白と黒の礼服
図書室の中にある螺旋状に設置されている階段を上がりますとほどなく大きな踊り場へと出ます。
大きな踊り場でまず目につくのは一角に置かれた色とりどりの生地達です。
セシアが持ってきた生地の他にこの別館のどこかに保管されていた生地と合わさり、踊り場の半分を占めています。
その横で数人のメイドが各々針や鋏を手に仕事をしていました。
鋏を持つ者は生地を切り、針を持つ者は生地を縫い合わせて小さな模様を作り、他の模様と組み合わせて大きな模様にしていきます。
ひとつひとつは小さな、そして単色しかない生地がいくつも組み合わさり、様々な色彩を放つその様を見ているとかなたは軽いめまいを起こしそうになるのでした。
その横を皆の邪魔にならないよう通り抜け、その先の階段を上がります。
その緩やかな斜面を上がりますと、また先刻と同じ大きさの踊り場へと出ました。
ここにも下の踊り場同様、一角に様々な色の生地が置いてあります。ただ、下の踊り場と違うのは針や鋏を持ったメイド達の代わりにはやととこはくがそこにいた事と、数着の服が掛けられた服掛け、そのそばに大きな姿見が立て掛けられていた事です。
まるで踊り場全体が仕立室になったかの様です。
その二人もいつもと違う服を着て立っていました。
はやとは空気の澄んだ冬の空をそのまま持ってきたかの様な青い上衣の上にいつもの白いフード付きの毛皮のマントを羽織っています。
こはくは桜色の上下ひと続きの服を着ています。どことなく窮屈そうにしているのは普段着慣れていないからでしょうか。
上がって来たセシアを見るなりこはくがため息混じりに呟きます。
「こんなひらひらした服、どうしても着ないとだめなのかしら」
「かなた様と一緒に行かれるのですからそれなりの礼儀をもっていかないといけないのですよ」
セシアがなだめるものの、それでもこはくは不満そうです。
「でもこんな動きづらい服だともしもの時に動けないよ。やはりここはいつもの服でないとね」
「仕方なかろう」
そんなこはくをはやとがたしなめます。
「かなたを護衛する者でも城での行事はやはり正装が当たり前と言うもの。それがいやならこはく、お主が王になってやめさせればよいではないか」
「私はセシアの護衛をするの。でも、王になるのは私よりかなたの方が早くなれるのではないのかしら?」
「それはかなた様次第ですわ。では二人ともお手伝いしていただけないでしょうか」
セシアが洋服掛けに近づき、そこから服を二着取り出しますと、こはくとはやとにそれぞれ持たせます。
こはくには白を基調とした礼服を。
はやとには黒を基調とした礼服を。
どちらも色の違いを除けば同じ作りをしています。
「ではかなた様、どちらかお好きな方を選んで下さい」
「これは?」
「かなた様が儀礼の時に着ていかれる礼服です。かなた様ならどちらもよくお似合いかと思われますわ」
はやとの前に立ち、黒い礼服を手にとります。その肌触りはとても柔らかく、上質の糸で作られているのがかなたにもわかりました。
はやとに手伝ってもらい、黒い礼服に袖を通します。
かなたのためにしつらえたと言うだけあり、礼服はかなたの身体にしっくりと馴染んでいます。しかし、それを纏っているかなたはと言うと、どこか府に落ちない、と言った顔をしています。
そばにいた三人もそれに気がつきました。
「お気に召しませんでしたか」
「いえ、そうではありません」
心配そうにたずねるセシアにかなたは首を横に振ります。
「着心地もいいですし、これなら城で着るには申し分ありません。でもどうしてでしょうか、僕が着る服はこれではない、そんな気がするのです」
「じゃあ、こっちは?」
こはくが持っていた白い礼服をかなたに見せます。しかし、かなたはそれにも首を横に振るばかりです。
「せっかくセシアが作ったのに、かなたは贅沢だな」
眉間にシワを寄せながらこはくが呟きます。
「セシアが言うならともかく、こはくが文句言うこともないだろう」
そんなこはくにはやとはすでに呆れ顔です。
「そのセシアが文句言わないから私が代わりに言うの」
「当の本人を差し置いてか」
「だって、私が悔しいんだもん。かなたのために作った服なのにそんな事を言われるなんてさ」
「ありがとうこはく。でもそんな事はありませんわ」
こはくをなだめるようにセシアが微笑みます。
「どちらも選べなくていいのですから。むしろどちらか選んでいましたらどうしようか少し不安になっていました」
「それはどう言う事?」
今まで怒っていた事も忘れてこはくがたずねます。かなたもまた、理由を聞きたくてはやとと共にうなずきます。
「この二着は本来ひとつの服です。どうでしょう、この服をひとつに戻してみませんか?」
「服をですか」
二着の服を一着にする。ふと、下の踊り場で作業をしているメイド達の姿を思い浮かべました。
「服を作り直すのですか」
「それもよろしいのですが、それですとこの服を二着にした意味がありません。これはそうですね、ちょっとした私のいたずらだと思ってください」
いたずらで服を二着にする、その意味がわからずかなたは悩んでしまいました。
「悩んでも仕方ないからさ、とりあえずこれを手に取ってみてよ」
こはくが満面の笑顔を浮かべて持っていた礼服をかなたの前に差し出します。
どうやらこはくにはセシアがどうしてこんな事をしたのかおおよその検討がついたようです。
言われるまま、かなたがそれを受け取ろうと手を伸ばします。
その手にふわりと白い礼服が渡されました。
受け取った礼服を眺めながら姿見の前に立ったかなたは次の瞬間、驚きの声をあげました。
姿見の中ににかなたの姿が写っています。
そこにいるかなたは全く別の服を着ていました。
着ていた黒い礼服ではなく、
持っていた白い礼服でもなく。
二つの色を合わせ持ったうすずみ色の礼服を着ていました。
しかしそれもほんのつかの間のことです。かなたの驚きの声にその場にいた者達が集まって来た時にはその姿はもうなく、黒い礼服を着て白い礼服を持って呆然としたかなたの姿が姿見の中に写っているだけでした。
驚きを隠せないままかなたは姿見の中に見たうすずみ色の礼服の事を話します。
「驚く事はありませんわ。なぜならそれこそが私がかなた様に作りました礼服なのですから」
いつもの微笑みを浮かべてセシアが答えます。
「確かに、白と黒を合わせれば灰色にはなるが、それにしてもなかなかいたずらにしてはずいぶんと手の込んだ事ををするものだ」
はやとが感心しています。
「いたずらとは言っているがこれはかなたのためにしているのだろう」
「買いかぶりすぎですわ。私は本当にいたずらでこう言う事をしているのですから」
姿見に写る自分の姿を覗き込んでいるかなたをはやとと共に見ながらセシアが答えます。
その様子はまさにいたずらが成功したのを喜ぶいたずらっ子の様です。
「でも、どうしてその姿がこの姿見に写ったのでしょう。見たところただの姿見でしかなのですが」
「姿見だからこそかと。もっともそれだけではありませんが。
そうですね、今まで私が教えた中に答えがありますわ、と言っておきましょうか」
もしかしたら試されているのだろうか、そうかなたは考えます。
改めて手に持っている白い礼服を眺めます。
「いくつかお伺いしてもよろしいでしょうか」
セシアがうなずくのを見てかなたが尋ねます。
「これは魔法で一から作ったものなのですか」
「そうですね、半分はいいえと言っておきましょうか」
「セシアの織った反物は魔法を織り込んであるんだよね」
不意に横からこはくが楽しそうに答えます。
「セシアの織った反物は魔法で色づけするからただ魔法で作るよりもすごいんだよ」
「こはく」
やんわりとセシアがたしなめます。それを聞いたこはくは慌てて口を押さえました。
「魔法でこういった生地の色付けができるのですか?」
「もちろんです。やり方はいろいろですが、基本的な事はそう変わりありませんわ」
「ええと、魔法となる元素を使ってですから、この場合はその元素を何らかの方法で色付けすると言う事ですね。でも、その色はどうやって出すのでしょう」
「それぞれの元素が象徴とする色をそのまま糸に移してそれを織っただけです」
炎の元素を糸に移せばそれが象徴となる赤い糸となり、水の元素を糸に移せばそれが象徴となる青い糸になります。
そう考えますと、この二着の礼服は黒と白両方を象徴とした元素、つまり七つ目の元素で染めたものと考えられます。
「ええと、二つ以上の元素を合わせるには、この七つ目の元素を使うのですよね。でも、この元素が二つに別れていると言う事は、どう言う事なのでしょう」
「七つ目の元素の特性を思い出していただければわかるかと」
七つ目の元素の特性、それは。
すべての元素に関わる事が出来、
すべての元素に関わっていない。
しかし、それがこの礼服とどう結び付くのかかなたには皆目検討がつきません。
しばしの間、踊り場に沈黙が漂います。
その沈黙を破ったのは、はやとでした。
「あまり難しい事はわからないのだが、ようするにセシアが二着にした服を一着にしようとしているのだろう」
かなたがうなずきます。
「どうすればそれができるのか我にわかる様に説明してはくれぬだろうか」
頭の中で考えをまとめながらかなたは説明を始めます。
「ええと、七つ目の元素は性質が違うだけでもともと同じ元素です。元素自体は二つに分けられませんからどうして二つに分けられたか、それが分からないのです」
「ふむ」
拳を顎に当ててはやとが考え込んでいます。
それからセシアにたずねます。
「助言になるかわからぬのだが、我の考えを言ってかまわぬか」
「本来でしたらかなた様おひとりで、と言いたいところなのですが、私もどんな話をなさるのか気になります。よろしければお聞かせいただけますか」
感謝する、と嬉しそうにはやとが頷きました。
「我の言う事ゆえ、助言になるかわからぬのだが、かなたよ、ひとつの物を二つにするのが難しいのなら、同じひとつの物を合わせて大きなひとつにしてそれを二つに分けるのはどうなのだ?」
「それはできるはずです。ただ、同じ元素同士ではやはり二つにしても同じ物になってしまうはずですから、今回の様な別々の色になる事はないと思います」
同じ色を混ぜても一色にしかならない様に同じ元素同士合わせても同じ元素にしかなりません。
しかし、セシアがかなたのためにこうしてこしらえたその礼服は同じ元素で染めたものでありながらそれぞれ違う色になっています。
同じ元素なのに、と考えてふとかなたはあることに気がつきました。
普通の元素なら確かにかなたの言う通りになります。
しかしかなたの礼服は七つ目の元素を使って染められた生地を使ったものです。
「もしかしたらと思うのですが、七つ目の元素は同じ元素でありながら違う元素でもある、そう言う事なのでしょうか」
すべてに関わっていなくて、すべてに関わっている元素。
象徴となる色は白と黒。
何もかもが他と変わっているこの七つ目の元素。
「あり得るかもしれませんが、今回のは違います。先程かなた様が仰っていた通り、この礼服は性質の違う同じ元素を使っております」
「なるほど、性質が違うだけで色が変わるのだな」
はやとが感心しています。
「いえ、この元素だけが特殊なだけだと思います。元素が性質を変えるなんて聞いたことありませんでしたから。
でもこれでこの礼服のからくりがわかった気がします」
同じ元素にして違う性質の物を合わせてまた分ける。これならもともと同じ元素でも性質が違うため簡単に合わせる事が出来、同様に簡単に分ける事も出来ます。
「でもからくりはわかったのですが、問題はどの様にしてこの礼服を二着にしたのでしょう。もしかして本当は始めから二着作ってそれをひとつにしてまた二着にしたとか」
真面目な顔でかなたが尋ねます。そんな姿がセシアにとって可笑しかったのでしょうか、セシアが楽しそうに微笑みました。
「そこまで面倒な事はしていません。そうですね、説明するより実際見てもらった方が早いかと思います。今すぐは無理ですので今夜いかがでしょう」
「それは構いませんが、でもどうして夜なのでしょうか」
「夜でないといけない理由があるからですわ。その理由もその時教えます」
いたずらっぽく笑いながらセシアはそう答えるのでした。