婚約者にこき使われて過労死寸前だったので、開き直って熟睡した結果。~起きたら婚約解消してた~
私は侯爵家の嫡男ティモシーと婚約をしていた。
ティモシーは率直に申し上げてクソだった。
ティモシーの両親……侯爵夫妻もクソだった。
侯爵夫妻はティモシーを甘やかし続け、彼が引き継ぐはずだった執務を侯爵夫人教育として私に押し付けた。
結果、私は毎日のように侯爵家へ通い、朝から晩までティモシーが抱えた仕事を肩代わりする。
時には家に帰してもらえず、深夜まで仕事漬けになった事もあった。
体を壊し、休みを貰おうと遣いを出せば、我が家へ怒鳴り込み、無理矢理私屋敷から引きずり出した。
そんな婚約者相手に強く出る事が出来なかったのは、我が家が没落寸前の貧乏貴族だからだろう。
私が嫁げば多額の支援金が我が家に入る。
そう思い、頑張り続けてきたのだ。
しかし結果は……毎日三時間睡眠。頭痛眩暈は吐き気に襲われる毎日。
体が訴えていた『そろそろ死ぬ』と。
「寝てしまえ」
ある日の事。
兄の友人である公爵令息のコンスタント様が我が家に遊びに来た際にそう言った。
「え?」
「君に死なれたら困る」
この日は、ティモシーと侯爵夫妻は別の令嬢を連れてオペラの観劇へ向かった。
別の令嬢というのはドーラというティモシーの浮気相手だ。侯爵夫妻公認の浮気相手である。
もうそこで結婚してくれとも思うのだが、ドーラは商人上がりの男爵家の令嬢。
侯爵令息の結婚相手にするにはあまりにも立場が弱すぎる。
それならば曲がりなりにも伯爵令嬢である私をお飾りの妻として据え置いて、婚姻後にドーラを愛人として招いてやればいい、というのがティモシーと侯爵夫妻のお考えだ。
さて、そんなこんなで今日の私は自室にこもりきりだった。
今日中に終わらせろと大量の仕事が送り込まれたのだ。
そんなこんなで仕事を詰め込まれて客人の挨拶にすらいけない私を心配したコンスタント様がわざわざ自室まで足を運んでくださり、今に至る。
「いや、私だって死にたくはないし寝たいですよ。でも」
「なら寝ればいいだろう」
「いや、寝たら仕事が」
「仕事をせずに寝ろ」
「そうしたら我が家の立場が危ういですよ」
「財政的な問題なら相手方から慰謝料をぶんどればいいんだ」
「……慰謝料」
私が呆けると、コンスタント様は呆れたように溜息を吐く。
「そこまで考えが至らない程に追い詰められていたとはな」
「た、確かに、お金さえ入るならこんな仕事する必要もないですね」
「だから、やめてしまえと言っているんだ。いいか、俺に案がある」
「案?」
「そうだ。君はただ――寝ているだけでいい」
***
さて、そんなこんなで三日程経ち。
私はティモシーと共にとあるパーティーへ出席する。
何の変哲もない、普通のパーティーではあるが、だからこそ人目が多く、私にとっては好都合だった。
ティモシーは私と共にパーティー会場の大広間まで辿り着くと、その後すぐにドーラと落ち合い、堂々と浮気をしながら私のもとを離れていく。
さて、こうして独り身になった私は、パーティー会場の壁へ凭れ掛かり……
――寝た。
ここまで溜めに溜めた疲労が私の体を襲う。
直前にウェルカムドリンクのシャンパンを飲んだ事もあり、眠気は限界まで達し、一度閉じた瞼は再び開くことを拒絶した。
「な……ッ、アンナ嬢! どうしたんだ!」
白々しいコンスタント様の声が聞こえる。
「おい、医者を呼んで来い! くそ、何だこの顔色と目の隈は……っ!」
私は誰かに抱き上げられる。
しかしそこまでされても睡魔は消えず……。
「聞けば、彼女は過労で苦しんでいたというではないか! お前の家は彼女が過労で死んでも責任が取れるんだろうな!」
「そ、そんな……! 死ぬだなんて……っ」
「そもそも婚約者が居ながら堂々と別の女に浮気をするような奴だ。アンナ嬢がどのような扱いを受けていたかなど、察するのは容易いだろう!」
コンスタント様に責め立てられるティモシー、そしてドーラの声を聞きながら私は……
――良い夢が見れそうね。
と、意識を手放したのだった。
***
目が覚めるとそこは見覚えのある天井――自室だった。
私の容態を心配してつきっきりでいてくれた家族達は、私の目覚めを喜び、それから何があったのかを話してくれる。
まず、私が倒れた原因は過労が原因だろうとの事。現状は命に別条がないが、これ以上働けばどうなっていたかはわからないと医者は話したらしい。
また、ティモシーとそのご両親、ドーラは、当時私が倒れた現場や、ティモシー達を責めるコンスタント様を見ていた者達によって、『婚約者を虐げた最悪な家と浮気相手』として噂を広げられ、社交界での居場所を失ったとか。
さて。
他の大切な事というと……婚約と慰謝料について。
このような問題が理由となり、婚約は解消、また我が家は慰謝料をたんまり貰えるようになったそう。
これで暫くは安泰だと家族達もホッとしている様だった。
「と、いう事でありがとうございます」
「いいや。俺の為にした事だ。気にするな」
数時間後。お見舞いにやって来たコンスタント様と二人きりになった私は彼に礼を述べる。
すると彼は首を横に振った。
「俺の為?」
「アンナ、俺と婚約しないか」
「……へっ?」
「全く、君が選びたい人がいるならばと様子を窺っていたらこれだ。こんな事なら初めから俺が申し出ておけばよかった」
「え、え……っ、コンスタント様……!?」
「皆まで言わないと伝わらないか?」
コンスタント様はそう言って私の手を掬うと、その甲にキスを落とす。
そしてフッと笑みを深めた。
「君を好いていると言っている」
私の頭はすっかり真っ白になってしまった。
だって、相手は公爵令息だ。
私は顔が爆発しそうなくらいに熱くなっているのを感じながら……布団に潜り込んだ。
「な、おい!」
「き、きっと都合の良い夢なんですね!」
「夢じゃない! おい、話を聞け……っ」
そんな彼の言葉を聞きながらも、未だ疲れが取れ切っていない私はうっかり眠りに落ちてしまうのだった。
なお、目が覚めた時、改めて婚約の申し出を受けた。
どうやら夢ではなかったようである。




