼服を手にセシアにたずねますと、セシアがどうぞ、とうなずきます。
三人のいるテラスから離れ、礼服を胸に抱きながら階下の方へと足を運びます。
階段に一歩足を置いた途端、ふとかなたの足が止まります。そのまま少し考えてからきびすを返して先ほどまでいたテラスへと戻ってきました。
戻ってきたかなたを見てはやとが不思議そうな顔をしています。
そのはやとに心配させないよううなずくと少し困った顔をセシアに向けてたずねました。
「この礼服、気のせいでしょうか、はやとの毛皮と同じ感じがします」
「同じ、と言いますと?」
「何と言いましょうか。僕が狼の姿をしたはやとに触れた時と同じ感じがするのです。実際どんな感じかと言われますと困るのですが」
説明に困っているかなたにセシアは微笑みかけます。
「いいえ、そう言われますのも無理ない事です。魔法という物を言葉に表すのはとても難しいことなのですから」
「すまぬが、その礼服を見せてもらえぬか」
いつの間にかはやとがかなたの横に来ています。どうやらかなたの一言か気になったようです。
言われるままかなたは抱えていた礼服をはやとに手渡します。
礼服を受け取ったはやと、始めはただその礼服を眺めていただけでしたが、しばらくするうちにその顔が徐々に険しくなります。
やがてセシアに向けたはやとの顔はどことなく警戒を含んだものになっていました。
「セシアに訪ねたいのだが、これは本当にかなたに着せて良い礼服なのか?」
礼服を手に険しい顔でセシアにたずねます。
このただならぬ様子にこはくが噛みつきました。
「何が言いたいの?セシアが作った服に文句をつける気?」
「文句をつける気は毛頭ない。ただ気になることがあるゆえ、たずねたまでの事。それに、どうしてこはくが噛みつくのだ」
「私はセシアの代わりに怒っているの。そんな顔をして文句ないなんて、よく言えるじゃないの」
「この顔が気にさわったのなら謝る。しかし、ただ我としてはこの服に関して気になる事があったゆえ、たずねたまでの事」
「顔なんてどうでもいいの。私が怒っているのはそのいかにも私は疑っています、と言う表情よ」
「言っている事がよくわからんぞ」
「もうその位でいかがでしょう、こはく。ほら、かなた様も困った顔をなさっていますよ」
このままですと殴り合いの喧嘩をしかねないと感じたのでしょう、やんわりとこはくを止めます。
「はやともかなた様の用心棒としての役割を果たしたまでですし、彼がこう言うのも無理ない事です。
ですので、先にいっておきます。この礼服ははやとの思っている様な物ではありません。それだけは断言しておきますわ」
「ふむ」
半ば半信半疑の眼差しをセシアに向けながらはやとがうなずきます。
「でも、どうしてはやとはそんな質問をしたの?」
「かなたよ、今言ったではないか。我と同じ感じがすると。我のこの毛皮はそもそも呪いのかかったもの。それゆえかなたも我と同じ目に合わないか心配になったのだ」
「だから、セシアがそんな事する訳ないじゃない。私ならともかく、セシアに限ってそんな事する訳ないのは私が一番よく知っているもの」
「大いばりで言う事もないがな。とにかく、不愉快な気分にさせてしまい申し訳ない。こうして頭を下げる事しか出来ないのだが」
「僕からもあやまります」
かなたも一緒に頭を下げます。はやとを用心棒として雇っている以上、責任の一端は自分にあると思ったからです。
「お気になさらず。私も気にしませんから」
セシアの前で頭を下げる二人に頭をあげる様促します。
「かなた様がはやとの毛皮と同じ感じがするとおっしゃっていましたが、この一言はとても大切な事なのですよ。この一言があったからこそはやとは私を疑ったのでしょう」
「その通りだ」
はやとがうなずきます。
「もしかしたらと思うのですがこれとはやとの毛皮は同じ元素で作られたのですか」
「その通りです」
かなたの問いにセシアがうなずきます。
「魔法の手順は違いますがもとの元素は同じです。そしてこの元素を一番多く含んでいるのは何だと思いますか」
「月の光ですね」
即答でかなたが答えます。
炎の元素が集まれば炎となり、水の元素が集まればそのまま水になるように、それぞれ目に見える物質は目に見えない元素が集まる事で作られています。
二着あったかなたの礼服はこの月明かりのもとで一着になった事でおそらくこれだろうとかなたは思っていたのです。
「その通りですわ」
嬉しそうにセシアがうなずきます。
「おそらくはやとの毛皮も月明かりのもとで作られたのでしょう。ただ、本来の用途で使われなかった様ですが」
「呪いの道具にされたと言っていたな」
興味津々ではやとがたずねます。やはり自分の持ち物であり、自分の身にふりかかった事だけに気になるのでしょう。
「おそらく、この毛皮は大切な方を守る鎧として作られたのではないのでしょうか。それが何らかの悪意ある者の手によってこうして呪われた物になってしまったのだと思います」
「我はこれを作った者の事をよく知らなんだ。いや、多分知っているのだろう。しかし、我はそれを何一つ思い出す事ができぬ」
口惜しいかな、とため息混じりに呟きます。
その姿がどこか寂しそうに見えのはかなたの気のせいでしょうか。
「今はわからずとも、いずれわかる時が来ます。詳しくはまだ言えませんが、はやとが人として生きていた土地にある、とだけは言っておきましょう」
「それは予言かな、時の少女殿。まあ、心に止めておく事としよう。
しかし、言われてみれば、これは確かに我を守る鎧の役割をしている。現に我はこうして生きてここにいるのだから」
ああそうか、と、不意にかなたは気が付きました。
「七つ目の元素は「時」なのですね」
すべてに関わってすべてに関わっていない元素。
セシアがすべての出来事を見通せる「時の少女」であること。
はやとが呪われた毛皮によって長い間狼の姿でいたこと。
すべてに共通しているものを考えて導き出した答えでした。
セシアはただ微笑むだけでしたが、その様子を見てその答えが間違っていない事をかなたは確信したのでした。