海から見える遊園地
ホラーというよりは不思議な話ということで……。
実を言えばオレもちょっとだけ怖い。
ナオトは心とは裏腹に笑顔を浮かべてリサの袖を引く。
夏。
海沿いの遊園地。
お化け屋敷。
「嫌だってばァ~」
言葉ほど抵抗をみせないリサを入場口まで連れていく。
古い武家屋敷のような外観。
鬼だろうか。
二体の赤茶けた彫像が入場者を拒むように入り口で向かい合っている。
「どうせたいしたことないって!」
「途中、置いてかないでよ」
そう言って腕をからめてきたリサを、ナオトはかわいいヤツだなァと思った。同時にイタズラ心も湧きあがりつつあった。
屋敷内はかなり冷えていた。汗で濡れた背中のあたりがスッと冷たくなる。
暗がりを進む。
墓場、井戸、刑場といった定番の場所で効果的な音響と大袈裟な演出で登場する古典的な幽霊の人形。
その都度、リサの感情の動きがナオトの腕に伝わった。
怯えるリサの姿に、ナオトのイタズラ心はどんどん膨らんでいく。
「出口はまだ?」
「もう、終わり終わり」
ナオトはそう言いながら、イタズラを仕掛けるチャンスを窺っている。
闇の中、ぼんやりと浮かぶ進路表示に従い足を進めると橋が架かっていた。一歩一歩踏みしめるたびにギシギシと軋む。
橋の中ほどまで進むと、音響と共に頭上を火の玉が横切った。
怖くはない――。
そう思った瞬間、ガタッと足元がわずかに下がった。
「キャァッ!」
ナオトは悲鳴こそあげなかったがさすがに驚いた。と、同時にチャンス到来だと思った。
リサがつかんでいた腕を離した一瞬の隙をついてナオトは駆け出した。
「ちょっと待ってェ」
叫ぶリサを置き去りにナオトは出口へと走った。
リサはきっと怒るだろう――。
そうは思ったもののイタズラ心の方が勝った。一気に出口まで走った。
屋敷の外に出ると暑さの波がカラダに押し寄せてきた。
ナオトは軽い興奮状態でリサを待つ。
「ウワッ!」
悲鳴が外まで漏れる。ナオトは笑いを噛み殺す。
しかし、次に聞こえたのは賑やかな話し声だった。
リサより先に三人組の女の子が出てきた。
ナオトは不安になる。
リサはどうしたんだ? 足が竦んで動けないのだろうか?
その後もリサは一向に出てこない。
なにかあったのか?
ナオトは慌てて屋敷に戻り、順路を逆に辿る。
しかし――。
リサの姿はどこにもない。
再び出口へ向かう。音響や人形、仕掛けがこの状況下では煩わしい。
どこだ――。
他の客の間を縫うように進む。出口まで来たがやはりリサの姿はない。
どこかですれ違ったかもしれない、とナオトは外に出た。
と。
お化け屋敷を囲うひびの入った白い土塀にもたれるようにして立っているリサの姿がナオトの目に入った。
ナオトはほっと胸をなでおろしリサに近寄る。とりあえずあやまろうと考えながら……。
「置いてかないでよ……」
ナオトより先にリサがか細い声を出した。余程怖かったのだろう。顔は真っ青で目の焦点が合っていない。
「悪かった。ほんとに悪かった」
ナオトは懸命にあやまったが、リサの表情は戻らない。
「アイス食おっッ! なッ!」
ナオトはリサの肩を抱き寄せ、店まで連れて行く。
オレンジシャーベットとリサの好きなチョコミントを買った。リサにチョコミントを手渡すと、見事にリサの手を滑り地面で弾けた。
地面の無残なチョコミントの残骸に好奇の目が集まる。
「行くぞッ!」
ナオトは恥ずかしさと苛立ちを覚えながらリサの手を取ってその場から立ち去った。
「もォ、いい加減に機嫌直せよッ!」
ナオトは自分の非を認めながらも逆上した。しかし、リサの表情はまるで変化がない。
「悪かったって言ってンだろ! なァ、何とか言えよ!」
「観覧車……」
リサが囁くように言った。
「観覧車に乗るのか?」
こくりと小さくうなづいたリサの手を引いてゆく。
最高点四十メートルの観覧車。乗り場に人はそれほど多くない。楽しそうに会話を楽しむカップルの後に続く。
女性係員が笑顔を作ってカウンターを一度押す。男性係員の指示に従いゴンドラを待つ。
「足元に気をつけて乗ってください」
リサを先に乗せ、ナオトは向かい側の席にすわる。
係員が扉を閉め鍵を掛けたときだった。
「ナオトォ!」
ナオトは耳を疑った。それは間違いなくリサの声。
ナオトはガラス越しに乗り場を見る。白い鉄柵の向こう側にたしかにリサの姿が……。
ナオトは立ち上がり降りようとしたが、ゴンドラは無情にも上昇し始めていた。
どういうことだ――。
ナオトは慌ててリサを乗せたはずの席に振り返る。
そこには――。
リサと似ても似つかぬ女性が無表情ですわっていた。
「だ、誰だよ……」
ナオトは恐る恐る声をかけてみた。しかし、返事はない。
ナオトは再び窓の外に目をやる。リサの姿が少しづつ少しづつ小さくなってゆく。
何が起こっている――。
ナオトは目の端に見知らぬ女性を捉えながら頭を抱える。
さっきまで一緒にいたのは確かにリサだった。誰なんだよ……この女――。
遊園地の喧騒は徐々に消え、ゴンドラは最高点に向かってゆっくり上昇してゆく。
眼下には海が臨め、素晴らしいパノラマが広がっている。しかし、今のナオトにそれを楽しむ余裕はない。むしろ早く降りたいと願っている。
「置いてかないで……」
女が呟いた。その直後、女のカラダに異変が起きた。
女は口から大量の水を吐き出した。ナオトは悲鳴をあげて、ガラス窓に身を寄せる。
「置いてかないで……」
女は同じ言葉を繰り返し水を吐き続ける。そしてその手は宙をかいている。
女はひどく苦しんでいるようだった。咽喉元をかきむしっている。
その様子にナオトは震えながらも手を差し延べた。女のカラダはとても冷たい。
どうしたらいい?
苦悶する女の頭越しのガラス窓に後から上昇したゴンドラが見えた。いつのまにか最高点に達したゴンドラが下降し始める。
上昇してきたゴンドラには仲睦まじい三人連れの家族の姿があった。小さな女の子が無邪気にナオトに手を振っている。
ナオトは女に目を戻した。
しかしそこに女の姿はなかった。
翌日、ナオトは遊園地付近の海岸で海難事故があったのをテレビで知った。
仲間とボート遊びをしていたうちのひとりの女性が溺死したという。
事故に遭った女性の写真にナオトは驚愕した。ゴンドラで一緒だったあの女だった。
あの出来事はなんだったンだ――。
リサは言っていた。
お化け屋敷でナオトを見失って探していたら、一人で観覧車に乗り込もうとするナオトを見かけて声をかけたと……。
それならオレが見ていたものは――。
実際になにが起きていたのかはわからない。
ただ――。
海で溺れた彼女が最後に見た風景が観覧車だったのかもしれない。死を間際に、観覧車に乗った楽しかった時間が彼女の脳裏に一瞬で蘇がえり、
――もう一度観覧車に乗りたい……。
そんな気持ちが最後に湧き起こったのかもしれない――と、ナオトは思った。