赤いカラス
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
トマトが赤くなると、医者が青くなる。
これもまた格言のひとつだという。トマトは栄養価の高い野菜で、それらが食べごろになると、みんながそれを食して健康になっていく。
結果、お医者さんは自分の仕事が減ってしまい、おまんまの食い上げをされてしまう……という危機感をあらわしたものなのだとか。
お医者さんは退治するべき病巣がなくてはならないし、セキュリティは防ぐべく攻撃がないといけないし、スポーツもまた倒すべき相手やチームがいなくてはならない。
いなくて済むなら、そのほうが穏やかに過ごせるだろうけど、存在理由の証明のためにはやっかいな相手であっても、いてくれたほうがいい。これもまた評価と勝敗を求められる、世知辛いところだよ。
人間同士であっても、こんななんだ。天敵の存在は個体数の増加を防ぐうんぬんも大事だけど、戦う姿勢そのものを見せる意味合いもでかいかもね。
以前、おじさんが話してくれたことなんだけど、聞いてみないかい?
先にトマトが赤くなる話をしたけれど、赤いカラスは見たことがあるかな?
体中、真っ赤に染まっているスタイルとはちょっと異なるなあ。あちらこちら、血をまだらにまぶされたような格好のカラスさ。
彼らはなかなか人の前に姿を見せない。自身の仕事をこなしているからだ。他のカラスとはひと味違う、命がけのものをね。
赤いカラスがもし、仕事をしている現場を見かけたなら、すみやかに立ち去るべきとされる。争いごとに、無関係な人々を巻き込むのは道理にもとる行いだが、それはあくまで人の感覚。
彼らにとっては仕事が第一だから、それによって起こる被害などは考えに入れていない……と見られているんだ。
おじさんが赤いカラスに出会ったのは、十年ほど前。泊りがけで旅行に出かけたときの話だった。
宿泊先のホテルで荷物を置き、夕飯まで近所をぶらぶらと回っていたところ、カラスの黒い羽が散っている現場に出くわしたんだ。
十枚以上が固まって散らばるそこは、単なる羽ばたきによってもたらされたとは、考えづらかった。一羽を徹底的に、あるいは複数羽がまとめて攻撃された結果のように思えたとか。
しかも、近辺の半径200メートル以内で4か所も同じような光景を目の当たりにする。最後の一か所などは、散った羽の一枚一枚に赤いまだら模様がくっついていたとか。
折あしく、雨が降ってくる。
その雨粒が羽にあたると、まだら模様がにじんで、ずるずると溶け落ちていく。
生来のものではないだろう。ついてから、さほど時間が経っていないと見えた。
いぶかしげに、羽の様子をうかがうおじさんだったけど、その羽たちの上へどさりと、音を立てて落ちてきたものがある。
おおよそ楕円形をしていたが、得体がしれない。ただ一抱えもありそうな大きさのそれは、赤々とした液体に包まれている。おそらく、羽を汚したものと同じだ。
それもまた、少しずつ勢いを増す雨にのけられていき、下から白みがかった表面があらわになりはじめる。
肉片、とおじさんが判断するのと、頭上からカラスの鳴き声がしたのはほぼ同時だった。
さっと見上げた顔に、ぽとぽとと液体が数滴あたる。雨粒じゃない、嗅ぎなれた金属じみた香りと、赤い色。肉片を包んでいたのと同じものが、いままさに視界を横切らんとするカラスからもたらされたのだと思った。
カラスは遠目にも、赤黒く染まっていて、去っていく際にもまだいくらか垂らしているのように見えた。
ホテルで過ごした晩は、ちょくちょく眠りから目覚めさせられた。
おじさんの部屋は一番高いフロアだったのだけど、天井からコツコツとかドンドンとか、軽かったり重かったり、雑多なものが断続的に打ち付けられる気配がしていたのだとか。
そして翌日、チェックアウトしたあとに振り返ったホテルは、よくよく見るとあの赤黒くなった羽や細かくなった肉片らしきものが、こびりついていたらしいのさ。
旅行から帰ったおじさんが、それらのことを友達や知り合いに話したところ、例の赤いカラスの話を聞かされたらしいのさ。
彼らが相手する輩は、ときに人の頭脳で認識するには、まだ早いものもいるようで。そのようなときは戦いの痕跡のみが、あたりに散らばらせられるとか。




