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親和と違和

 ――この世界に突然召喚されてから二年。ディオンはもう、元の世界に帰ることを半ば諦めていた。


 一向に戻る気配のない自分の記憶と、それでもと送還を急かす送還師たち。その全てにうんざりしていたし、失望もしていた。


 そもそも元の世界に還れたとして、そこにまだ自分の居場所はあるんだろうか? 自分がいない二年の間に、知らずと何かを失っているんじゃないか。自分にも、家族や大切な人は居たんだろうか。居たとしたら、急に消えて帰らない自分のことをどう思っているだろう。


 ……わからない。知るのが怖い。でも、このまま送還師たちが言うように魔力不足で死ぬのは嫌だ。不法滞在の犯罪者扱いされるのだって、我慢ならない。記憶を取り戻したい。怖い。

 そんなことを考え続けて、ディオンはもう疲れ切ってしまっていた。


 そんな時、新しい送還師がディオンを担当すると言ってやってきた。

 ライラ・フローレイン。彼女はなんでも、俺を送還しないとクビになるのだという。

 そっちの都合なんか、知ったこっちゃない。そう思っていたのだが彼女は、クビになるからだけではなく、ディオンが死んで毒素をばらまくからというだけでもなく、何かそれ以上の意味を持ってディオンを本気で送還したいと思っているらしかった。


 「私はあなたの力になりたい」。

 彼女が言ったその言葉を、信じてもいいのだろうか。


 この二年、送還師の、というか召喚や送還といったシステムの汚いところを嫌というほど見てきた。

 知れば知るほど、送還師もこの世界も、全部クソ喰らえだ。


 そう思う気持ちは、今も変わらない。ただ、この世界で信じれるものがもしあったなら……それは少しだけ、今よりマシな気がした。


***


 窓から差し込む朝の光で、ライラは目を覚ました。床の硬くひんやりした感触が、頬に伝わる。


 (そうだ、昨日薬を飲んで……そのまま寝てしまったんだわ)


 昨日ライラは朝から晩まで報告書を読み続け、その疲れの上からいつものアレが来て、ほとんど倒れるように寝てしまったのだ。

 ギリギリ寝落ちする前に薬を飲めたおかげで、体調はすっかり良くなった。ただ、床で寝たせいで体のあちこちが痛い。


 定期的に薬を飲み始めてからアレが来ることはほとんどなかったのだが、やっぱり慣れないことを長時間したせいだろうか。

 不思議に思いながらも、ライラは固くなった体を起こして、思いっきり伸びをした。


 (とりあえず、シャワーでも浴びにいきましょう)


 今日は協会の休暇日だ。といっても協会の中で暮らしている以上、休暇という気もしないのだけれど。


 送還師の仕事は自由度が高く、勤務日も送還に関わることであれば自由に動くことができる。

 「記憶喪失の人間を送還する」とかいう高難易度なミッションがない限り、命の危険もなければ、ひたすら文字を書き続けるような事務仕事もない、非常にゆるやかな職業なのだ。


 召喚者を送還する『送還の儀』は、半年に一回、夏至と冬至の日に行なわれる。なんでもその日が一番、異世界への道が開きやすいのだという。

 

 この送還こそが最も重要な仕事だが、その二日以外は、主に召喚者たちのサポートを行う。

 彼らは慣れない世界で、少なくとも半年は生活しなければならない。そんな彼らがなるべく不自由な思いをしないように、召喚者一人につき送還師一人が担当について、この世界での生活を支える。


 ただどこまでサポートするかは、相手がどんな召喚者かにもよる。必要以上に構ってほしくないという人もいれば、とにかく不安で話を聞いてほしい人もいる。

 だから協会は送還師に対して明確なノルマを定めず、ただ報告書の作成のみを課して後は放任しているのだ。


 ライラの担当するディオンは、言わずもがな「必要以上に構うな」タイプだ。それにこの世界に来てもう二年経っているから、ある程度ここでの生活には慣れている。

 つまり記憶喪失で還れないという事情さえ除けば、彼は手のかからない方だった。そのお陰でライラは、一日中報告書を読み漁ることができたわけだ。……その結果は、散々なものだったが。


 とにかくそんなこんなで自由に仕事をしているライラは、それゆえに休暇日と勤務日の境界がはっきりしていないことが多い。

 今日もシャワーを浴びたら、昨日読み切れなかった報告書をダメ元でも読んでみるつもりだった。


 一年以内に彼を元の世界に返さなければならないのに、休暇だからといって休んではいられない。


 ライラは寝起きであちこち跳ねた髪の毛まま、早足で宿舎の大浴場へと向かった。


***


 シャワーを浴び、大浴場を出てすぐそこのロビーを通り過ぎようとした時。ロビーのソファに座ってひそひそと噂話をする声が聞こえた。


 反射的にライラは壁に隠れ、耳をそばだてる。それは同じ宿舎で暮らす送還師たちの声だった。


「あの子、クビなんですって?」

 ソファに座る一人がそう言った。彼女はライラの一年上の先輩送還師だ。彼女は特に血筋にこだわりが強く、親のいないライラをなにかと目の敵にしていた。

「まだ決まったわけじゃないわよ。例の彼を送還できたら、クビにはならないわ」

 それにもう一人が半笑いで答える。そうだろうとは思っていたが、やっぱりライラの話だ。


 こういったことは、今までにも度々あった。

 血筋が貴ばれる送還師の世界で、良い血筋でないにも関わらず魔力の親和性が高いライラは異質だからだ。

 ここまで大っぴらに陰口を言う人は少ないけれど、ライラにあえて関わりたがる人なんかほとんどいない。


 リズは友達で居てくれる数少ない一人だけれど、彼女も彼女で、居場所がないだけなのだ。彼女はライラとは違いそれなりに名のある家の出身だが、それでもここでは底辺と言わざるを得ない。言ってしまえば、立場の弱いもの同士で傷の舐め合いをしているだけなのだ。


「あんた、本気で送還できると思ってるの?」

「まさか!」

 二人は面白くて仕方ないといった風に、くすくすと嘲笑している。無視をして立ち去ろうとしたその時、その一人が言った。


「あんなどこの馬の骨かも分からない私生児、今までクビにされなかったのがおかしいぐらいだわ」


 (私生児、ね)


 これも飽きるほど言われてきたことだった。

 親のいない平民のお前が、そんなに高い魔力の親和性を持っているわけがない。どこぞの有力貴族が外で子どもを作って捨てたのだろう。

 そんな噂が、ライラの周りには広がっていた。

 

 そうじゃないと否定したい。でも、できない。

 否定してしまえば、じゃあなぜライラは良い血筋でないのに魔力の親和性が高いのか、彼らに説明しなくてはならなくなる。そうすれば、今よりもっとライラの立場は危うくなるのは明白だった。


 ぎゅっと拳を握りしめる。

 送還師を辞めれば、魔力の親和性など誰も知らないし気にしない。あるいはそういう生き方をした方が、幸せなのかもしれなかった。


 それでも、私は。


 いまだに元の世界に還れずにいる、ディオンのことを思い浮かべる。

 彼とライラは同じ立場ではない。でも同じくこの世界に違和を感じている者同士として。


 彼を送還するまでは、なんとしても折れるわけにはいかない。

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