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月下の狐、涙する幽鬼――新釈・聊斎志異と、物語のその先へ  作者: 光闇居士


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〇〇五 瞳の中に棲まうもの

挿絵(By みてみん)

『墨瞳、暁を開く』

そこにあるのは、再生の奇跡そのものであった。長い苦悩と懺悔の墨痕が、その魂に描き出した、闇を知る者だけが見ることのできる、真実の光であった。


【しおの】

戯れの眼差し:そのこう

長安の都に、方棟ほうとうという名の秀才がいた。天賦の才に恵まれながらも、その性根はどこか軽薄で、礼節を欠くうらみがあった。道で行き交ううら若き娘たちに、戯れに言葉をかけては後を追うという、悪癖があったのである。

清明節を明日に控えた日のこと。方棟が気ままに郊外を逍遥しょうようしていると、一台の小ぶりな牛車ぎっしゃが目に留まった。朱塗りの飾りに、刺繍を施したほろ。数人の供の者たちが、ゆったりとした歩みでそれに従っている。中でも、小馬に跨るひとりの侍女は、侍女とは思えぬほどの、息をのむような美貌の持ち主であった。

方棟はそっと近づき、中の様子を窺う。車の幔幕まんまくが風にひらりと翻り、十六ばかりの娘の姿が垣間見えた。薄紅のよそおいを凝らしたそのかんばせは、瑞々しいまでの艶やかさで、方棟がこれまで目にしたどんな美女とも比べものにならなかった。彼は心を射抜かれ、魂を奪われたかのように、ただ呆然と娘の姿に見入るばかりであった。

時に先を歩き、時に後れを取りながら、方棟は憑かれたように何里も後を追った。

不意に、車の中から涼やかな声が響き、娘が侍女を呼び寄せた。

「おまえ、すだれを降ろしておくれ。どこの馬の骨とも知れぬ痴れ者が、無遠慮な視線を寄越しているではないか」

侍女は言われた通りに簾を下ろすと、怒りを湛えた瞳で方棟を振り返った。

「こちらは芙蓉城ふようじょうの七郎君の奥方様が、里帰りあそばされる道中であるぞ。そこらの小娘と見紛うでないわ。無礼であろう、さっさと立ち去れ!」

言うが早いか、侍女は道端の土をひと掴みし、方棟の顔めがけて投げつけた。咄嗟に目を閉じた方棟が、ようやく土を払い除けて顔を上げたときには、牛車の一行は幻のように消え失せていた。彼はただ、驚きと惑いを胸に、家路につくしかなかった。

しかし、その日から目に言い知れぬ違和感が残り、一夜明けると、その不快は激しい痛みに変わっていた。涙は後から後から溢れ、やがて瞳には薄い膜が張り、日を経るごとに銭の厚みほどにもなっていった。ついには右の瞳が、まるで渦を巻くように奇妙な動きを始めたのである。いかなる名医の薬も、もはや効き目はなかった。


回心:闇に射す一条の光

方棟は光を失った闇の中で身もだえし、死さえ願うほどに深く嘆き悲しんだ。彼は、自らの軽薄な行いがこの苦しみを招いたのだと悟り、悔恨の念に苛まれた。

そんな折、災いを祓うという聖なる経典があると耳にした。彼は藁にもすがる思いでそれを手に入れ、人に請いて読誦の作法を学んだ。初めのうちは、ただ煩わしさばかりが募ったが、一心に経を唱え続けるうち、不思議とささくれ立った心は静まっていった。やがて彼は、朝に夕に静かに座して一心不乱に祈りを捧げることだけが、日々の営みとなった。

そうして一年が過ぎた頃、彼の心から、俗世への執着はすっかり消え失せていた。

ある静かな日のこと。不意に、閉ざされた右の目の中から、羽音のような微かな声が聞こえてきた。

「ああ、ここは真っ暗で、息が詰まりそうだ」

すると、それに呼応するように、左の目の中から声が返る。

「では、少し外の風にでも当たって、この鬱々とした気分を晴らしてこようか」

その声を聞いたかと思うと、両の鼻の奥がむず痒くなり、何か小さなものが這い出て、ふわりと飛び去っていく気配がした。しばしの後、それらは再び鼻の奥へと戻ってきたようだった。

また、左の瞳の中から声がする。

「しばらく庭を眺めていなかったが、あの真珠蘭、ずいぶんと弱ってしまったものだな」

方棟は、かつてその香りを愛で、庭に多くの蘭を植えていた。だが、光を失ってからは、久しくその手入れを怠っていたのである。彼ははっとして、妻に尋ねた。

「庭の蘭が、ひどく枯れているというのは本当か」

妻が、目が見えぬはずの夫がなぜそれを知っているのかと訝しむので、方棟は自身に起きている不可思議な出来事をありのままに語った。妻が急ぎ庭へ出てみると、蘭は果たして見る影もなく枯れ果てていた。妻の驚きは、言うまでもなかった。


再生:瞳に宿る新たな世界

方棟は静かに部屋にこもり、息を潜めて待った。すると、果たして鼻の穴から豆粒ほどの小人が現れた。それは蜂のような羽音を立てると、瞬く間に戸口から飛び去っていった。やがて、二人の小人は腕を組んで仲良く戻ってくると、巣穴に吸い込まれる虫のように、再び鼻の中へと消えていった。

そんな日々が二、三日続いたある日のこと、また左の瞳の中から声がした。

「この通り道は、どうにも遠回りで不便だな。いっそ、我らで新たな門を開いてはどうだろうか」

右の瞳が応える。「しかし、こちらの壁は厚い。そう簡単にはいくまい」

「ならば私が試してみよう。そうすれば、二人揃って出入りができる」

その直後、方棟の左の眼窩の奥に、爪で引き裂かれるような鋭い痛みが走った。

やがて恐る恐る瞼を上げてみると、信じられないことに、ぼんやりとではあるが、目の前の景色が見えるではないか。彼は喜びに声を上げ、妻を呼んだ。妻が恐る恐る覗き込むと、覆っていた膜は破れて小さな孔が開き、その奥で黒い瞳が、まるで砕いた山椒の実のようにきらきらと輝いていた。

一夜明けると、障りとなっていた膜は跡形もなく消え、よく見ると、一つの黒目の中に、さらにもう一つの瞳が宿っているかのように、不思議な輝きを放っていた。方棟は、あの二人の小人が、一つの瞳の中に共に宿ったのだと悟った。

片方の目は癒えぬままであったが、方棟は、両目で見ている者よりも、物事の道理を遥かに深く見通せるようになったという。この奇跡を経て、彼はますます己を律し、郷里の人々から徳の高い人物として敬われるようになった。

異史氏、曰く。

わが郷里に、このような話がある。ある士人が二人の友と道を歩いていると、遠くから驢馬を引く若妻の姿が見えた。士人は戯れに「美しき人、あり」と詩の一節を吟じ、友人たちに「追うてみよう」と悪戯っぽく笑いかけた。

馬を走らせて追いついてみると、なんとそれは己の息子の嫁であった。士人は己の不明を恥じ、言葉を失った。友人たちは、それとは知らず、なおもその婦人をからかい混じりに評し続けた。士人はますます狼狽し、「あれは、長男の嫁だ」と、かろうじて声を絞り出したという。

軽薄な振る舞いは、巡り巡って自らの恥となる。まことに、笑うべきは己の愚かさであろう。

さて、方棟がその目を失ったのは、まさしく鬼神の恐るべき懲罰であったと言えよう。芙蓉城の主が、いかなる神であったか、あるいは菩薩の化身であったのかは知る由もない。

されど、かの小人が自ら新たな門戸を切り開いたように、たとえ鬼神の裁きがいかに厳しかろうとも、人が深く己を省み、心を改めるならば、再び道が開かれることもあるのだ。人の世とは、かくも厳しく、また、慈悲深いものなのかもしれない。

物語の深掘り:『瞳の中の住人』が放つ異彩


この物語は、単なる勧善懲悪の枠を超え、読む者の心に不思議さ、面白さ、そして根源的な恐怖を同時に植え付ける、稀有な魅力を持っています。


1. 不思議さ、面白さ、そして恐怖が交錯する場面

この物語の核心は、「自分の身体が、自分の知らない"住人"の住処になる」という、ボディホラー的な設定にあります。

 恐怖と不思議さ: 物語の中で最も読者の心をざわつかせるのは、方棟の瞳の中で小人たちが会話を始める場面でしょう。

恐怖: 視力を失った完全な闇と静寂の中、自分の体内から聞こえてくる未知の存在の声。それは「自分」という存在の境界線が侵されていく感覚であり、逃げ場のない内側からの恐怖を掻き立てます。「真っ黒になって、耐え難く息苦しい」という声は、方棟自身の絶望の叫びとも、彼を罰する存在の不満とも取れ、不気味さを増幅させます。

不思議さ: その恐怖は、小人たちが鼻から出入りし、「あの真珠蘭はひどく枯れてしまったな」と、方棟には見えないはずの庭の様子を語ることで、ファンタジックな不思議さへと転化します。自分の身体が、外部と繋がる不思議な「窓」や「通路」になっているという奇妙な感覚は、他に類を見ない独創的なものです。

 面白さ(皮肉): 侍女が土を投げつけるという、神仏の罰にしてはあまりに直接的で人間臭い報復は、物語に一種の滑稽さをもたらしています。また、終盤で語られる「自分の息子の嫁に声をかけてしまった士人」の逸話は、「軽薄な行いは、回り回って自分に恥をかかせる」という皮肉に満ちた教訓を提示しており、読者をクスリとさせます。神々しい奇跡譚の中に、こうした俗っぽい面白さが挟まれることで、物語に奥行きが生まれています。


2. 類似するモチーフ:文化を超えた共鳴

この物語で描かれるモチーフは、日本の文化や他の異国の物語にも通底する要素が見られます。

 日本文化との共鳴:

重瞳ちょうどうの思想: 物語の結末で方棟が得た「一つの瞳の中に二つの瞳」がある状態は、「重瞳」と呼ばれます。日本では、聖徳太子が重瞳であったという伝説があり、常人には見えないものを見通す知恵や聖性の象徴とされてきました。この物語も、方棟が単に視力を回復するだけでなく、物事の道理を見通す「慧眼」を得たという結末に、この思想が色濃く反映されています。

仏教説話との類似: 罪を犯した者が罰を受け、仏道に帰依することで救済されるという構造は、『今昔物語集』や『日本霊異記』といった日本の古典的な仏教説話集の王道パターンです。懺悔と読経によって奇跡が起きる展開は、日本人にとって非常に馴染み深いものでしょう。

 異国文化との接点:

懺悔による救済: 罪を告白し、悔い改めることで神の許しと救いを得る、というテーマはキリスト教文化における「懺悔」の概念と強く共鳴します。聖人伝には、信仰の力で病が癒えるといった奇跡譚が数多く存在します。

傲慢への戒め(ヒュブリス): 神や超越的な存在を敬わず、傲慢な振る舞いをした人間が手痛い罰を受けるという構造は、ギリシャ神話にも頻繁に登場します。神の怒りを買って岩に繋がれるプロメテウスのように、人間の驕りに対する厳しい戒めという点で共通しています。

超自然的存在との関わり: 『千夜一夜物語アラビアンナイト』に見られるように、ジン(魔人)や精霊といった人間以外の存在が、気まぐれに人間に罰を与えたり、あるいは助けたりする物語は世界中に存在します。芙蓉城の主が何者かは最後まで明かされませんが、そうした超自然的な存在の介入を匂わせる点は、普遍的な物語の型と言えます。


3. その後の物語:考えられる後日談と意外な結末

この物語は、その先を想像させる豊かな余白を残しています。

 考えられる後日談(光の道):

徳の高い人物となった方棟は、その不思議な瞳で人々の心の病や悩みを見抜き、的確な助言を与える「賢者」として生きる道を選ぶかもしれません。彼の瞳は、人の嘘や偽りを見破るだけでなく、その人が本当に進むべき道を示す光となるのです。かつて軽薄な眼差しで女性を眺めた瞳が、今度は人々を救うために使われる。それは、彼の罪の完全な昇華と言えるでしょう。

 意外な結末(闇の道):

物語をさらに意外な方向へ導くなら、こんな結末も考えられます。

新たなる住人: 瞳の中の住人たちが開いた「門」は、一方通行ではありませんでした。ある夜、方棟の瞳は、この世ならざるものたちが出入りする「通路」となってしまいます。彼は、その瞳を通して魑魅魍魎の世界を覗き見ることになり、怪異を呼び寄せる体質となってしまうのです。平穏を取り戻したはずの彼に、今度は別の試練が訪れるという、ダークファンタジー的な結末です。

究極の皮肉: 実は、瞳の中に住んでいた小人たちは、芙蓉城の七郎君その人と、彼の奥方の化身でした。彼らは方棟を罰するため、そして彼の改心の度合いを内側から試すために、彼の瞳に「住み着いた」のです。全てを知った方棟の前に、成長した彼を認め、静かに微笑む奥方が再び現れる…という、壮大な掌の上で試されていたという結末です

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