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月下の狐、涙する幽鬼――新釈・聊斎志異と、物語のその先へ  作者: 光闇居士


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〇〇二 耳の中の住人

挿絵(By みてみん)

「内なる鬼神の顕現」

内に秘めた修行の果てが、かくも禍々しい形で顕現した瞬間。見る者は、その墨の滲みの中に、声なき声と、凍てつくような静けさ、そして、これから訪れるであろう破滅の予兆を、確かに感じ取るであろう。


【しおの】

序章:導引の果てに

譚晉玄たんしんげんは、とある里に居を構える、学究の徒であった。彼は、その道の先に仙界が拓けるという導引の術に深く傾倒し、夏には汗を拭い、冬には凍える指をこすり合わせながらも、ひたすらに修行の日々を送っていた。

そうして幾月もの間、一心不乱に励んだ末、彼の内なる世界に、確かな手応えのようなものが芽生え始めていた。

ある日のこと。晉玄が常の如く、静かに趺坐を組んでいた折、ふと、耳の奥でまるではねの触れ合うかのような、か細い声が響いた。

「もう、まみえることができよう」

晉玄ははっとして瞼を上げたが、辺りは静寂に包まれるのみ。しかし、再び目を閉じ、深く呼吸をすれば、またしても同じ声が内側から響いてくるのであった。

これぞまさしく、我が内に仙丹が結ばれんとする吉兆に相違ない。晉玄は胸の内で密かに喜び、以来、座を組むたびに聞こえるその声に、意識を澄ませるようになった。そして、次こそはと、その声に応じ、正体を見極めようと、密かな期待に胸を膨らませていた。


第二章:招かれざる顕現

また、あの声が内から響いた日。

彼は息を殺し、囁きを返すように応じた。

「うむ、まみえることができようぞ」

すると間もなく、耳の奥から冷たい気が流れ出すような、不思議な感覚が彼を捉えた。何かが、内から外へと生まれ出ようとしている気配がする。

晉玄は、固唾を飲んで、薄く瞼を持ち上げた。

次の瞬間、彼の目に映ったのは、身の丈わずか三寸ほどの、小さな人であった。されどその形相は、さながら鬼神のごとく猛々しく、邪悪な気を放っている。その小さな姿は、独楽こまのようにくるくると身を躍らせながら、宙へと舞い上がっていくではないか。

晉玄は心の底から慄然としたが、かろうじて平静を保ち、意識を集中させて、その異様な変化の行く末を見届けようとした。

まさにその時であった。不意に戸を叩く音が荒々しく響き、隣人の野太い声が晉玄の名を呼んだ。おそらく、何かを借りにでも来たのであろう。

その音に、小人はびくりと身を震わせ、たちまち狼狽の色を見せた。行き場を失った鼠のごとく、室内を狂おしく駆け巡り始める。

その様を目にした瞬間、晉玄の身体から、魂がするりと抜け落ちていくような、抗いがたい虚脱感が彼を襲った。小人の姿は、いつの間にか掻き消えていた。

そして彼は、あたかも魂を奪われたかのように、不可解な病に冒された。苦しみに身を捩り、意味の無い叫びを昼夜問わず上げ続ける日々。医者や薬の力に頼ること半年、ようやくその長い苦しみから解放され、穏やかな心を取り戻すことができたと、そう伝えられている。

この物語の魅力は、静かで内省的な「修行」という行為が、突如として予測不能な怪奇へと反転する点にあります。


•不思議さの核心

この物語の最も不思議な点は、「内と外の境界が溶け出す感覚」です。耳の中という、極めて私的で内面的な空間から、夜叉という物理的な姿を持つ「他者」が生まれ出る。修行によって研ぎ澄まされた晉玄の精神世界が、現実世界に染み出してしまったかのようなこの現象は、読者に論理では説明できない奇妙な感覚を与えます。


•面白さと皮肉

面白さは、登場人物たちの「威厳と滑稽さのギャップ」にあります。

晉玄の思い込み: 彼は耳の中の声を「仙丹成就の吉兆」と信じ込み、一人悦に入ります。しかし、その結果現れたのは神々しい仙人ではなく、邪悪な夜叉でした。彼の真面目さが、全く逆の結果を招いてしまうという展開は、非常に皮肉が効いており、物語に奥行きを与えています。

小人の狼狽: あれほど獰猛な姿で、威圧的に登場した小人が、隣人の不意の来訪という、ありふれた日常の出来事に「慌てふためき」「巣を失った鼠」のように逃げ惑う。この描写は、超自然的な存在の滑稽な一面を描き出し、恐怖一辺倒ではない、一種のユーモアすら感じさせます。


•煽られる恐怖心

この物語の恐怖は、派手な脅かしではなく、じわじわと精神を侵食するような静かな恐怖です。

身体的侵犯の恐怖: 自分の身体の一部から、自分の意に反する異形が生まれ出るという感覚は、「自己」が自分でコントロールできないものに乗っ取られるという根源的な恐怖を刺激します。それは、自分の体がもはや自分だけのものではないという、耐え難い不快感と不安を伴います。

自己喪失の恐怖: 小人が逃げ惑うのを見た瞬間、晉玄は「魂が抜け落ちていくような感覚」に襲われます。これは、彼が生み出してしまったものが、実は彼自身の魂や精神の一部であったことを暗示しています。内なる存在の混乱が、そのまま自己の崩壊に直結する。この一体感こそが、この物語の最も恐ろしい点と言えるでしょう。

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文化的な類似性と考察

このような「内なるものが具現化する」というモチーフは、様々な文化圏で見られます。


•日本文化における類似例

式神しきがみ: 陰陽師が使役する鬼神は、術者の力から生み出されますが、時に制御不能となり術者自身に災いをもたらすことがあります。晉玄の修行が生み出した小人も、彼の手に余る「暴走した式神」と見なすことができるでしょう。

生霊いきりょう: 強い怨念や情念が身体を離れ、他者に害をなすという日本の伝統的な観念です。晉玄の場合、仙人になりたいという強すぎる欲望が、歪んだ形で具現化し、結果的に自分自身を苛んだ「自己の生霊」であったと解釈することも可能です。

天狗道・魔境: 修行者が慢心したり、道を誤ったりすると、悟りを開くどころか「魔境」に陥り、天狗や魔物になってしまうという仏教的な教えがあります。晉玄の体験は、まさにこの「修行の失敗例」として読むことができます。


•異国文化における類似例

ホムンクルス(Homunculus): ヨーロッパの錬金術において、フラスコの中で創り出される人工生命体を指します。人間の手によって生命を創造しようとする試みが、しばしば創造主の手に負えない怪物を生み出す物語は、この話とテーマを同じくします。晉玄の身体が、いわば「フラスコ」の役割を果たしたのかもしれません。

ドッペルゲンガー(Doppelgänger): ドイツの伝承にある「自己の分身」であり、それを見ることは不吉の象徴とされます。この小人は、晉玄の心の奥底に抑圧されていた欲望や邪念が形を成した「内なるドッペルゲンガー」と考えることもでき、心理学的にはユングの言う「シャドウ」の具現化とも解釈できるでしょう。

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考えられる後日談、あるいはもう一つの結末

この物語の続きを想像することは、さらなる恐怖と深みを探る試みです。


•考えられる後日談

病から癒えた晉玄は、二度と導引の術に手を染めることなく、静かに暮らしていました。しかし、彼の平穏は長くは続きません。ある夜、ふと耳を澄ますと、あの時と同じ、か細い声が聞こえるのです。

「まだ、ここにいるぞ」

小人は消え去ったのではなく、彼の魂の奥深くに再び巣食っていたのでした。それはもはや晉玄の修行とは関係なく、彼の恐怖や不安を糧として少しずつ成長していきます。晉玄は狂気の再発を恐れるあまり、眠ることさえできなくなります。そして、憔悴しきった彼の前に、今度は三寸ではなく、三尺(約90センチ)にもなろうかという、紛れもない「鬼」が姿を現し、こう囁くのです。「さあ、今度こそ、本当の意味でまみえようではないか」と。


•意外な結末

実は、あの小人は邪悪な存在ではありませんでした。それは晉玄の修行によって生まれ出た、純粋な仙氣の塊、すなわち「仙丹の赤子」だったのです。夜叉のような恐ろしい姿は、外界の邪気から身を守るための仮の姿に過ぎませんでした。

そして、扉を叩いた隣人。彼は晉玄の才能を妬む同門の道士であり、晉玄の修行を妨害するために、強力な破魔の札を懐に忍ばせていたのです。生まれたばかりの「仙丹の赤子」は、その邪気に満ちた殺気をおそれ、逃げ場を失ってパニックに陥りました。そして、唯一の逃げ道である晉玄の体内に無理やり戻ろうとした結果、その強すぎるエネルギーが晉玄の精神を破壊してしまったのでした。

晉玄を狂わせたのは、彼自身の内なる魔ではなく、すぐ隣にあった「人間の嫉妬」という、あまりにもありふれた悪意だったのです。この結末は、怪異の根源を人間の心に求めることで、物語に全く異なる種類の恐怖と哀しみをもたらすでしょう。

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