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送還師の血筋

「まっったく見つからないわ……」


 ライラが協会の資料庫に入ってから早五時間。目当てのものは未だに何一つ見つからない。


(なにが『砂糖を入れた紅茶をスプーンで混ぜなくても、ジャリジャリしない世界』よ! そんなんで見つかるわけないじゃない!)


 己の短絡的な思考を恨みながら、ひたすら分厚い資料のページをめくっては読む。

 ライラは今朝からずっとこの資料、過去の召喚者たちの記録がまとめられた報告書を読み続けていた。


 ここには、異世界管理協会が生まれて以来の召喚者たちの情報がすべて詰まっている。この中を探せば、ディオンが元いた世界から来た召喚者が他にも見つかるかもしれない。……そう、思ったのだけれど。

 探し始めてからライラは、これがどれだけ無謀な作業かに気が付いてしまった。


 まず、『砂糖を入れた紅茶をスプーンで混ぜなくても、ジャリジャリしない世界』には色々な可能性が考えられる。スプーンではなく魔法で混ぜるのか、砂糖そのものがこの世界のものより溶けやすいのか、はたまたティーカップに技術的な仕掛けがあるのか? ぱっと思いつくだけでも、これだけの幅がある。とてもじゃないがこれだけの情報では絞り込めない。


 そして二つ目、そんな細かすぎる情報は誰も報告書に書かないということだ。

 報告書に書くのは召喚者の名前や年齢、出身地、召喚者が退治した魔物の記録、その際使用した魔法等々。そういった召喚者の基本情報と魔物討伐においての能力が報告書には記され、元いた世界の生活様式なんかは記録されない。それはこんな「召喚者が記憶喪失」という異例の事態を除けば、不要な情報だからだ。


 報告書の中には、以前ライラが書いたものもいくつかあった。だがそれを見てはあまりの内容の薄さに天を仰いでしまう。別にライラの報告書が特段薄い内容なわけじゃない。むしろ他の送還師に比べれば細かく記載している方だ。でも召喚者が元いた世界について、この時もっと聞いていればと思わずにはいられない。


「でも、今のところこれ以外に手がかりはないのよね」

 そう思い直して、ライラは次のページをめくった。今できることがこれしかないのなら、無謀でもやるしかない。


 覚悟を決めたその時、突然ライラの肩がぽんっと叩かれた。


「ライラ。何か探し物?」


 肩を叩いたのは、同期のリズだった。彼女はどこか心配そうな面持ちで、ライラのことを見つめていた。


「リズ。あなたこそどうしたの? 資料庫に来るなんて珍しいじゃない」

「朝からあなたが見当たらないからみんなに聞いてみたら、資料庫に閉じこもってるって言うから。……例の彼のことで、調べてるの?」

 資料を一目見て、彼女は訊ねた。ライラもそれに頷いて答える。

「ええ、少しだけ手がかりが見つかったものだから。でも全然ダメ。やっぱり無理なのかしらね」


「ライラ……。ごめんなさい、私のせいでこんなことになって」


「えっ、急にどうしたのよ。私あなたになにもされてないわよ」

 リズの急な謝罪に戸惑っていると、彼女は泣きそうになりながら頭をぶんぶん横に振った。

「あなたが彼の送還に失敗したら、クビになるって聞いたわ」

「そうね。でも、あなたには関係ないことよ」

 冷たく聞こえないように注意を払いつつ、ライラはリズをなだめる。しかしそれでは彼女の気は収まらないようで、今度は怒ったような表情に変わる

「関係なくないわ! だってもし去年私が送還に成功していたら、あなたは……!」


 リズはライラの前にディオンの送還を担当していた。彼女がもし彼を送還できていたなら、確かにライラはクビを免れたかもしれない。それで彼女は自責の念に囚われているのだろう。


「過ぎたことを言っても仕方ないでしょう。前にも言ったけど、あなたのせいじゃないわ。……それにこのことがなかったとしても、会長はいずれ私をクビにしてたと思うわ」

「そんなこと……」

「あるわよ。会長が私を疎ましく思っているの、知ってるでしょ」


 そう苦笑いすると、リズはさらに泣きそうな顔になった。それを見てライラは、慌てて話題を逸らす。

「それにね! さっき言った通り、少しだけど進展はあるのよ。あと一年あるんだから、案外なんとかなるんじゃないかしら」

「本当に? 本当に送還できそうなの? クビにならない?」

「本当よ。……って言えるほど、正直自信はないけれど。でもクビにならなくたって、私は彼をちゃんと送還したい。だから今は、どちらにせよ頑張るしかないわ」


 ライラの言葉に、リズは何か考え込むような素振りを見せた。それから彼女は、不思議そうに言う。


「ライラって、少し変わってるよね」


 彼女はそのまま、いつもより小さな声で話を続ける。

「私は、たまたま魔力の親和性が少しだけ高い血筋に生まれて、流れで送還師になった。世間的に見てエリート街道だし、両親もそうしなさいって勧めてくれたからね。きっと、他のみんなも同じだと思う」

 俯きがちに彼女は言った。そういう話か、とライラは心の中で頷く。


 ――送還師に必要な魔力の親和性は、主に血筋によって決まるという。はるか昔、まだこの世界の人間が魔力を持っていた頃。その時に強い魔力を持っていた人間の子孫は、遺伝的に魔力の親和性が高くなるらしい。

 そういった魔力の親和性が高い家系は優秀な遺伝子だと貴ばれ、いつしか権威を持つようになった。それに伴って送還師という職業も、優秀な遺伝子をもつ人間のみが就くことのできるエリート職業と化したのだ。


 この協会に所属する送還師たちも、ほとんどがそういった権威ある家系の人間で埋め尽くされている。リズも協会の中で見ればそこまで高い地位というわけではないが、世間からすれば良家のお嬢様だ。

 つまり親もいない、身分も高くない、そんなライラがこの協会にいるのは特例中の特例なのである。


「まぁ……変わってるわよね。私はみんなみたいに、良い血筋の生まれじゃないもの」

「違うの。そうじゃなくて……私もみんなも、欲しいのは送還師っていう世間体のいい看板だけ。召喚者を元の世界に還す使命とか、そんなのただのやりがいとしてしか考えてない。本気じゃないの。でも、ライラは違う気がする」

 リズがライラの目を覗き込む。その眼差しは、不可解なものを見るような、しかしどこか羨望のようなものが混じったものに思えた。


「リズ、私は――」

 言いかけて、言葉が喉に詰まる。


 ――私だって、使命だなんて大それたことを考えているわけじゃない。ただ、許せないものがあるだけなのよ。


 そう言おうとしたけれど、リズに向かってこんなことを言うのはなんだか気が引けた。だから誤魔化すように笑って、別の言葉を口にする。


「なんでもないわ。それより、資料探しを手伝ってくれない? 私一人じゃ、ちょっとどうにもならなさそうだから」


「え、ええ。それはもちろん手伝うわ。どこから見たらいい?」

 あからさまにはぐらかしたライラに、困惑しつつもリズは何も聞かないでくれた。その気遣いに内心感謝して、ライラは目の前の資料を指さした。


「まずはこのページから。目ぼしい情報があったら、私に教えて」


 わかった、とリズが答えるのを聞いて、ライラもまた資料に目を戻す。まだ見ていない資料は山ほどある。これは長い戦いになるなと改めて覚悟し、ライラはひたすら文字を追った。

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