プロローグ
「召喚者二九名、無事送還が完了いたしました」
ずらっと並ぶ、水色の制服を着込んだ男女たち。その中で一番右に立つ女が一歩前に進み出てそう言った。
背後では大きな円盤状の召喚台に描かれた魔法陣が、ぼんやりと光を放っている。その光は彼女の言葉を待っていたかのように、やがて音もなく消えた。
(今年もようやく、これで終わりね)
列の中、周りと同じ制服に身を包んだライラは、ほっと安堵の息を洩らした。送還の儀は、毎度のことながら緊張感がある。ここで送還師として働きはじめてもう四年になるが、この緊張感には未だに慣れない。
――送還。それは異世界から召喚した魔力を持つ人間を、元の世界へ送り還す仕事である。
かつてこの世界の人間は大きな戦争によって神の怒りを買い、神の力によって魔力を奪われた。人間はそれまで当たり前にあった魔法を、使えなくなってしまったのだ。
それから何百年と経って、人間は魔法の代わりに召喚術と送還術を編み出した。異世界から魔力を持つ人間を召喚することで、人間に脅威をもたらす魔物たちに対抗する。そして脅威を退けたら、召喚者を元の世界に還す。
こうやって召喚と送還を繰り返して、魔法を失った今も、この世界は人間の文明を守り続けているのだった。
「二九名ってことは、やっぱりまた帰らなかったんだな」
「もうあと一年よ? どうする気なのかしら」
ひそひそと話す声が、あちこちから聴こえる。いつの間にか列は解けて、同僚の送還師たちはこの召喚と送還を行う場所……この世界と異世界を繋ぐ、ゲートルームから出ていくところだった。
ライラも慌てて彼らの後を追って、ゲートルームの仰々しい扉を抜ける。すると目の前に、あからさまに落ち込んだ風に肩を落として歩く後ろ姿を見つけた。
「リズ」
そう声をかけると、彼女はふんわりとした癖のある赤毛を翻らせて振り向いた。そして彼女、リズは力のない笑みを浮かべて言った。
「ライラ! ……やっぱり、駄目だったわ」
「あなたのせいじゃないわ。例の彼の送還は、これまで誰も成功していないんだもの」
リズはライラと同じ送還師で、同期の一人だった。また数少ないライラの友達でもある。
彼女は今回の送還で、とある厄介者を担当していた。他の送還たちが「また帰らなかったのか」などと噂していた、例の召喚者だ。
「ディオン・ベルナール……。確か、記憶喪失だとか言ってたわね」
「ええ。元の世界の記憶が戻らない限り、とてもじゃないけど送還はできない」
「そうね。でもそれは彼の問題よ。あなたが気に病むことはない」
送還師の仕事は、召喚者を元の世界に還す。ただそれだけだ。失われた記憶を取り戻すなんてことはできなくて当然である。そのせいで送還できなかったとしても、誰もリズを咎めたりはしないだろう。
「ありがとう、ライラ。……そうよね、また新しい召喚者が来るんだから。落ち込んでいられないわ!」
リズは胸の前でぐっとガッツポーズを作ると、大理石の廊下を大股で歩きだした。歩く度に水色の長いスカートの裾が揺れる。
(元気になったみたいでよかった)
ライラはそんな彼女の姿を見ながら、ゆっくりその後について歩く。
もう何年も繰り返している、冬の穏やかな日。それが突然崩れるだなんて、この時のライラは考えてもいなかった。




