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記憶探しのティータイム

「無事にあなたを元の世界へ送還するためには、まずあなたの記憶を取り戻す必要があります」


 最悪の初対面からの翌日。ライラは再び応接間にて、ディオンと向き合っていた。

 机の上には二人分のティーカップが置かれ、淹れたばかりの紅茶が湯気を立てている。


「記憶を取り戻すって言ってもな。これまでだって色々試したんだぜ、過去の召喚歴を漁って、ピンとくる世界がないかとかな。変な催眠にかけられたこともあったかな」

 そう言って彼は紅茶を一口飲んだ。しかし口に合わなかったのだろうか、どこか不満そうに顔を顰めている。


「……とりあえず、今覚えていることを全て教えていただけますか」

「はぁ……。そんなの、前任の送還師にでも聞けよ。あんだろ報告書とか、そこで言い尽くしてるよ。新情報なんかない」

 投げやりに彼が言う。きっとこれまで何回も聞かれたことなのだろうし、そういった態度になる気持ちも分からないではない。


(でも、もうちょっと素直に言うことを聞いてくれてもいいんじゃないかしら?)


 気持ちは分かるが、記憶を取り戻せなくて一番困るのはディオン自身のはずだ。協力するとは言ってくれたはずなのに、これでは先が思いやられる。


「確かに報告は受けています。ですが改めてあなたの口から聞きたいのです。報告書には担当者の先入観が入りますし、繰り返し話すことで思い出すことだってあるかもしれませんから」

 ライラがそう言うと、ディオンは心底面倒くさそうに舌打ちをした。それから明後日の方向を向いたまま、彼は話し始めた。


「あっそ。……名前はディオン・ベルナール。二年前にこの世界に召喚された。火とか水とか、自然を操るような魔法は一通り使える。ある程度の常識……食事の方法なんかは覚えてるが、住んでた場所やら身分やらは覚えてない。以上だ」


 彼は一息にそう説明し、ぎろりと目だけを動かしてライラを見た。

 彼の説明は、前任者のリズやその前の年の担当者が残した報告と大した違いはなかった。つまり、手がかりになるようなものはないわけだ。


「魔法は、自然魔法だけですか? 他に何か特徴的なものが使えたりは?」

「ない。使えたとしても忘れてる」

「そうですか……」


 異世界から召喚された人間が使う魔法には、それぞれの世界の特色が出る。彼が言う火や水などを操る自然魔法は最もスタンダードで、比較的どんな世界から来た召喚者でも基本的には使える。もし彼がもっと珍しい魔法、例えば治癒魔法や移動魔法などを使えたなら、そこから世界を逆引きできたかもしれないが……どうやらその線は望み薄だ。


 がっくり肩を落とすライラに、ディオンが訊く。

「聞くところお前、優秀な送還師なんだってな。優秀なら、俺の記憶を頼りにしなくても元の世界に戻せたりしないのか」

「不可能ですね。送還師としての優秀さには様々な定義がありますが……私の場合は、召喚者との魔力の親和性の高さで優秀だと評価されています。ですがいくら親和性が高くとも、召喚者自身の還る世界のイメージが希薄だと失敗します。全く別の世界に飛んだり、はたまた時空の狭間に閉じ込められてしまったり。それでもいいのなら、できなくはありませんが」

「つまり優秀でも役に立たないってわけだな。じゃあその親和性? ってのはなんなんだ」

 半分責めるみたいに、ディオンは質問を重ねた。


 確かに今の彼にとって、ライラの優秀さなど何の役にも立たない。分かっているけれど、こうやっていちいち喧嘩腰で来られるのはしんどい。彼をきちんと元の世界へ還したいという気持ちが揺らぎそうだ。引き攣ってくる頬をなんとか笑顔で押さえ込み、質問に答える。


「親和性というのは、送還する際の魔力のチューニングが上手い、といったようなものです」

「チューニング?」

「ええ。送還術を使うには召喚者の魔力を一時的に取り込む必要があるんです。その取り込んだ魔力を使って還す世界への道を開くのですが、送還師の親和性が低いと魔力に耐えきれない場合があるんですよ」

「魔力がない人間ってのも、大変なんだな」

 ちっとも大変だなんて思っていなさそうに、ディオンは言った。

「ええ、大変なんです。ですからちゃんと協力してくださいね」

「ふん」

 そう鼻を鳴らして、彼は再び紅茶に口をつけた。最後までぐいっと飲み干すと、そのまま叩き付けるようにティーカップをソーサーに置く。


「しかし、この世界の茶は不味いな。覚えてないけどこれよりはマシな世界に住んでたってことだけは確かだ」

「……協会が来賓用に選んで取り寄せた高級茶葉ですよ。あなたの舌がおかしいのでは?」


 ディオンの態度の悪さにつられ、つい口が悪くなる。送還師としては失格の対応だが、もうそんなことを気にする方が馬鹿らしくなってきた。とりあえず、彼が還れさえすればいいのだ。それ以外のことなど知ったことか。


「舌がどうとかの問題じゃない。飲み終わりに砂糖がジャリジャリして気持ち悪い」

「しませんよ。あなた、きちんとスプーンで混ぜました?」

「は?」

 彼の顔が、ぽかんとした間抜けなものに変わる。そしてそのまま、彼は訝しげに訊ねた。

「スプーンで混ぜる?」

「当たり前で……いいえ、待って」


 その時ライラの頭の中に何かがひらめいた。


 ライラにとっては当たり前の「スプーンで混ぜる」という行為が、彼にとっては当たり前ではない。そして彼は、食事方法などの常識は覚えていると言った。――もし、それを信じるならば。


「もしかして、貴方の世界にはスプーンがなかった? それか、スプーンで混ぜる必要がなかった?」


 そうだとすれば、彼の元いた世界が絞られる。砂糖を入れた紅茶をスプーンで混ぜなくても、ジャリジャリしない世界。こう言葉にするとなんだか滑稽な響きだが、手がかりには違いない。


「スプーンはあった。だが掬うだけだ。これで混ぜることはない」

 戸惑ったように、ディオンが答える。

 やっぱりそうだ。ライラは自分の胸が高揚していくのがわかった。


「なら貴方の世界では、その混ぜるという動作を魔法か、何か他の方法で代替していたんだわ!」


 二年見つからなかった糸口が、ようやく見つかった。これはとても小さなものかもしれない。でも、何もなかった今までに比べたら大きな進展だ。


 ライラは思わず立ち上がって言った。

「ねぇ、もう一杯お茶はいかがですか? 今度はちゃんと、スプーンで混ぜて」

 そうしたらきっと美味しい。紅茶だけでなく、この先の未来も。

 ライラは今ならなんでもうまくいくような、そんな心地がした。

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